4-100. 寒くなってきたからみんなの体調が崩れた
約5,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
とある朝。季節はすっかり寒い時期へと移り変わっていた。
20歳前後の男がそわそわとしながらダイニングテーブルの近くでうろつき回っていた。切れ長の目の中にある黒い瞳は忙しなくあれやこれや見ており、彫刻かのように整っている顔が少し悩まし気に映る。彼がうな垂れると紫の髪が小さく揺れていた。
彼はなぜかビジネスカジュアル姿に白衣を羽織った姿でいる。
「うーむ……」
男の名前は、ムツキ。この世界で最強にして唯一の転生者である。
彼の名前を漢字で書くと1月を意味する睦月だ。男で睦月というのも中々なさそうなものだが、前世の両親からの、誰とでも仲良くできるように、そして、尽きることが無い熱意を持ってほしい、という願いによって、至って真面目に付けられた名前だ。本人もとても気に入っていて、転生後もそう名乗っている。
彼のこの世界での目的は、スローライフを送ることだ。それもモフモフやハーレム付きのかなり贅沢なスローライフである。
「心配だ……」
「にゃー」
「あ、ありがとう。すまない。次のも準備してもらえるか?」
「にゃー」
台所から三毛猫が出てきて、水を張った洗面器とタオルを持ってくる。ムツキは礼を言ってから受け取ると急いで2階へと上がっていく。
まず彼が向かった先は2階の最奥の部屋だった。
「ユウ? 大丈夫か? 入ってもいいか? みんなから、看病というか、俺に身体を拭いてほしいって聞いたから、まずはユウからと思ったんだが」
ムツキがそわそわしていた理由は、彼の言うみんなが体調を崩しており、彼の看病もとい見舞いを必要としていたからだ。
「……ムツキ? え、あ、そうだった! あ、でも、ちょっと待って! 先にナジュみんとかでいい。私は最後にお願いしてもいい?」
ムツキのノックの音に反応したのは、この部屋の主で、この世界の唯一神である女神ユースアウィス、普段、ユウと呼ばれる幼女だ。彼の最初のパートナーでもある。
彼女は白いナイトキャップに薄青色の寝間着姿でベッドの中にいたが、彼の声を聞いて飛び起きた。背中が隠れるくらいの長い金髪に透き通るような白い肌をしていて、ぱっちりなお目目の中には綺麗な青い瞳がその存在感を主張している。
「分かった。何かゴソゴソと音がしているけど大丈夫か? 何か荷物とかなら運ぶの手伝おうか?」
「大丈夫だから!」
「わ、わかった。また後で来るよ」
ユウの語気が強めの返事に、ムツキはそれ以上食い下がることなく、部屋の前から立ち去る。
彼女が必死に片付けているのは彼女お手製のムツキグッズであり、彼にそれを見られることを恥ずかしがって後回しにしてもらったのだった。
「ナジュ? 大丈夫か? 入ってもいいか?」
「旦那様。どうぞ。すまない、来てもらって」
次にムツキが向かった部屋の主は、ナジュミネという元・炎の魔王の鬼族の女の子である。鬼族といっても、角がない種族できめ細やかな白い肌をしている。彼女はまるで陶器の人形が動き出したかのような華麗な姿で、ウェーブの掛かっている真紅の長い髪に、真紅の瞳と釣り目がちな目と全体的に紅い。
さらに今の彼女は風邪で身体が火照っているからか、頬がいつもより赤みをおびていて、目もとろんとしていた。
「いつでも呼んでくれ。呼ばれたらいつでも来るさ。それで、えっと、身体を拭いてほしいってことだったな?」
「あぁ、そうだが、ほかのみんなの所にも行くのだろう? 背中だけでいいからお願いできるか?」
ムツキが部屋の中に入ると、ナジュミネは起き上がるついでに掛布団をどけて、ベッドの上で座る。彼女は上下ともに赤いパジャマの長袖長ズボンで露出が少ないが、彼女の胸の張り方や腰回りの大きさを見れば、スタイルの良さが容易に分かる。
彼女はムツキに背を向けるようにしてから上半身を露わにして、軽く背を丸めるような姿勢を取った。
「お願いしてなんだが、ちょっと恥ずかしいな。汗だくだし、あんまり見ないでくれ……」
「すまない。なるべく見ないようにするから」
お互いに全てを見ている仲であっても、状況が違えば、やはり恥ずかしいようである。ムツキはナジュミネの背中を優しく拭いた後、タオルを彼女に手渡して部屋を去った。
