4-73. 眠ったから危機が去った
約1,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ミクズはコイハとムツキとの日々の記憶を辿るも添い寝で何かあったことはなかった。さらには不機嫌を露わにしたり、ましてや怒ったりするようなムツキにも面と向かって見た覚えがない。
彼女は彼のことを半分どころか、9割が優しさとも優柔不断とも言える成分でできているように思っていた。
「うーむ。見たことないようじゃが」
「1回も? すごいね。僕は何度かあるんだけど、気持ちを落ち着かせないと……【チャーム】が飛んでくる」
「……チャ、【チャーム】じゃと!?」
メイリはよほど恐ろしいものを思い出したのか、話し終わった後にゴクリと喉を鳴らした。ミクズもミクズで余裕そうな顔から一変して、驚きを隠せない表情で茶色の瞳を真ん丸にしている。
「えーっと……【チャーム】は分かるよね? 魅了ってことだから、よりダーリンのことを好き好きになる」
「そんなことは言われなくとも分かるのじゃ……問題はハビーが元々割と強烈な魅了スキル持ちなのに、さらに【チャーム】で魅了を重ね掛けしてくるとか、女の子の正常な精神でも破壊する気か……」
ムツキのパッシブスキルの1つ、【友好度上昇】は老若男女問わず効果を持つが、特に女性への影響が大きくほぼ魅了状態になる。そこに【チャーム】という魅了の魔法を掛ければ、魅了の重ね掛けをしていることに等しい。
その重ね掛けはどう考えても彼を好きになる以外の選択肢がなく、魅了も度が過ぎれば、従順な奴隷のようになってしまう。
「しばらく本当に、ダーリン以外のことを考えられなくなるくらいみたいだよ?」
「怖すぎるじゃろ……って、みたい? お主の感想じゃないのか?」
半ば無意識的にムツキのことを考えてしまうことと、強制的に四六時中ムツキのことを考えてしまうことでは大きく違う。それが分かっているからか、メイリもミクズも今、この会話中に冷や汗が止まらない。
「うん。それに掛かった姐さんはダーリン好き好きが止まらなかったし、ダーリン以外のことを考えられなくなったって言ってたよ?」
「姐御のそれは普段と変わらんじゃろ……」
「ぷふっ……いや、さすがに変わるよ?」
ミクズのボケともツッコミとも言える言葉に、思わずメイリは笑ってしまう。ミクズはナジュミネが誰かを庇って、【チャーム】を受けているところを想像するが、やはりどうしても、普段のナジュミネとほぼ変わらないような気がしてしまう。
「そりゃそうじゃろうが、そうじゃのうて……と言うか……寝たいのになんで【チャーム】なんじゃ。逆に姐御が興奮して寝かせてもらえんじゃろ?」
ミクズの質問にメイリが乾いた笑いを放つ。しかし、笑っている彼女の目は笑っていなかった。
「あー……あはは……完璧に従順になるから……ダーリンの「待て」の一言で、待て状態になる」
「最悪じゃ……ひどいのじゃ……姐御が悶々としてしまうのじゃ」
「でも、今日は大丈夫そう。モフモフしていて幸せそうだし」
「たしかに幸せそうな顔をしておるのじゃ。先の話を聞かなければ、本当にイタズラしたくなるのじゃが……」
ムツキはメイリの肉球とミクズの尻尾に触れながら幸せそうな表情を浮かべている。魅了を重ね掛けして、女の子を従順にさせるような人にはとても見えない。
「とにかく今は静かに添い寝していないと」
「そうじゃな。ちょっとメイリが添い寝をしておれ」
「え? ミクズは?」
メイリの疑問の投げかけとほぼ同時にミクズがするりと抜けてから立ち上がり、顔の前に扇子を大きく広げる。
「なに、遊び過ぎた詫びじゃ。邪魔が入らんように、じっくりと試練に向き合えるようにしてやるのじゃ」
「……ありがとう」
「どこがええかのう。あそこにするか。ほれ、ポチッとな」
ミクズは目の前に現れた狐火を扇子で小突く。すると、部屋がはじめは小さく揺れていて、次第に揺れが大きくなり、ゴゴゴゴゴ……という音が響き始める。
「え? ええ? なに? なんなの?」
「さて、それゆけ、発進なのじゃ!」
ミクズが満面の笑みでそう叫ぶとどこかがバキバキという音を立てる。
「はっしん? 何を? え? なんなのーっ!?」
第5階層はこうして第4階層までを残して飛び立った。
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