4-78. 気分を変えたから気付けた(2/2)
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楽しんでもらえますと幸いです。
世界樹の樹海ではないが、鬱蒼とした森の中。木漏れ日は届きづらいのか暗く、地面は湿り気のある腐葉土に覆われ、所々から見える岩は苔がびっしりと生えており、何種類ものキノコがそこら中で根を張っている。
じめじめとした雰囲気がまるで自分のようだ、とメイリはいつになく気落ちした様子でそう思う。
「はあ……こんな気分じゃダメだよ……気分を変えなきゃ……」
メイリは近くの川に来ていた。誰もいないことを確認して手早く水浴びを済ませた後、さっぱりとした表情になるもすぐに戻る気にもなれず、川に足首までつけてじっと川底の小石を眺めている。
彼女が川を眺めている間、その少し暗めの森の雰囲気の中で、木々が風に揺られて囁くように音を出し、川の流れる音もまるでその木々の音と会話をしているかのように様々な音が彼女の耳に聞こえてくる。
遠くでは動物の吠える声が聞こえる。
「うーん……なんなんだろう……もう少しな気がするのに、なんだか、とても遠い気がする……」
メイリが数日前に感じていたドキドキや嬉しさもどこへやら、気の質を近づければ近づけるほど、もう少しという焦りが生じ、さらにムツキを【変化の術】で変化させられると思えた昨日から今日に至ってはほぼほぼ進展もしない。
そうして、彼が放った何気ない一言、別に自分を責めているわけではないと彼女は頭で理解していても、心がそれを納得してくれなかった。彼女は自分の抱く気持ちが嫌になって、胸がギュッと苦しくなって、ついあの場から逃げてしまった。
「雑に扱わず、丁寧に扱う。相手に命令をするような感じじゃダメ。ダーリンの魔力にお願いする。自分の魔力の質を相手の魔力の質に寄せる」
メイリはチャプチャプと両足で水面を蹴り上げながら、顔は上の方を向き、ミクズの言っていた言葉を何度も口から出しては耳に入れて反芻していく。
「あああああっ! もう! わっかんなあああああいいいいいっ!」
鳥がメイリの大声に反応したのか、ざわついた鳴き声を上げながらバタバタと木々から遠くへと飛んでいく。彼女は自分一人じゃなかったことに気付き、そして、今改めて自分一人になった気分になる。
戻った方がいいのか、と思った矢先、彼女はふとある名前が思い浮かぶ。
「……はあ、ギョウってやつはどういう風にしていたんだろう。誰にでも【変化の術】を掛けられるってすごいよね」
ミクズの想い人、とメイリが思い込んでいる黒狸族の男、かつて黒狸族を束ねていた頭領、そして、自らを隠神刑部と名乗っていたギョウだ。
「ん? 誰にでも【変化の術】を掛けられる? その都度、魔力の質を合わせたとしても、そんなすぐに相手に合わせられるものなのかな? それとも事前に何かをしていた?」
メイリの考えの矛先がギョウに向かう。同じ黒狸族のため、性質が似ているはずで、何か糸口が見つからないかと期待する。
しかし、何かが足りないのか、もう少しのところで霧散する。
「うーん……考えがまとまらないし……なんだか魚を見てたら食べたくなってきちゃった。えいっ! うーん……捕まらないなあ」
メイリの目の前にそこそこ大きな川魚がゆらゆらと川の流れに逆らって泳いでおり、捕ってくれと言わんばかりの様子だ。
しかし、実際はそんなわけもなく、彼女がゆっくりと近付いて気付かれないように掬おうとしても魚が余裕綽々といった感じですーっと逃げていく。
「……それなら、こうだ! 【変化の術】!」
メイリは捕ろうとしている魚の三方にある石を変化させて、さらに大きな魚を出現させる。魚はそれに気付いてか逃げようとするが、その先には彼女の手が待ち構えていたのだった。
「ゲットォッ! ふふん。僕の作戦勝ちだね。まあ、大きな魚がいる方にはいかないよね」
メイリは両手の中に収まりきらずにピチピチと跳ねようとする魚を落とさないようにして、ゆっくりと川から上がる。
「ん? ん-……ん? 相手に合わせるだけじゃダメ? だったら、自分の方に相手を寄せようとすれば? ギョウは僕と同じでイタズラ好き……」
メイリは何かに気付いたのか、真剣な表情で魚を見つめ始める。
「ダーリンは【変化の術】を掛けられ待ちだったけど、分かっていて余裕を持っていた……でも、誰だって心の底から掛けられたいって思わないよね」
メイリの中でピンと何かが閃いた。
「……もしかして……イケる! イケる! これなら絶対にイケるよ! だとするなら、僕ならこうするかな……ふふふ……」
メイリの悪だくみをするときの笑顔が浮かびあがった。
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