次の部屋に向かう際に、猫が新しい洗面器とタオルを用意してくれていた。
「リゥパ? 大丈夫か? 入ってもいいか?」
ムツキが次に声を掛けたのは、リゥパという白い肌と長く尖った耳が特徴的な見目の美しい森人とも言われる妖精族の一種エルフだ。
彼女は若干スレンダーな体型で、優しそうな丸みを帯びた目の中にある瞳の色や髪の色は淡い緑色をしており、髪がショートボブで短く綺麗にまとめられている。
「ムッちゃん! あっ!」
「大丈夫か!?」
リゥパの短い悲鳴と物がガチャガチャとぶつかる音を聞いて、ムツキは思わず部屋に入る。そこに広がっていたのは薬草や種、乾燥させた葉や花などと調合用の道具だ。彼女は薬作りの名人であり、全員分の薬を自分の体調も省みずに調合していたようだ。
「リゥパ、無理をするな。こんな顔を真っ赤にしてまで」
「いいのよ、私のためでもあるんだから。それよりも来てくれてありがとう」
リゥパはムツキに抱きついた。普段は薄着の彼女も風邪を引いているからか、緑色をした厚めの長袖長ズボンを着込んでいる。
「こんなに熱があるのに、ありがとうな」
ムツキは高熱だと分かるリゥパの身体の熱を感じ、頭を優しく撫でる。
「本当はもっと一緒にいたいけど、薬作りもあるし、また後でね。あ、背中だけ拭いてもらえる? べたべたで気持ち悪くて」
「任せてくれ」
ムツキはナジュミネ同様にリゥパの背中を拭き上げた後に、タオルを洗面器の中に入れて部屋を去った。
「にゃー」
「ありがとう」
ムツキは再び新しい洗面器とタオルを受け取り、猫にも洗面器とタオルを持ってもらい、計2つの洗面器とタオルを持って、次の部屋に向かう。
「サラフェ? キルバギリー? 大丈夫か? 入ってもいいか?」
「ムツキさん、どうぞ」
ムツキが声を掛けたうち、返事をしたのはサラフェという元・水の勇者の人族の女の子である。
彼女もまた着せ替え人形が動き出しているかのような可愛らしい顔をしており、彼女の肌は健康的な褐色で、体型がとてもとてもスレンダーで真っ直ぐスラっとしている。
普段は透き通るような青色の髪を両サイドにまとめているツインテール姿だが、今は寝起きということもあって、ストレートロングヘアーで彼女の背中を覆っていた。彼女の垂れ目がちな目の中にある瞳の色もまた綺麗な青色であり、その青い瞳が彼を見つめている。
「サラフェ、大丈夫か? キルバギリーは?」
「私は普通の風邪ですが、キルバギリーは……異常発熱ですね」
キルバギリーと呼ばれるのは、人族の始祖レブテメスプに造られた兵器である。
彼女の髪は灰色のポニーテイルに、瞳も同じように灰色であり、肌とも言える表面は薄橙をベースに少し光沢のある薄い虹色が掛かっているかのようである。
その彼女は今、無言のオーバーヒート状態でどう見てもかなり熱そうだった。何故、人造兵器が風邪を引くのか、という疑問もムツキの頭に過ぎるが、それ以上考えないようにした。
「…………」
「…………」
「にゃっ!?」
ムツキがふと試しに水を絞ったタオルをキルバギリーの頭の上に載せてみると、ジュー、という物の焼ける音が部屋中に響き渡る。この場にいる全員が、彼女のことを人の触っていい温度などとうに超えた熱い鉄板のような状態だと悟る。
「キルバギリーのタオル替えとかはしておきます」
「ありがとう。サラフェも背中を拭いてほしい……んだよな?」
ムツキが聞いた理由は、サラフェがまだ彼に肌を許しておらず、添い寝止まりだからだ。
「状況が状況ですから……でも、まじまじと見るのはやめてください」
サラフェはそう言うものの、別にほかの誰でもいいはずであり、わざわざムツキにお願いしている。彼女は素直になれない部分があるのだ。
「分かった」
サラフェがパジャマを脱いで髪の毛を前に垂らすようにすると華奢な背中が露わになり、ムツキは彼女の幼く見える容姿とその華奢さもあいまって、少しよろしくない絵面になっていると思った。
「……どうしました? まさか」
「いや、見てない、まじまじと見てないから」
ムツキはその考えを振り払って、まるで壊れやすい物を取り扱うかのようにそっとその彼女の肌を優しく拭いていく。
時折聞こえる彼女の反応している小さな声がこの状況をより怪しげな雰囲気へと変える。
「はふっ……もういいです。ありがとうございます」
