4-28. まさかの試練だったから逃げた(2/2)
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楽しんでもらえますと幸いです。
リゥパがあることを思い出したようで両手を軽く叩いた。
「そうだ。ところで、まだ試練くんが動かないなら、ムッちゃんの服を変えましょ」
「そうだな」
ムツキが肯くと、リゥパが嬉しそうに彼を連れて行こうとする。ナジュミネは何か引っ掛かって、ケットの方を向く。
「着替えには手伝いも必要だろう。ケットも行ってくれるか?」
「分かったニャ」
「ナジュミネ……私、信用ないわけ?」
ナジュミネは肩をすくめてソファに座り始める。
「いや? 何かをしそうという絶大な信頼がある。それに何もないなら、ケットがいても問題ないだろう?」
「それは信用とか信頼とかって言わないわよ……でもまあ、間違ってないからこれ以上は何も言えないわ」
「間違ってないのか……」
ムツキは2人きりになった時、どうなるのだろうかと少し困惑した表情をしつつ、着替えに向かう。
「みんな、どうかな?」
やがて、戻って来たのは、やけにめかし込んだムツキだった。子供用の燕尾服、革靴も艶のある黒色で、この世界では珍しいモノクルを付けさせられている。
一番の変化は髪形であり、いつもはすることのないオールバックできっちりかっちりという感じだった。
「これはこれで」
「いいですね」
「たしかに」
子どもらしい短パン派のナジュミネ、サラフェ、コイハも思わず、この大人びた子ども風の様子に何も否定することがなかった。結局、どのような姿でも、好きなムツキであれば構わないといった様子である。
「子どもらしい服装もいいけど、やっぱり、ダーリンはちょっと大人びた感じの服装もいいよね♪ 背伸びした感じのちっちゃいダーリン、いいね♪」
「私もメイりん師匠やリゥぱんの意見に賛成だなー!」
「あーん、試練を早く終わらせなきゃだけど、ずっとこの服装がいいわね!」
メイリやユウはリゥパと同じく歓喜する。これだけ喜んでもらえるとムツキも満更ではなく、度のないレンズを使ったモノクルを少し調整するように指で動かす。
そのような和気あいあいとした状況の中で眠っていた試練くんが起き始めた。
「アー、アー、テス、テス! オーケー! グッドモーニング、エブリワン! サテ、ツギノシレンハ、ミドリガミノオンナガ、ウケルゾイ! シレンハ、コレゾイ!」
試練くんがパカッと口を開いて巻物を出したので、ムツキが思わず落胆する。
「また巻物か。ここのバリエーションはないんだな」
「ムムム、キキズテナラナイ! ヨカロウ、オコサマ! オコサマノキタイニコタエテ、ダシナオシダ!」
ムツキの些細な一言に、ムキになった試練くんは巻物を回収してから、口を再度大きく開いてその中から机に目掛けて矢を放った。矢にはご丁寧に折りたたまれた紙が取り付けられていた。
「矢文になった! 中に矢が入っているのか? すごいな! 他にも何かできるのか?」
「フハハ! マカセロ、オコサマ! オコサマノキタイニ、コタエルコトコソ、ロボットノ、ソンザイイギノヒトツ! ツギノシレンノトキヲ、タノシミニシテイルトイイ! シバシ、ネムル!」
ムツキは、服装とは裏腹の子どもらしい瞳の輝かせ方をして、試練くんと会話をしている。その姿を見て、周りは少し驚いている。
「ムッちゃん、普通に試練くんと会話ができているわね……」
「子どもはすごいですね」
リゥパはムツキに感心しつつ、矢文の試練を確認するために取り付けられた紙を解く。
「さて、私の試練は……と……なるほどね。これは気合を入れなきゃいけないみたい。ちょっと支度とお花を摘みに行ってくるわ」
リゥパは険しい表情になって、試練の紙を伏せてから自室へと戻っていった。それからしばらくして、いまだに帰ってこない彼女に痺れを切らし始めたムツキが近くにいたコイハの尻尾をモフモフしながら気持ちを落ち着かせている。
やがて、彼はコイハの尻尾からメイリの尻尾に浮気してモフモフを続けていた。
「なんなんだろうな、試練。教えてくれなかったけど。あのリゥパが気合を入れるくらいの試練か……」
ムツキがメイリの尻尾に頬ずりしている。コイハとメイリだと毛の質感が少し異なり、若干、メイリの方が柔らかいのである。
「それにしても、遅いな……試練の内容だけでも共有してくれるといいのだが……」
「見ちゃおうよ。あん、ちょっと……ダーリン……強くしたらダメ……」
「メイリさん、急に変な声を出さないでください……びっくりするじゃないですか……」
「リゥパには悪いけど、まあ、たしかに、どうせ分かることだし見ちゃおうか」
さすがに他の女の子が試練の書いてある紙を開くのも憚られるので、サポーターでもあるムツキがメイリの尻尾から顔と手を離して、代わりに紙に手を伸ばす。
彼が紙を開くと、そこには大きく『ムツキに年齢を正直に伝えろ!』と記されていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
誰もが思った。こんなもの数秒で終わる、と。しかし、試練になるということは、それほどにリゥパにとって避けたいことなのである。
「……もしかしたら、本当に樹海にお花を摘みに行ったのかもね♪」
「メイリ、言っている場合じゃないだろ! リゥパめ! 逃げたな! 追え! 全員でリゥパを捕まえるぞ! そして、旦那様の前に突き出すのだ!」
ナジュミネがとっさに全員に指示を出すが、眠っていたはずの試練くんがカッと目を見開いてブザー音を鳴らす。
「ブッブー! ダメゾイ! コンカイノシレン、オマエタチノナカデ、オイカケテモイイノハ、ソコノオコサマダケダ! ソコノヨウジョモ、コンカイハ、サポーターカラハズスゾイ!」
「え、ハビーだけじゃいくらなんでも大変じゃないか? せめて、誰か助けてやらないと」
コイハは試練くんに抗議を叩きつけようとするが、ナジュミネが不敵な笑みを浮かべてそれを止める。
「まあ、待て。試練くん……確認するが、ここにいる者以外の助力なら可能か?」
「アカイカミノ、ヨクキヅイタゾイ! イマ、コノイエニイルモノダケガ、ジョガイノタイショウダゾイ!」
「よろしい。旦那様、ユウでもいい……【コール】で樹海にいる全員に告げるのだ。リゥパを捕まえろ、とな……。ふっふっふ……追いかけっこの始まりだ……いつまで逃げられるかな?」
「さすが、鬼族……鬼ごっこが本気だ……」
こうして、リゥパによる試練への抵抗、彼女の逃走劇が幕を開けた。
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