4-35. 言うしかないから思い出のあの場所で伝えた(2/3)
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楽しんでもらえますと幸いです。
世界樹の頂上は風が強い。今はそうでもないが、ひどい時は立つこともままならないくらいの風が吹く。
それでも花びらが散らないほどにここの花はたくましい。リゥパはその強さに無意識に惹かれてしまい、ここの場所を選んだ。
「試練のね、年齢を伝える前に、もうちょっと話をしてもいい?」
「もちろん。たくさん聞かせてくれ」
リゥパがムツキに少し近付いたため、彼もまた近付くように少し歩いた。距離は縮まるもまだ少しだけ離れている。
「ありがとう。私ね、年齢を言うことが嫌なわけじゃ……それは違うわね……年齢を言うこと自体も嫌ではあるのだけど……」
リゥパは少しだけおどけてみせる。彼女が真面目な話をする前のちょっとした癖の一つだ。
ムツキはそれに気付いて、笑ってみせる。彼女が真面目な話を切り出すための後押しが必要だからだ。
「ははは……まあ、女性が年齢を言うのは嫌だろうと思うよ」
「そうなのよ……でもね、それだけじゃないの。その、年齢を言ってしまうとね……悲しい最期を突き付けられる気がして……言いたく……ないの……」
「悲しい最期?」
リゥパの声が既に涙ぐみ始めている。彼女の言葉は歯切れが悪くなり、目もどこか所在なさげに花畑の花たちをちらちらと見ていた。
ムツキは少し悩んだ後に彼女に近付いた。彼女は気にした様子もなく、話を続ける。
「そう。あのね、ムッちゃんも知っている通り、エルフ族は長寿命なの」
「ああ」
エルフ族は、ケットやクーなどの妖精族の中で序列の高い特別な個体を除けば、一般的な妖精族の中で最も寿命の長い種族である。
「だからね……短寿命の種族とね……仲良くなると、みんな私を置いて、去っていっちゃうのよ……」
「…………」
去っていくが亡くなってしまうことの比喩だということは、ムツキでも容易に理解できた。彼は彼女が幾度となくそのような経験を繰り返していることも想像できた。
「ムッちゃんがね、おじさんになったって愛せるわ……ムッちゃんがさらに老いておじいさんになったって……しわくちゃでも腰が曲がっても愛せる自信があるわ。ムッちゃんならいつまでも愛せる自信があるの。それに、ムッちゃんだけじゃないわ……ナジュミネだって、サラフェだって、コイハだって、メイリだって、キルバギリーだって……みんな好きよ……」
太陽が顔を出し始める。夜がゆっくりと朝に追い出されていくにしたがって、なんとなくぼんやりで見えていたお互いの表情がくっきりと見え始める。
リゥパの顔には零れた涙の跡がはっきりと残っており、まだ彼女の目から幾粒も涙が零れようとしている。彼女の声も身体も震えており、顔には悲しさの表情が映し出されていた。
「でもね、私の前から去ってしまうの……人族や魔人族のほとんどは寿命が短いのよ……妖精族のみんなはいるわ……キルバギリーだっているかもしれない……でも、ナジュミネだって、サラフェだって、いなくなるだろうし、コイハもそうよね、きっと。メイリはなんだか長寿みたいだけど……それでも半獣人族だから……妖精族とも違うし、いつまでかは分からないわ」
リゥパは立つことが辛くなってきたのか、ゆっくりと膝から崩れ落ちるようにして座り込む。つにムツキは彼女に触れられるほどに近付き、子どもの姿ながら彼女を支えて、少し抱き寄せるようにした。
2人の顔がかなり近づいており、彼女の潤んだ瞳に彼の姿が反射して映り込む。
「そして、何より、ムッちゃん……あなたがいなくなるのよ……」
ムツキが近付いたからか、力が足りないのか、リゥパの声は徐々に弱々しくなっていく。彼女の出す声色は悲しみに溢れている。彼はただただ黙って、彼女を見つめる。
「みんなが……あなたが……いなくなっちゃったら、その分だけ辛いの……楽しかった分だけ、ともに過ごせた分だけ、笑顔の分だけ辛くなるの! 今でも十分すぎるくらいに楽しすぎてね……この先、そんな日がきたとき、思い出だけで、あー、あの頃は楽しかったなー、って、それだけで長すぎる残りを生きていける気がしないの……長かった最期には思うのよ、もっと早くに私が去れれば……ってね……」
エルフの寿命の長さは正確に分かっていない。外部からの影響がなければ悠久の時を生きられるとも言われている。事実、エルフの先祖たちは何かしらの戦いや病気などで亡くなっており、その中には数十万年を生きた個体もいるのだ。
それらと比べても、また、今生きているエルフ族の中でも、リゥパは若い方なのだ。
「ムッちゃんと会わなきゃよかったなんて全然思わないわ……毎日が最高なんだもの……私の理想の王子様がお話の中から飛び出したのかと思ったもの……あなたのことを想うと……すごく心が温かいの……でも……辛くなるって分かっているこれからをどうすればいいのか……それだけが分からないの……」
リゥパは胸に手を当てて、目を閉じ、静かで穏やかな表情をした後に、涙がそのまま閉じた目から零れてくる。
「ねえ……ムッちゃん……私にお願いしてほしいの……」
「……俺がリゥパにお願い?」
「……俺に何かあったら、後を追ってほしい、って、言ってほしいの」
リゥパは俯き加減で静かに、ムツキの方を見ずに力強くそう呟いた。
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