4-29. 言いたくないから逃げ回る(1/3)
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世界樹の樹海。この世界には、世界樹と呼ばれる天まで届く高さの大樹があった。太すぎるほどにどっしりとした幹に生える太い枝、その太い枝から伸びる細い枝とその先で光をいっぱいに受ける葉。細い枝でさえ普通の木々よりも遥かに太く、根は大地の全てに張り巡らされているとも言われており、いかに世界樹が巨大であるかが分かる。
「くっ……囲まれたかしら……」
その世界樹の周りをいつしか無数の木々が徐々に林立し、一帯を世界樹の樹海と言わしめるほどに広がっていった。
世界樹および樹海は元始より妖精族の管理下にあり、妖精族の中でも森人と呼ばれるエルフ族は昔から先祖代々樹海の警護の任に就いている。
「ムッちゃん……というより、ナジュミネね……。【コール】を使わせて、樹海のみんなを味方につけたわけね……敵に回したくないわ、ほんと」
リゥパは長袖にロングパンツと森の中での格好をしていた。彼女は地上に樹上にと樹海の中を縦横無尽に駆け巡って数時間ほど経つが、未だに見つかったことはない。
エルフ族の族長の娘、つまり、エルフ族の娘である彼女にとって、樹海は庭である。ムツキや樹海に不慣れな女の子たちだけであれば、捕まる理由がない。
しかし、相手は樹海に棲む妖精族となれば、話は別である。一瞬の油断が発見に繋がる。1度発見されてしまえば、そのすべての目線から外れることはそう容易ではない。
「まさか、エルフの秘宝をここで使うことになるとはね……」
リゥパは両手首に嵌めている腕輪を軽く擦る。彼女の持つ腕輪はエルフの姫君である証と同時に、腕輪に蓄えていた魔力を使って、使用者の姿や魔力、臭いなどを消す能力がある。
森に棲み、森を警護しているエルフ族にとって、人族や魔人族に対して密かに動けるようになる能力であり、これ以上に欲しい能力は中々ない。
「でも、これも……そう長くはもたない。ちょっとでも、安全な場所に行かないと……それに、嫌なあいつに出くわすとマズい……」
この能力には大きな制限がある。腕輪には多くの魔力を蓄えられないこと、能力発動中に魔力を追加で補充できないこと、そして、魔力の補充は長い時間を掛けなければいけないことだ。つまり、効果には制限時間があり、1度発動するとしばらく使えなくなる。
そのような能力を駆使してまで、リゥパは自身の年齢を告げることに抵抗がある。誰もが一笑に付す話である。しかし、彼女にとってはとても大きな試練なのである。
「おやおや……これはこれは……エルフの姫君ではないですか……ご機嫌いかがでしょうか……」
「……ニドね。相変わらず、地下から部下の目を通して覗き見なんてやらしい真似をしているのね?」
リゥパは一番出会いたくないが、一番出会う確率の高い最悪の相手に出くわした。毒蛇の王、ニドである。正確にはその仲間である小さな毒蛇だが、ニドは仲間との感覚共有が可能なため、実質、ニドに見つかったようなものである。
何故彼女にとって最悪かと言えば、一部の蛇が持つピット器官、つまり、熱を感知する能力には姿や臭いを消す能力が意味をなさないのである。
そのため、彼女の言っていた「あいつ」とは、このニドのことだった。妖精族の反乱分子、かつて、妖精王ケットに刃向かった毒蛇の王をエルフ族はもちろん、彼女自身もあまりよくは思っていない。
裏を返せば、ニドも彼女のことをよく思っていないのである。
「これはこれは……手厳しい限り……しかし、一つだけ訂正を……。同胞は私のために働いてくれますが、同胞は決して部下ではございません。過去も、今も、そして、これからも下に見ることはございません。これだけは全力を持って訂正いたします」
ニドは鼻息を荒くする。苦楽を共にする毒蛇への扱いに対して、少し憤りを感じるようだ。
「そうなのね。それで、覗き見の方は否定しないのね?」
リゥパはニドが誰かを呼ぶ可能性を考慮しつつも決して下手に出ることをしない。あくまでもいつも通り、お互いに慇懃無礼で嫌みなやり取りをし続ける。彼女はこの毒蛇に弱みを握られる方が面倒だと判断したからだ。
ニドはしばらく黙ってから、やがて、ゆっくりと答え始める。
「ふーむ。まあ、そう思われても、そう言われても仕方のないこともありましょう。私はこの場におりませんからな。あながち間違いでもない意見に口を挟むこともありますまい」
「相変わらずね」
周りから見れば、毒蛇がチロチロと舌を出しながら、虚空を見つめているように見える。
「ところで、ムツキ様の下に戻られてはいかがでしょう? ムツキ様もさぞ寂しがっておりましょう」
ニドは心にもないであろう提案をリゥパにし始める。
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