4-48. あの頃から弱くなったのかもしれない
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時間はムツキがゴオとレムに苦戦し始める頃に戻る。
扉の先へと進んでいるサラフェが辿り着いたのは最後の部屋だった。先ほどの大きな部屋と同じくらいの大きさだが、様々な装置が壁際にたくさん並べられている。また、1つの壁一面には大きなディスプレイがいくつも設置されていて、研究施設内の至る所に仕掛けられている監視カメラの映像が映し出されていたり、何かを測定しているような誰が見てもよく分からない数値の羅列が並んでいたりしていた。
ここは戦うために動ける空間が先ほどの部屋よりも二回りほど狭い。場所を広く使えないことは、素早さを軸にして多彩な技によるヒットアンドアウェイを得意とする彼女にとって不利な状況である。
「ここも変わりませんね。ということは……」
サラフェがふと思い出した頃に現れたのは、彼女より二回りほど大きいデッサン人形だ。そのデッサン人形が徐々に姿形を変えていく。
やがて、それは彼女の旧友の姿になった。ふわっとした茶色のショートボブに人族の軍服と金属製の胸当てや肘当てで構成される軽装鎧を纏っている。全体から見ると元は可愛らしい容姿であると容易に想像できるが、顔のないその姿はどこか不気味さを漂わせている。
サラフェはこの旧友をこの研究施設で失ったのだ。
このデッサン人形はレブテメスプが使用していたコピーロボットと同種であり、彼女の記憶の中で苦手とする相手の姿になって戦いを仕掛けてくる戦闘人形なのである。
「やはり……戦いにくい相手に変化しましたか……しかし、前回と同じということは……キルバギリーが前回と同じになるように設定してくれたようですね。キルバギリーはどこまでこれを予期していたのでしょうか」
今ではムツキやナジュミネ、リゥパのような戦いにくい相手も増えたサラフェだが、目の前の敵はそれよりも過去の記録から作り出されたものである。当時はまだ他の勇者とも面識がほぼなかったことも幸いだった。
「それとも……過去との決別が試練なのでしょうか」
切ない表情を浮かべるサラフェに、旧友の姿をした戦闘人形がショートソードを片手にまるで亡霊のように襲い掛かり始める。
「……いざ……参ります!」
サラフェは着ていたワンピースをバッと脱ぎ捨てると、まるで男性貴族のような姿を現す。彼女は薄い青を基調としたウエストコートとコートを羽織り、濃い青色の半ズボンを履き、白いタイツと先の尖った革靴であり、これが彼女なりの戦闘時の正装である。
最近は着ることも少なかったが、この試練の内容を聞いた時に改めてこの服装を着込んでいた。
「あなたとの斬り結びは楽しかったですよ」
サラフェはどこからか武器である刀を取り出す。鞘から放たれた刀身が光を反射し、その美しい刃紋が照らし出される。垂れ目がちの優しそうな彼女の目から似合わない殺気が映り出されていた。
「ですが、時間がありません」
戦闘人形は突進の勢いに加えてショートソードを素早く前に出して、高速かつ強烈な突きを放つ。サラフェは前屈みで低姿勢の状態を維持し、戦闘人形が近付いてきた瞬間に刀をショートソードに合わせることで上へと力を逃がしていく。
さらに彼女はそのままの勢いでやってきた戦闘人形の腹部に思い切り膝蹴りを食らわせた。勢いのなくなった戦闘人形が「く」の字の形に折れ曲がると、彼女はさらに先ほどと逆の足で戦闘人形の膝の裏を踏んで高く舞い上がる。戦闘人形が床に膝を着き、とっさに彼女の方向を振り返った時には、彼女のかかとが戦闘人形の顔面めがけて振り下ろされていた。
「……相変わらず、剣技ばかりに頼って身体がお留守ですね。あれほど……格闘技も少しは習いなさいと言ったはずなのに……防御もなってません」
サラフェは涙を一筋流していた。嬉しいのか、悲しいのか、何なのか、それは彼女にさえもよく分からなかった。ただ、込み上げてくる感情に合わせて涙が零れたのである。
しかし、彼女に涙を流し続けている暇はない。
戦闘人形は次にムツキよりも大きな体躯に黒色の短髪をした青年の姿になり、顔に口だけが追加されて魔法を詠唱しようとする。
「次はあなたですか。ガタイがいいから脳筋と誰かにバカにされてからのあなたは、魔法を多用していましたね。宝の持ち腐れでしたよ。あと、サラフェに魔法で勝つつもりなら、少しは得意な強化魔法で殴りに来なさい、と前にも言ったはずです。サラフェの水との相性が良いからといって、不得意な雷や氷で来るのは無謀だと何度も……何度も教えたはずですよ」
戦闘人形の手からバスケットボール大の氷塊が6つほど放たれるが、氷塊の速度が遅く、サラフェにいとも容易く避けられる。
次に雷魔法が彼女の頭上から降り注ぐが、彼女が【ウォーター】を唱えた。【ウォーター】によって出現した水が彼女の頭上から戦闘人形の足元まで流れるため、雷もその水の流れに沿って戦闘人形に襲い掛かる。
サラフェはなおも涙が止まらない。旧友たちとの思い出が溢れ出てくる。以前戦った時の彼女は旧友たちがまだ生きていると信じていたため、軽くあしらうように速攻で終わらせていた。
しかし、今回の彼女は心の中を整理しながら言葉を紡ぎながら進めているため、どうしても遅くなっている。ある種の弱さとも優しさともとれる感情の動きが彼女の動きを遅く弱らせていた。
「そう……あなたもいましたね。あなたは本当に……」
その後もサラフェは次々に出てくる旧友たちに軽くあしらうように終わらせていくも名残惜しそうに途中手が止まることもありつつ進めていった。
やがて、戦闘人形はサラフェの予想外の姿になる。
「最後はサラフェ自身だったはずですが……これは……」
その姿はサラフェがキルバギリーの外装モードを身に纏ったものであり、ムツキはこれを最終兵器魔法少女サラフェと呼んでいた。
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