4-Ex14. 疲れたから眠った
約2,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
五重塔の最上階。
狐火が妖しく灯る空間の一角にある寝床でムツキとミクズが仲良く添い寝をしている。
「なあ、誰を最上階に招くんだ?」
「ん? 招くとは?」
「だって、今まで指名していたってことは最後も指名したいんだろう?」
ムツキはミクズが自分を連れ去る時に言っていた各階層で1人ずつ相手をするという言葉に引っ掛かっていた。こちらに向かっている女の子は5人いるし、五重塔では結局すぐに誰かが辿り着くことになると誰もが容易に考えられる。
そのような考えに立つと、彼女が誰か1人を招きたいからこのような状況を作ったとしか彼には考えられなかった。
「さっき、リゥパにも言ったが、気が変わってしもうてな。最初は1人ずつ留めておこうかと思ったが、第3階層で2人足止めするのじゃ」
ミクズはクスクスと小さく笑い、自身の手をムツキの頬にそっと寄せる。愛おしそうに触るその手つきには害意がまったくなかった。
「ってことは、誰ももしこの最上階に来なかったら」
「お前様は我と素敵な夜をともにするのじゃ♪ これなら良いのじゃろ?」
「え、お、大人に戻ってる? ……あれ? また子どもになった」
ムツキは10秒程度ではあるものの元の青年の姿に戻った。そうかと思いきや、また少年の姿に戻る。彼は自分に起きた変化を驚いた表情を隠せぬままにミクズを見る。
「ふふっ……我ほどの熟練者であれば、魔力の強すぎるお前様とて【変化の術】に掛けることなど造作もないのじゃ♪ と言ってもずっとは無理じゃがな」
「そうなのか。これならまあ……って、でも、【変化の術】ってことは、子どものまま錯覚させているだけだろ……」
「細かいことを気にするんじゃな。前からお前様が気にしていたのは見た目の問題だったじゃろう? 中身は大人のお前様じゃ。外身もそう見えるなら何の問題もないのじゃ」
ミクズの理屈にムツキは複雑な表情を返す。たしかに彼は見た目のことを問題にしているからこそ頑なに断っていたはずだったものの、何とも言えない騙されている感も残っている。
「うーん……なんかゴリ押しで納得させようとしているようにしか感じないけどな……」
「煮え切らんのう……それとも我とじゃ、いずれにしても嫌か?」
ミクズの悲し気な表情とセリフに、ムツキは真っ向から否定する。
「そんなことはない。ミクズだってコイハの一部なんだろう? 俺はコイハの全部を愛しているから、ミクズだってもちろん愛しているよ」
「じゃあ、ええじゃないか」
ミクズが再びムツキを大人の姿にして、そっと優しく抱きしめる。その際に、彼女は先ほどまで使っていなかった甘い香りのする香を狐火で焚いて、雰囲気をさらに艶美に整えていく。
「お、おい、まだ俺は……ふわぁ……」
ムツキの大きな欠伸に気が削がれたのか、ミクズは再び彼への【変化の術】を解き、彼を少年姿に戻す。
「なんじゃ、おねむかの?」
「いや、寝ないぞ」
「……早う、寝ろ。襲わんから」
「……本当か? 何もしないのか?」
「せんよ。だから、早う寝るのじゃ」
「……ありがとう。本当は……もう…………」
ムツキとミクズの短い言葉のやり取りは、彼女を信じた彼の深い眠りによって終わりを迎えた。攫われてもなお自分のことを信じてくれる彼を彼女は騙して裏切る気になれない。
彼女は上半身を起こして白銀の髪を揺らしつつ、彼に布団を掛けて肩までしっかりと覆う。
「よほど必死だったようじゃな……悪いことをしてしもうたの。こんな無邪気な寝顔のお前様を無理に何かするなど考えんよ」
ミクズは寝息を立てるムツキの頭を撫でる。彼の綺麗な紫色の髪が目に掛からないように少しずらしてあげた後、眠りやすくするために枕の位置を調整して彼の首に負担が少なくなるようにした。
「やはり、第3階層で2人を足止めして、第4階層で1人を足止めして、ハビーをゆっくり寝かしてやらんといかんのう」
ミクズは当初少し遊ぶくらいのつもりだった。いつ消えるとも分からない自我で下手なことをして、本来の人格であって自身の子孫にあたるコイハを苦しめるつもりもない。
そう、彼女は狐の嫁入りのちょっとした余興のつもりで、ミクズという存在を少しでも覚えてもらいたかっただけだった。
「キルバギリーを助けるため、自身のパートナーたちに試練を乗り越えさせるために、小さな体で無茶しおってからに……」
しかし、連れ去る頃から疲れを既に見せていて、今、疲れ果てて眠っているムツキを見て、ミクズは少し気持ちが変わった。
彼は添い寝がないと寝られない呪いに掛かっているので、彼女は役得とばかりに添い寝をすることになるが、せめて一晩くらいは彼をゆっくりと寝かそうと固く決心するのだった。
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