4-Ex11. この状況で2人きりだからいつも以上に緊張していた
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楽しんでもらえますと幸いです。
夕方。行列の準備をする前にコイハとムツキは部屋の中で待機する。他のみんなは別の準備で部屋を離れていて、2人きりだった。
2人とも衣装が崩れないように立っていて、激しい動きも避けている。
彼女は衣装を乱さないためか珍しく尻尾を畳んでおり、振ったり揺れたりしないように気を付けている様子だ。彼は彼女のモフモフ尻尾が見えないので少し残念に感じている。
ちなみに、彼は自分の着こなしを見てやはり七五三のようだと思っているが、先ほどまで周りがカッコいいとちやほやしてくれたので不満にまで至らなかった。
「ハ、ハビー」
「ん?」
コイハは少し落ち着きなさそうにしながらムツキに話しかける。彼は彼女の落ち着きのない様子を感じ取って、彼女を落ち着かせるためにいつもよりも余裕そうな表情と動きで彼女の緊張を和らげようとする。
「ど、どうかな? 俺の花嫁姿、変じゃないかな?」
コイハが不安そうにそう訊ねるので、ムツキはしっかりと首を横に振って答える。
「コイハ、すっごく綺麗だよ。変なところなんて1つもない」
「そ、そうか……あ、えっと、綿帽子、大丈夫かな」
コイハは被っている綿帽子を気にし始めて、位置を微調整するも少し左へ少し右へと動かすので結局位置は元通りになってしまう。
「大丈夫だ。綿帽子から出ているマズルとかもすごくかわいいよ」
ムツキは綿帽子から隠し切れないコイハのマズルを褒める。顔を隠すはずの綿帽子からひょっこりと顔の一部が出てしまう狐の嫁入りに、彼は隠し切れないこと、つまり、自身が狐であることを素直に打ち明ける意味も含めているのかと感じた。
なお、鬼族のナジュミネは水化粧や紅をつけていたが、白狐族はつけない。それは白銀の毛並みを自慢すること、口に血を垂らしたように見える紅を避けていることなどの意味がいろいろと込められている。
「マズル……ハビーは本当に変態だな」
「え、褒めたら、まさかの罵倒が飛んでくるのか」
ムツキは突然の罵倒に苦笑いをする。
彼はよく、エッチ、スケベ、変態など、割と容赦なく女の子たちから言われる。それらの言葉は、別の女の子に目移りする彼への非難めいた冗談であり、女の子たちのもっと自分を見てほしいというアピールでもあるため、彼が不快に思うことはない。
ただし、コイハが冗談でもその言葉を口にすることは珍しかった。
「あ、いや、そうじゃなくて、いや、たしかに、変態って言ったらそうなるよな」
「あはは、落ち着こう。大丈夫だ。言葉はともかく、良い意味で言ってくれているんだと思っているよ」
ムツキは苦笑から微笑へと表情を変えて、コイハがこれ以上慌てふためかないようにゆっくりと話をしている。
「あぁ、うん。そうなんだ。人族にそういうこと言われることないから、ちょっと戸惑って……」
「うーん。人族って括るのは感心しないな。コイハは俺の伴侶、パートナーの1人じゃないか。俺はいくつでもコイハの素敵なところを言えるぞ」
コイハは尻尾を動かさない代わりに耳を動かしていて、綿帽子が揺れるほど耳がひっきりなしに動いているようだ。
「あぁ、すまない。それと、素敵なところをいくつもとか、やめてくれ……恥ずかしすぎる……」
「そうか。ならやめとくか」
訪れる沈黙。
ムツキはコイハを見つめないようにしている。先ほど彼がまじまじと見ていたら恥ずかしいからやめてほしいと彼女に言われたためだ。
「ハ、ハビー」
「ん?」
「沈黙だと、間が持たない……」
その後すぐに、彼女がその沈黙に耐えきれなくなる。
「そうだよな。それじゃあ、緊張が解れるためのいい話をしよう。そう、俺がモフモフについて、軽く語ろうか」
「それはナシで」
コイハは即却下した。ムツキが残念そうな顔をする。
「えぇ……」
「ハビーのモフモフへの愛情は十分に分かっている。軽くが軽くじゃないんだよな」
コイハの苦笑いに、ムツキはピンときたようで手をポンと叩く。
「うーん。そうか。それじゃ、もっと絞って、コイハのモフモフについて語ろうか」
「いやいやいや、やめてくれ、恥ずかしすぎる。これ以上、俺をドキドキさせないでくれ……」
コイハは一生懸命に尻尾と耳が動かないように抑えている。ムツキが彼女をドキドキさせるようなことを言えば、それらのがんばりが全て無駄になるくらいにぶんぶんと振られることになる。
「そうか。ならやめとくか」
再び訪れる沈黙。
しばらくして、またもやコイハが耐えきれずに沈黙を破る。
「ハ、ハビー」
「ん?」
「しりとりをしないか?」
ムツキはよくみんなとしりとりをしていた。それぞれの文化や言葉をお互いに知るために、彼はしりとりが楽しく遊べて一番良いと思っている。
「あっはっは。急にしりとりとか、もう切羽詰まって為す術なしだな?」
「そんなに笑うなよ。さっきから言っているが、間が持たないんだ……」
「ごめん、ごめん。しかし、ワガママさんめ。しょうがないなあ、それじゃあ」
ムツキからしりとりが始まり、準備を終えたみんなが戻ってくるまで続いていた。
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