4-22. しきたりだから本気でぶつかった(1/3)
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翌日。
ナジュ父はいつもの作務衣ではなく、袖のない道着のようなものを着ていた。その黒みのある赤色を基調とした道着に合わせて真っ黒の帯を締め、まるでこれから演武でも披露するような出で立ちである。
一方のナジュミネは戦闘時によく着る軍服姿だった。赤を基調とした上着に、下が黒一色の軍服姿である。
「これが身代わり人形だよ」
ユウが準備したのは身代わり人形だった。それぞれに「ナジュみん」と「ナジュみんパッパ」と書かれているだろう文字が連なっている。
ムツキが思い出したのはナジュミネとの闘いにも使った身代わり人形である。その後、別のことに使い、無限身代わりになれることも分かったことを昨日思い出したのだ。
「これがナジュの身代わりになるというのか。面白いものだな」
ナジュ父は不思議そうに人形を見つめているが、疑いの眼差しではない。ムツキの言葉を心の底から信用しているようだった。
「身代わり人形か。懐かしい……旦那様と闘ったときに出していたな。あの時は一度も使われることはなかったな。旦那様に手も足も出なかった……いや、それは今もそうか……」
ナジュミネはかつての敗北を懐かし気に話す。そこに悔しさは垣間見えず、むしろ、嬉しささえ表情から窺えていた。
「使ったこともなくて、大丈夫なのか?」
「いえ、その後、別の機会に試したことがあります」
「あの時は1回きりだったと説明していたな。死ねるのは1回分か?」
「それもムツキの魔力があれば、ほぼ無限に身代わりを使えるよ。つまり、私とムツキがいれば、ナジュみんもナジュみんパッパも死なないから安心して本気を出していいよ!」
ナジュ父はもちろん、ナジュミネも知らなかった。身代わり人形の確認はムツキとユウ、リゥパで行ったからである。
「ふむ。ありがとう、旦那様、ユウ。じゃあ、正式にお父さんに言うよ。お父さん、私と闘って」
ナジュミネはその話を聞いて、少しだけホッとした。やはり、死ぬのが怖かったこともある。さらにいえば、父親に子殺しをさせることも気が引けたからである。
ナジュ父はその姿を見て、同じように安堵しつつ、ナジュミネに苦行を強いることになることが容易に連想できてしまった。過去の自分、強くなるために無茶をした当時の自分を少し思い出してしまったからだ。
「……死なずとも痛みはあるのだろう? 勝つまで、もしくは、諦めるまで苦しみ続けるつもりはあるのか? 分かっていると思うが、ワシは一切の手加減が……」
「手加減は期待していない。苦しいことも辛いことも覚悟している……つもり。正直、分からない。瀕死になったことがほとんどないから。でもね、私は勝たなきゃいけないの。だから、どうなろうと絶対に退くつもりはないよ」
ナジュミネはナジュ父の言葉を遮り、強い眼差しで彼を見つめる。彼も静かに娘を見つめ返し、やがて、覚悟を決めたようだ。この時、彼は娘を殺さずとも苦しめてしまうことを自分に課した。
「……わかった。しきたりを執り行う。場所を変えるぞ」
ナジュ父を先頭に、ナジュ母、ナジュミネ、ユウ、ムツキ、モフモフ応援団が連れ立っていく。村の鬼たちは何事かと気にはなるものの、先頭のナジュ父が妙に殺気立っていることに気付いた瞬間にそそくさと立ち去ってしまう。誰一人として野次馬根性でついていこうと思う者はいなかった。
しばらくしてたどり着いたのは、村から程よく離れた畑だった。しかし、作物は植えておらず、急いで固められた様子があった。
「村から離れたね」
「今年は寝かすと決めた土地を借りた。多少荒れても問題あるまい」
ナジュミネもナジュ父も思う存分に力を発揮するつもりだ。万が一に備えて、ムツキはドーム状の【バリア】を張った。外側からも内側からも攻撃が通ることのない【バリア】はある種のデスマッチを予感させる。
「外に影響が出ないように、この場所に大きめの【バリア】を張っておいた」
「何から何まで婿殿とユウ殿には世話になる」
「こちらこそお義父さんにいろいろとお気遣いいただき……本当にありがとうございます」
ナジュ父が自分の位置とばかりにある程度、皆から離れた位置に向かって歩いていく。ナジュミネもそれに合わせて歩き、彼に相対する場所で歩みを止める。
「それでは条件の確認だよ。時間無制限、武器の使用は可、ナジュみんパッパの勝利条件はナジュみんが負けを認めて諦めること、ナジュみんの勝利条件はナジュみんパッパの身代わりが1度でも死の身代わりをしたこともしくはナジュみんパッパが諦めることでいいかな?」
ユウの言葉に、ナジュ父もナジュミネもゆっくりと頷く。
「間違いない。多少は条件に差をつけてやらんとな」
「……妾は委細承知した」
ユウは2人の言葉を聞いて頷くと大きく口を開く。
「それでは、神前試合、始めっ!」
こうして、ナジュミネの苦しい試練が始まった。
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