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4-44. 誰にも見られないから現れた

約2,500字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 少し場所が変わり、研究施設の地下深く。アニミダックが落とし穴にまんまと引っ掛かり、無機質な床に横たわっていた。


 彼はしばらくして、自動化していた触手に揺り起こされる。


「……ぐうっ……あー、痛ぇ……暗ぇ……【ライト】。ったく、とっさに触手で衝撃を防いで正解だったな……こんな深い落とし穴があるなら先に言えってんだ。ちぃとばかり、気絶していたじゃねえか」


 アニミダックは頭を軽く振って、【ライト】で光源を出し、自身の損傷具合を確かめる。彼に目立った負傷はなく、打ち身と擦り傷程度で済んでいた。


 本来の彼ならば、無数の触手を生成して地下深くまで落ちることなく復帰できていたが、制限を受けている状況下では衝撃を抑える程度しかできなかった。


 次に、彼が周りを見渡すと、無数の骨や腐敗した肉塊が散らばっている。その中に人骨もあるのは侵入者の成れの果てである。


「掃除していないのかよ……ったく、それに深すぎるだろ……光が星みたいだぞ」


 アニミダックは自分が落ちてきたであろう頭上を見ると、遥か遠くの方に白い光が見える。どんだけ深いんだよ、と彼は思った。


「星とは、随分と詩的な表現をしなさいますな」


「……っと、その声は毒蛇か?」


 アニミダックは、突如聞こえてきた声に聞き覚えがあり、触手を数本生成しながら正体を問う。彼の予想通り、【ライト】に照らされるまで近寄ってきたのは一匹の毒蛇だった。


「いかにも、ニドでございます。アニミダック様、ご無沙汰しております。起きられたと風の便りに聞き、お声がけをしようと思いましたが、その前にムツキ様の邸宅で働き始められたので避けておりました」


 ニドの代理である毒蛇は恭しく頭を垂れる。ニドは毒蛇を介して、あることを確認するためにアニミダックに会いに来た。


「あぁ……久しいな。別に会いたいわけでもねえが。で、なんだ? ムツキが苦手なのか?」


「…………」


「どうした?」


「……すみません、遠い場所での感覚共有が少し不得手でして。それでご質問のムツキ様が苦手かということですが、いえいえ、ムツキ様の奥方の中に蛇を苦手とする方がいらっしゃるので、自重をしているだけにございます」


 ニドは本人の申告通りか、はたまた、何かの確認をしていたのか、少し間が空いた後にアニミダックの問いに答える。


「自重……ねえ……」


 アニミダックにはどこか納得しがたい言葉だったものの、どうにか飲み込むことにした。


「ところで、どうしてムツキ様のお宅で使用人のような真似事を?」


「はは! そこまでは知らないのか? 情報通のお前なら知っていると思ったがな。ムツキに負けたんだよ。それで更生させるために置いておかれているわけさ。だが、悪くねえ。ユースアウィスが近くにいる」


 アニミダックがユースアウィスの名前を出した時、彼の表情が笑顔になるので、ニドは舌をしきりにチロチロとさせながら不思議そうな表情をする。


「ムツキ様のものになったユースアウィス様のお近くにいられて嬉しいものですか?」


「っ! あー、煽るな、煽るな、毒蛇風情が」


 アニミダックは一瞬、その黒く長い髪が逆立つかと思うほどに怒りを発しかけたが、ニド相手に怒ったところで何の意味もなさないと思うに至り、あえて、ぞんざいに扱って留飲を下げることにした。


「はっはっは、いえいえ、煽るだのと滅相もない。この毒蛇風情でも、純粋に疑問に思っただけです。どうして、奪おうとしないのか、と。以前のアニミダック様ならば、そうなさっているでしょう」


 一方のニドは笑って済ます。ニドは怒りの感情をかけらさえも見せず、淡々と、粛々と話を芝居のように進めている。


「負けたって言っただろ? それに、無理やり奪ったところでユースアウィスの気持ちは俺についてこねえ」


「ほほぅ。それは、それは……たしかにそうでございますな」


 ニドは驚く。以前のアニミダックであれば、自分以外の誰かの気持ちという言葉など出てくるわけもなかった。


「だったら、今は少し遠回りでも、俺の方がいいってことを証明させるためにも、近くにいた方がいいだろうが」


「なるほど。アニミダック様は少し変わられたようですな」


 ニドは、アニミダックの変化にムツキが関係しているのかと勘繰り始める。よくよく考えれば、ユウもそうである。


 ユウは悪く言えば、4人の男を侍らせて、ペットを飼い、創世の神として自由に気ままにワガママに日々を過ごしていた。それが一度、長い眠りについたものの、彼女は何を思ったのか、ムツキの魂をこの世界に呼び寄せて、彼だけを愛し始め、パートナーという形を取ったのだ。


 しかし、ニドはここで考えを中断した。自分の及ばぬ範疇に至ったと判断したためだ。考えは推測を超えれば、空想、妄想の類にしかならない。


「……そうかもしれねえな。そういうお前は相変わらず妖精王の座を狙っているのか?」


「いえいえ、既に妖精王の座には心底興味がございません。今の私めは縛られたくないだけでございます」


 ここでアニミダックが薄らぼんやりと違和感を覚えた。


「……ん? このやり取りを前にもした気がするな?」


「それは、それは、光栄なことですな。私の記憶にはございませんから、アニミダック様の夢に端役でも私めが登場したことに他ありますまい」


「そんなわけ……まあ、違うなら構わない。さて、俺は行くぞ。ついてくる気か?」


 アニミダックはニドを小ばかにしかける前に話を途切れさせる。ここで話し込んでいるとサラフェのサポートができず、そうなると、彼がユウとの約束を反故にすることになるのでそれを避けたかった。


「いえいえ、私めはここで失礼いたしますよ。ただご挨拶に伺ったまでですから」


「そうか、じゃあな」


 アニミダックは【ライト】を携えて、ずんずんと奥へと進んでいく。それを見送った後の毒蛇は暗がりの中でゆっくりと動き始める。


「……やはり、前回の毒は少し掛かりが悪かったか。流し込みきる前に掴まれてしまったからな。再度、忘却の毒を注入しておいてよかった。今回のことも忘れてくれるだろう」


 ニドの計画はまだ終わっていない。まだアニミダックやレブテメスプに悟られてはいけないのだ。


「さて、長居は無用。いつ、ここの家主に気付かれるか分からぬからな……」


 ニドはそう呟いて闇の中を音もなく消え去った。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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