4-68. 必死だから懇願した(1/2)
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第4階層。
そこは第1階層と同様、何の変哲もない部屋だった。古めかしい木造建築物らしい床、壁、天井に、狐火がいくつもぼぅっと淡く青白い光を出している。
メイリは階段を昇った勢いのままに部屋へと入ると、狐火のミクズが九尾のミクズ本来の姿のまま、部屋の中央に突っ立っていた。
「ミクズ!」
ミクズは白い無地の扇子を右手に持って顔半分を隠している。服装はさすがに花嫁姿ではないものの、全体的に白っぽい生地に薄灰色や金色の刺繍が施されていた。刺繍は川の流れのようにも見えるが、川や山を颯爽と駆け巡る白面金毛の九尾の狐が描かれている。
白銀色の髪と狐耳、黄金色の狐尻尾、白い肌、白魚のような手、切れ長の目に浮かぶ茶色の瞳、紅がなくともほんのりと赤みを帯びた頬と唇、大きくも小さくもない程よいプロポーション。
ユウとは別の方向で美の粋を集めたような出で立ちである。
「よう来たのじゃ。メイリ。黒狸族と白狐族はやはり化かし合いで楽しむべきじゃ」
ミクズは扇子を閉じ、その先端に優しく口づけをする。彼女は体の向きを正面から少し斜めに変えつつ、流し目と不敵な笑みでメイリを妖しく見つめる。
1つ1つの仕草が妖艶であり、多くの男を誑かす傾国の美女と言われるのも間違いないとメイリは見ていて思った。加えて、ムツキはほだされ易いからミクズのことを絶対に許しちゃうんだろうなあと彼女は思った。
「さて、それじゃあ」
ミクズが何かを言い出す前に、メイリは駆けた勢いそのままに若干ヘッドスライディング気味に、床へと膝を着いて土下座のような四つん這いのポーズを取った。黒いショートヘアが揺れていたがすぐに落ち着き、尻尾はだらんと垂れている。
「ミクズ、お願い! 僕をパワーアップさせて!」
「……は?」
この展開にはさすがのミクズも思わず固まってしまう。彼女の想定では、狐火をメイリに貸し、お互いに狐火を持って【変化の術】による化かし合いや騙し合いの応酬をするつもりだった。
しかし、目の前のメイリはそもそも戦う気がなく、自身をパワーアップさせてほしいと懇願してきているのだ。敵味方で言えば、完全に味方側への頼み方で、味方でもだいぶ仲の良い相手へのお願いの仕方である。
「もしくは、僕のパワーアップ方法を一緒に考えて! 今、頼りになるのはミクズだけなんだ! このままじゃ僕は……僕は……」
「話がよう見えんのじゃが、とりあえず、そんな目でポロポロと涙を流すでない……我は何もしてないはずじゃが、なんだか悪いことをした気になるのじゃ」
「え、あ……ごめん……なんか出てきちゃって……実は……」
メイリは顔を上げて、四つん這いからへたり込むような座り方へと姿勢を変え、真ん丸な茶色の瞳をうるうると潤ませて涙がそのかわいらしい目から幾筋もこぼれ落ち、両手を合わせてお願いポーズとともに説明を始める。
コイハの試練が完了したこと、次に自分の試練が始まったこと、その試練がムツキに【変化の術】を掛けること、【変化の術】を掛けようにも魔力の差が大きすぎて今まで掛けられなかったこと、そして、今どうすればいいか分からずに悩んでしまっていること。
メイリの口からはぽろぽろと言葉がこぼれてはミクズの耳へと入っていき、メイリの目からはぽろぽろとまだ涙がこぼれてはミクズの目にしっかりとその姿が映っている。
ミクズはその間に立ち話もどうかと思ったのか、座布団を2つ用意し、湯を沸かして茶を淹れていた。
「ずずっ……なるほどな。メイリの試練がハビーを【変化の術】で変化させることか。確かにそれだけを聞くと難儀な試練にぶつかったと言えるのじゃ」
「ずずずっ……そうなんだよ……あ、ずずっ……このお茶美味しいね」
メイリはミクズひいては仲良しのコイハに悩みを吐き出せて、だいぶ落ち着いたようだ。お茶の味も分かり、その温かさにホッとし始める。
「そりゃ良かった。しかし、普段のものと変わらんよ。茶は淹れ方で変わるものなんじゃ。雑に扱わず、丁寧に扱えば、味になって応えてくれるものじゃ」
ミクズはそのメイリの姿を見て、一安心したといった様子で茶をすすっている。
コイハが抱いているメイリへの絶対的な信頼や友情がミクズ自身にも影響を与えていることは間違いなく、白狐族と黒狸族というお互いを高め合うライバルであることもあって、メイリのパワーアップ自体にも興味がある。
「そういうものなの?」
「そういうものじゃ。さて、悩み相談の方じゃが、結論から言えば、試練を超えることは可能じゃ。つまり、ハビーに【変化の術】を掛けること自体は可能じゃよ。今の我にもできるからな」
ミクズはもったいぶらずにメイリにそう告げる。メイリの顔が眩いくらいにパっと明るくなって可愛らしい笑みを浮かべていた。
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