4-37. 恐れられているからすんなりと終わった
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すべての風は1羽の鷲から出たものが複雑に絡んでいると言われている。その鷲の羽ばたきの1つ1つが大小さまざまな風を生む。故に、その鳥は風の化身、風の始まりと終わりを司っていると信じられていた。
世界樹の頂上で君臨する番鳥の1羽にして唯一の鷲、フレースヴェルグことフレスである。銀色の口ばしが朝日に照らされ輝き、羽の色は若々しい桃色をしている。その象牙色の脚が先ほど宙を舞っていたリゥパを彼女に張られた【バリア】ごとしっかりと掴んでいた。
「フレス!」
「フレス!」
ムツキは少し嬉しそうにその名前を叫び、一方のリゥパは少し面倒そうにしていた。
「リゥパじゃないか。ようやく、俺の嫁になりに来たのか? なんか周りにあるやつが邪魔だな」
アルやルーヴァが世界樹の頂上を面倒だと思ったのは、妖精族の中で鳥たちが独立しているため、だけではない。
フレスがリゥパをいたく気に入っており、何度も求婚をしているからである。その度に彼女が断り続けているも、フレスはめげる様子も気にした様子もなく、会うたびに攫う寸前にまで至っていた。
「そんなわけないでしょ。早く下ろしてよ! 今、すごく大事な時間なんだから!」
「分かるぞ。俺と一緒にいることが大事なのはな。俺もお前と一緒にいられる時間は大事にしたいからな」
リゥパはフレスの言葉にうな垂れる。フレスはあまり周りの話を聞かない。4羽の番鳥の中でも自分が上だと思っている節があり、また、ケットに対しても敬う気持ちがほとんどない。
「前半の言葉聞いてないわね? いいから、下ろせ!」
「そんなに照れるなよ。さて、俺の巣まで連れて行ってやろう。愛を育もうじゃないか」
リゥパはゾッとする。フレスはどうやら何かが原因で気が大きくなっているようだ。今までと異なり、本気で彼女を連れ去ろうとしている。
「朝っぱらから盛っているんじゃないわよ! このバカ鳥!」
「フレス!」
リゥパがフレスを罵る間、ムツキは彼らの会話が聞こえていないのか若干分かっていないようで、地上からフレスを見て目を輝かせていた。
「……なんだ? あのガキ……どこかで見たような……」
「俺だよ! ムツキだよ!」
その名前が出た途端に、フレスは驚きのあまり、銀色の口ばしをあんぐりと大きく開けて、目がキョロキョロと不可解なほどに動き回る。
「ム、ムムムム、ムムム……ムツキっ!? 嘘言うな! ムツキはそんなに小さくなかっただろうが!」
「ちょっといろいろあって!」
フレスは目の前の人族の言葉を最初は信じられなかった。だが、人族や魔人族を快く思わないリゥパが一緒にいるということが何よりの証拠だった。
「リゥパと一緒にいる人族……まさか、本当に……」
「【レヴィテーション】! フレス! すまないけど、リゥパを返してくれ! あと、久々にモフモフさせてくれ! ちょっと硬いからモフモフってあまり言えないけど!」
フレスは確信した。これほどまでの魔力を持つ人族は1人しかいない。空を自由に飛べる人族は1人しかいない。モフモフという単語を連呼する人族は1人しかいない。
次の瞬間、フレスの脳内で最大級の警報がけたたましく鳴り響く。
「モフ……ひっ!」
フレスはリゥパをムツキに目掛けて器用に放り投げた。
「ちょ! バカ鳥! 放り投げるなーっ! ムッちゃん、助けて!」
リゥパは信じられなかった。今の今まで求愛していた相手をぞんざいに放り投げるとはどういうことかと問いただしたくなっていた。もし彼女が炎魔法も得意としていたら、今この瞬間にフレスを焼き鳥にしていただろう。
「リゥパ! 大丈夫か?」
ムツキはリゥパを優しく抱き留めた。
「ありがとう、ムッちゃん! ……フレス……まだここにいる気?」
「んなわけねえだろうが! モフクレ警報を出さなきゃいけねぇ! みんな、逃げろ! モフクレが来やがった! みんな、散れ! みんな散れええええええっ! 逃げろおおおおっ!」
リゥパがフレスに訊ねる頃には、既に逃げるように遠くへと飛んでいた。喋っている声とは別に鳥らしい鳴き声を出して、まるで警報機のように鳴り散らかしている。
「散れ? 逃げろ? モフ……クレ……?」
「あー……そうね。ムッちゃんは鳥たちにモフクレって言われているらしいわ」
ムツキはフレスが自分を見て聞き慣れない単語を発していたことに戸惑いを覚えつつ、単語の意味が気になっていた。
「……どういう意味?」
「あー……その……あー……嘘はダメよね……正直に言うわ……モフモフクレクレ野郎……もしくは……モフモフクレ〇ジー野郎……よ……?」
リゥパはお茶を濁そうかと考えたものの、先ほどのやり取りの後に平気で嘘を吐く気にもなれず、素直にムツキに単語の意味を説明した。
「…………」
ムツキの口から明確な言葉は出なかった。決して誰からも好かれているとまでは思っていない。むしろ、人族や魔人族からは疎まれていることも知っている。しかし、妖精族の味方だと自負していた。だからこそ、今のこの悲しさを安易に言葉にできなかったのだ。
言葉の代わりに涙がポロポロと零れ、ポタポタとリゥパの服に滲み、彼女の身体に冷たさを感じさせる。
「ムッちゃん、泣かないで。大丈夫。言っているのは鳥たちだけよ! 猫や犬たちは言ってないでしょ? 本当にモフモフしている子たちからは好かれているわ!」
「……そうだな……でも、辛い……」
何のフォローにもならない言葉をリゥパは投げかけつつ、ムツキはその言葉で無理やりに納得しようとしていた。
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