4-79. 自分のペースだから上手くいった
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楽しんでもらえますと幸いです。
ミクズの肌や毛並みの色つやが良くなってきている中、ムツキは先ほどのメイリの悲しそうな横顔を忘れることができなかった。
「なんじゃ。まだ気にしておるのか」
ミクズは先ほどまでムツキを散々に罵倒していたが、徐々にお互いに辛いだけと感じて既にやめていた。今は彼女が謝った後に仲良く布団の中で抱きしめ合っている。
「気になるさ。メイリがあんな顔をするのは滅多にないんだぞ」
「そんなことないのじゃ。まるでメイリを能天気の塊に言っておるが、あれはあれでいろいろと考えておるし、悩んでおるし、寂しがったり悲しがったりもしておるんじゃよ?」
「……そうなのか」
「お前様、いや、周りの皆には見せないだけじゃ。気付かぬのも無理はないのじゃ」
ムツキはメイリの知らない面を聞かされて、もっと知る必要があるのだなと自覚する。その自覚がそのまま、彼女のことをよく知っているミクズへの尊敬や羨望へと変わる。
「ミクズはよく知っているんだな」
「まあ、コイハがメイリをよく知っておるしな。お前様がいくらパートナー関係とはいえ、まだ知り合って1年も経ってない仲じゃろ。それに我だって昔、ギョウとよく」
「ギョウ?」
ミクズは流れで思わず呟いてしまった名前に後悔してしまう。なぜなら、ムツキの目つきが変わったからだ。こういうときの彼は少し勘が鋭くなる。
「……腐れ縁じゃよ」
「同性?」
「異性じゃよ」
「…………」
「本当、お前様の独占欲は意外と根深いのじゃな……」
「あ、いや……うん、なんか、昔から、というか、前の世界の頃から、どうも苦手で……」
ムツキは独占欲が強い。
彼は自分こそパートナーが多いのに、女の子に男の影が見えると嫉妬してしまうのはいかがなものかと自分でも思ってしまうものの、やはり嫉妬してしまう気持ちは抑えられず、どうしても不機嫌になってしまう。
ユウの元カレの話を聞いた時もかなり不機嫌になったが、今は自分一筋だと彼女が力強く宣言したので、それで安心しているといった状況である。
「まあ、それがハーレムを作るのに案外重要な要素なのかもしれんのじゃ」
「どういうことだ?」
「好きな人に必要とされれば、一緒に居たくなるというものじゃよ」
「そうだといいんだが……」
ミクズはムツキをフォローする。実際に、自分が必要とされているということ自体は嬉しいもので、ハーレムの1人という点を考慮しても、多夫多妻という仕組みがあることもあって、むしろ、1人1人を大事にしてくれている彼には彼女も好ましい感情を抱いている。
そのような良い雰囲気の中、扉が大きな音を立てて開けられる。
「誰じゃ」
「誰だ」
ムツキとミクズはとっさに離れ、開け放たれた扉の前に立つ人影を注視する。
「ここにいたのか、ミクズ」
「……ギョウ? まさか」
そこに現れたのはメイリだった。
ただし、ミクズとの会話で聞き出したギョウの見た目そのものであり、メイリをより中性的な感じにした美青年である。声帯も少し変わっているのか、メイリ本来の声よりもどことなく中性的な美青年の声だった。
「ギョウ? メイリに似ているけど……背も高いし、何より黒狸族の……男……」
ムツキの心がざわつく。
ミクズは薄々気付いているものの、彼は目の前にいる男がメイリだと気付いていない。彼はギョウが昔の黒狸族の頭領、過去の人物だと知らないからである。
「ミクズ、俺たちにおあつらえ向きの布団じゃないか」
「……お主とのために用意したわけではないのじゃ」
「じゃあ、今からお前もこの布団も俺のものって分からせてやるさ」
ミクズはメイリにどこまでこの茶番をするのかと目線で合図するが、メイリがこのまま続けるようにとだけ返すので、小さく溜め息をこぼす。
そのメイリ扮するギョウはムツキのことを一瞥もせずにミクズの下へと寄って、右手を彼女の顎にかけてキス間近の至近距離まで近付いた。
強い魔力の揺らめきが生じる。誰の魔力かは言わずもがなである。
「……おい」
「ん? なんだ? 人族の子どもか?」
「その手をミクズから離せ」
ムツキの魔力の揺らめきが大きくなる。揺らめきが大きいことは、不安定であるものの魔力の高まりを示している。ミクズからすれば【変化の術】に掛かりにくい状況を作っているようにしか見えないが、メイリは自信たっぷりにこの芝居を進める。
「なんでだ? ミクズは俺のものだぞ?」
「ちょ……」
メイリ扮するギョウとミクズの顔がさらに近付き、唇が触れる寸前に至ったところで思わずミクズが声を漏らす。
「っ! やめろおおおおおっ!」
「【変化の術】!」
ムツキが怒りをぶつけようとする瞬間、メイリはニヤリと笑みを浮かべて【変化の術】を彼に掛ける。
ムツキの頭に髪の色と同じ紫色の猫耳が生えてきた。
「な! 【変化の術】に掛かった!?」
「……猫耳か。姐御がお揃いだと喜びそうじゃな」
「やったあああああっ!」
「……もしかして、メイリか」
ミクズが冷静に状況を呟き、メイリが喜びのあまり自分の変化を解いて飛び跳ね回り、そして、ムツキは状況を把握した今でもミクズを取られそうになったという怒りがまったく収まらなかった。
彼の独占欲を刺激し過ぎたのだ。
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