4-Ex10. 足りていないから我慢できない
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楽しんでもらえますと幸いです。
ムツキとサラフェが並んで歩いている。無機質な道が続き、2人が歩くたびに硬い金属音がリズムよく鳴っている。
「ううっ……うううっ……」
ムツキは今、窮地に立っていた。彼はどうしようもなく抗うことのできない欲求に、それでも押し流されないように懸命に抵抗している苦悩な表情を浮かべている。
「…………」
サラフェはそれを無表情で眺めていた。
「……もふもふしたい……モフモフしたい……もふもふしたい……モフモフしたい……もふもふする? モフモフしない? イエス、もふもふしたい……」
サラフェが無表情だったのは、先ほどからムツキがモフモフと連呼しており、何故彼が苦悩の表情に満ちていたかを理解していたからである。
しかし、ささっと来てしまったため、彼らはお世話係の妖精たちを連れてくるのを忘れていた上に、なんだかんだで忙しくしていたために彼がおモフをせずにやってきたのだ。
「おモフをする前に来てしまったから、まるで禁断症状ですね……きっと昨日の朝からおモフをしていないでしょうし」
「…………」
まだ意識のはっきりしているムツキは、しれっと黙っていた。彼は昨日ルーヴァのモフモフを堪能していたが、それを告げると我慢しろと怒られそうだったので言わないことにしたのだ。ただし、彼が黙っていたところでモフモフが現れるわけでもない。
結局しばらくの間、彼はブツブツと、もとい、モフモフと呟きながら歩いていたが、ふと自分の視界に映るゆらゆらと動いているものに目が留まる。
「……綺麗だな」
「え?」
ムツキの目に留まったもの。それはサラフェの綺麗に整った青いツインテールだった。彼はその艶やかな髪が動物の毛並み以上の感触を約束してくれるような気がしてきた。
すべてがモフモフに見えてくるモフモフ禁断症状の末期である。
「サラフェの髪って……もふもふかな……」
「えっ……ムツキさん、さすがに少し落ち着いてください」
サラフェは予想外の展開に思わずムツキの手をバッと離し、彼から少し離れつつ、自分のツインテールを守るように身構えた。しかし、罠もある通路の中では、彼女は自由に動くことができない。
彼はじぃーっとツインテールを見つめている。彼女は身の危険ではなく髪の危険を感じた。
「もふもふ……かな……?」
「……ちょっと待って! 手を伸ばさないでください! その状態で近付かないでください! 乙女の髪にそのような理由で触ろうとするのは許されません! 絶対にダメです!」
「ちょっとだけでも……ダメ? パートナーなら髪を触ったり頭を撫でたりするのって普通じゃないか?」
ムツキはサラフェへの説得を試みるも、彼女は首を横に振って警戒を緩めることがなかった。
「言っていることは多少まともに聞こえますけど、どう考えてもパートナーへの愛情からくるスキンシップ行為じゃなくて、単純にムツキさんのモフモフへの欲求不満を解消するためじゃないですか……ある種の慰み者扱いですよ……」
「もふ……もふうっ……」
正論を言われて反撃のできなくなったムツキはついに言葉を失い、もふもふと鳴くようになる。彼のうるっとした瞳を見てしまい、サラフェは本来感じるはずのない罪悪感を覚えてしまう。
「うっ……ズルい……もう……ちょっとだけですよ?」
「もふ! ……はぁ……」
サラフェが許した途端、尋常ではない速さでムツキは近付き、髪の毛に手を伸ばす。その後、彼は思わず深いため息が出た。
彼女はその溜め息に反応する。
「ちょっと……今の溜め息は何ですか。感激ですか? 落胆ですか? 落胆なら怒りますよ? 乙女の髪を触っておいて……」
「つやつやの髪を触れて、幸せだなあ」
ムツキがサラフェの髪の毛を触りながら幸せそうな表情を浮かべる。
「っ! えっと……」
「モフモフとはたしかに違うけど、これはこれで幸せの感触がする」
ムツキは自分の気持ちに正直に言っている。だからこそ、サラフェは自慢の髪をここまで褒められ過ぎて恥ずかしくなってしまう。
「幸せとか……そこまで言われると恥ずかしいです……もう……」
「ふぅ……幸せ……」
だが、そんな和気あいあいの雰囲気は、ムツキの行き過ぎた行動でぶち壊されてしまう。
「もふぅ……」
「あ! やめてください! 誰が頬ずりまでしていいと言いましたか!? ちょ、ちょっと、匂いを嗅がないでください! ムツキさんの変態! 信じられません! 調子に乗らないでください! もう離れなさい! は、な、れ、な、さ、いっ! は、な、れ、な、さ、いーっ!」
ムツキはモフモフしながら夢中になってしまい、いつものモフモフ癖でサラフェの髪に頬ずりをして、匂いまで嗅いでしまった。仮にナジュミネやリゥパなら多少苦笑いを含んでいても笑って許しただろう。コイハやメイリは既に経験済みで慣れたものである。ユウやキルバギリーなら気にもしない。
しかし、それがサラフェの場合、逆鱗に触れることは言うまでもない。もちろん、これが多くの女の子から受けるごく普通の反応である。
「……はっ!」
彼が我に返った頃には、彼女は顔を真っ赤にしてぷるぷると恥ずかしさと怒りに震えながら彼をものすごい形相で睨み付けていた。
その後、彼女は無言で彼の手をひったくるかのように掴むと先へと進んでいく。彼女の理性が罠を2人とも回避しなければならないと訴えかけたことで、2人は手を繋いでいるものの居心地がすこぶる悪くなっていた。
「ごめん……正気を失っていて……」
「知りません!」
サラフェは薄々分かっていた。ムツキがモフモフをするということは、そういうことも織り込み済みで覚悟しなければいけない、と。しかし、実際に彼にされてみると、彼女はあまりにも恥ずかしすぎて、ついには怒りまで覚えてしまったのだ。
「何かで埋め合わせできないか?」
「要りません!」
サラフェはもう少しパートナーらしいスキンシップをねだることも考えられたが、今の状態で何か埋め合わせを考えてお願いする気にとてもなれなかった。
「サラフェ……」
「許しません! しばらく反省なさい!」
その後も必死に謝り倒すムツキだった。
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