4-36. 言うしかないから思い出のあの場所で伝えた(3/3)
約2,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
リゥパにはいい加減な部分もあるが、決して無責任ではなかった。
彼女はエルフ族の姫、エルフ族の族長の娘、つまり、次期族長であり、神との交信役という大役も担っている。彼女は森にいれば、魔物を退治したり、不法侵入者を追い払ったりも自らする。
彼女はするべきことに対して、自分から放棄することはしない。放棄することができない。どんなに軽口を叩いて、嫌がっていても、最終的にはその務めを果たす。それは彼女の強さでもあり、彼女が周りを見てしまう弱さの証でもあった。
「っ! 俺の後を追うって……それは……」
「卑怯なことは分かっているわ……ムッちゃんとの約束をダシに使おうとしているんだから。でも、これなら、私はこれからそのお願いを胸に片時も離さず、最期を自分で決められるの……」
リゥパはムツキとの約束を果たすためなら、そのすべてを誰から何を言われようとも投げ捨てることができると考えたようだ。
彼女は自身の提案を卑怯だと思っている。それが彼を苦しめることになることにも十分気付いているつもりだ。何より、彼を共犯に仕立てている心苦しさもある。
「それは……」
ムツキは次の言葉が出てこない。胸が苦しくなるような、何かにギュッと締め付けられる感覚に彼は息をするのも忘れてしまいそうになる。涙も滲み始める。
彼は、自分はもちろんのこと、愛している者たちにも楽しく愉快にいつまでも生きていてほしいと思っている。怒ることがあっても、悲しいことがあっても、寂しいこともたまにあっても、それでも最終的には楽しいと思えるような一生を過ごしてほしい。
だからこそ、たとえ、愛している者にそう望まれようとも、彼が愛している者に亡くなってほしいと思い、ましてや、そのような言葉を告げられるわけがない。
しかし、彼は同時に思う。悲しいとしか思えないことを予期していて、それから脱したい気持ちを抑えることが自分にできるだろうか。自分でもお願いしてしまうんじゃないか。
彼は、もしも、ユウが、ナジュミネが、リゥパが、サラフェが、キルバギリーが、コイハが、メイリが、ケットが、クーが、アルが、と想像して、それから逡巡する。そうすると、彼にはリゥパのお願いを容易に否定できる言葉が見つからなかった。
「……今、この場で言ってほしい。そうしたら、試練を超えられる気がするの……言葉にすることができるの……だからって、後で、嘘とか言うのはお互いにナシよ? これが私の希望になるのだから……」
リゥパの縋るような声、表情、瞳に、ムツキはやがて首を横に振った。
「……それは言えない」
リゥパはムツキの言葉を聞いて、悲しさを隠さずにいたものの、どこかホッとした様子もチラッと見せた。それは思わず出た言葉を取り消せて胸を撫で下ろしたかのようでもある。
「……私に苦しめって言っているのね……案外、ムッちゃんてSなのかしらね……」
「そうじゃない。でも、俺にそれは言えない……俺は……ごめん……俺には……」
ムツキの口から明確な言葉は出なかった。いろいろなことを感じ、思い、考え、だからこそ、安易に言葉にできるものがなかったのだ。彼からは言葉の代わりに涙がポロポロと零れ、ポタポタとリゥパの服に滲み、彼女の身体に冷たさを感じさせる。
「……そっか……」
リゥパは我に返った思いだった。
彼女はムツキを苦しめることになるだろうと理解してはいたが、実際にその状況を目の当たりにして、ただ覚悟していたつもりだったことに気付く。彼女が手に入れたかったのは、彼を苦しめてまで欲しかったものではない。そう何かに納得したのか、彼女は彼に小さな声で耳打ちをする。
その彼女の呟いた言葉は数字の羅列であり、彼女にとって、試練にとって、大事な数字でもあった。
「え……」
「……ごめんね……さっきのは冗談で済ませてよ……やっぱり、考えてみたら、ムッちゃんにそんなお願いできないもの……だから、その……悩ませちゃったお詫び……ところで、エルフにしたら、意外と若いと思わない? ピチピチだと思わない?」
リゥパはすっかり笑顔を取り戻した。一抹の不安や寂しさをすっかりと拭いきれている笑顔とは言いがたいものの、何かを覚悟した面持ちであり、彼女なりに自身の気持ちに折り合いをつけた表情だった。
彼女は試練を乗り越えた。
「リゥパ……」
「ねえ、朝日が綺麗だと思わない? 前に見た時と変わらず、綺麗よね。いつまで、ムッちゃんと一緒に見られるかしら」
リゥパの顔は朝日の方を向いている。ムツキはたまらず、彼女と朝日の間に立って、彼女の肩に手を乗せながら口を開く。
「俺、ユウにお願いして、何度でも転生する! 何度でもリゥパと一緒になりたいんだ!」
リゥパは目を真ん丸にして驚いた。
「えー、ムッちゃんがまた一目惚れしちゃうくらいのイケメンかどうか分からないからなー」
「え、顔……か……きっと、大丈夫だ! ユウに頼んで同じ顔にしてもらおう!」
「それに、エルフ族は一途だって言ったじゃない。転生しても、それはムッちゃんじゃないと思わない?」
「また名前をムツキにすれば、ムッちゃんじゃないか?」
「それって、パートナーと浮気相手を同じ呼び方でバレなくするような対策みたいじゃない……私になんてことさせるのよ……」
「えーっと、そっか……いや、そう……なのか? でも、もし、ダメなら友達になろう! 何度だって思い出を作って、何度だって楽しい話をして、何度だって、俺はリゥパに相手にされなくても、リゥパを愛して、リゥパに恋をするよ。それなら、俺は約束できる……ユウの許可とか協力とかがいるけど……」
ムツキの最後の一言にリゥパは苦笑いする。それでも、彼女はどこか頼りないその約束に嬉しさが込み上げてくる。
「もう……最後の一言がどうも締まらないわね……ふふっ……ムッちゃんらしいっちゃムッちゃんらしいけど……」
お互いにひと段落したと感じたのか、一旦はそれ以上の言葉を紡がずに花畑に2人で並んで座って寄り添いながら朝日を眺める。
「朝日……綺麗だな……」
「そうね……ムッちゃん……ありがとうね……」
「リゥパ……ありがとうな……なんだか風が強くなってきたし帰ろ……あっ!」
朝日がすべて出てきて風が強くなってきた頃、ムツキがリゥパに帰ろうと促そうとした瞬間に突風が彼女だけを浮かした。彼が咄嗟に手を伸ばすも子どもの手では届くはずもなく、彼女はそのまま空へと舞い上がる。
「ムッちゃん!」
「リゥパ!」
その後、その突風とともに何かがリゥパを彼女の周りの【バリア】ごと捉えた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
 