「あ、あぁ……ゆっくりと休んでくれ」
ムツキはサラフェとキルバギリーの部屋から出ると次の部屋に向かう。
「コイハ? メイリ? 大丈夫か? 入ってもいいか?」
「ハビー」
「ダーリン! 入って! 入って!」
「それじゃあ……おわっ!」
ムツキの声に反応した2つの声に誘われて、彼が部屋の中に入ると、メイリという黒狸の半獣人の女の子が抱きついてきた。
半獣人は人が動物的な耳や尻尾などの特徴も持っているようなイメージだと理解すれば早く、彼女の場合、耳、尻尾、肘から先の腕と手先、膝から下の脚と足先が狸のようになっている。
彼女の肌の色や髪の色は黒く、少年のようなショートヘアに真ん丸な顔、真ん丸な目、真ん丸な茶色の瞳は小動物的な可愛さを引き立てる。しかし、その幼い顔立ちと低身長には似合わない大きな胸が黒っぽい長袖のパジャマ越しでも存在を主張していた。
「メイリ、俺が洗面器を持っていたら困るだろ?」
「えへへ……そうしたら、ダーリンと一緒に水びたしになっちゃおうかな」
「風邪がひどくなるぞ?」
「そうしたら、ダーリンにキスをいっぱいして、風邪をうつしちゃうよ」
「そうならないように元気になってほしいけどな、コイハはどうだ?」
「あぁ、だるいけど、何とか」
ムツキの呼びかけに反応したコイハは白狐の獣人族だ。
白狐とは白銀のキツネであり、獣人とは動物がヒト型に近付いて2足歩行したような姿だとイメージすれば早い。
彼女は白銀の毛並みが美しく、すっと伸びたマズルや尖った耳、ムツキ同様の切れ長の目に茶色の瞳、ふさふさの尻尾と高い身長が特徴的な美しい白狐である。
「えっと、メイリは背中を拭いてほしくて、コイハは背中を撫でてほしいんだな?」
「ダーリン、お願いね!」
ムツキの確認の言葉と同時に、メイリが脱いだ。背中を拭いてもらうはずの彼女は何故か全裸で仁王立ちする。ただし、さすがに下腹部は尻尾で隠していたので最低限の恥じらいは持っていたようだ。
「恥じらいが少ない! 何故目の前で脱ぐんだ。それも何で全裸になるんだ!」
「え? 全身拭いてくれるんじゃないの?」
「背中って聞いたが……全身がいいのか?」
「ハビー、メイリはさっきからハイテンションで、おそらく熱で暴走しているみたいだから、後で記憶ないぞ」
「えっへん!」
ムツキがメイリの顔をまじまじと見ると、目がぐるぐる状態でハイテンションになった子どものようだった。彼女が年齢1,000になる古狸だとは誰も思わない。
「なるほどな。ユウを待たせているから手短にな」
結局、ムツキはメイリの全身を丁寧に拭き、コイハも全身を撫であげた。コイハは何故自分も全身になったか分からないが、彼の手の温かさには逆らえず、モフモフまでされていた。
その後、メイリとコイハの部屋を出て、ムツキは後回しにしたユウの部屋の前に再び訪れる。
「ユウ、いいか?」
「……ねえ、ムツキの部屋でもいい?」
ユウは結局片付けきれずにムツキに提案した。
「まあ、いいけど」
「じゃあ、行くから待ってて」
ムツキが自室に戻ってしばらくすると、顔を真っ赤にしたユウがいつもの幼女姿ではなく成人した姿で現れる。
「背中を拭く面積増えちゃうのに」
「絵面の問題だ」
ムツキは事前にユウへ成人姿になるようにと念押ししていた。
「それにしても、私まで風邪を引くなんて……」
「まあ、不思議だが、仕方ないさ」
「でも、こうやってもらうの久しぶりかも」
「そうかもな」
「たまにはいいかもね」
「たまにはいいかもな」
ユウとムツキは長い時間一緒にいたこともあって、何気ない会話がよどみなく続く。お互いにお互いのテンポが分かっているような雰囲気である。
「ん……ありがとう。じゃあ、部屋に戻るね」
「あぁ、早く元気になってほしいな」
「うん。すぐに良くなるからね」
ムツキはユウが部屋を出ていくのをしっかりと見届ける。
彼は今後も自分にできることは精一杯しようと心に決めて、残りの風邪引きのことを思い出してゆっくりと立ち上がった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
これにて第4部は完結です!
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次回、第5部の開始は4/3(水)です!




