4-21. 男の子も欲しかったから初日は遊んだ(2/2)
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楽しんでもらえますと幸いです。
ナジュ父とムツキが村から出て、少しばかり歩いたところに釣りをするための川があった。その川は川幅が狭く、流れも比較的緩急がついており、川の深浅も場所ごとにある。
「もっと広い所の方が釣れたりしないんですか?」
「釣れる場所が見極めやすいのは小さい川の方だ」
小さい川は釣れる場所が分かりやすく、ポイントも分散していないことから釣れる確率が高い。ナジュ父はいつになく饒舌にムツキに説明する。
「そうなんですね」
「……あの辺りを狙ってみよう」
ナジュ父が示したのは、少し深さがありそうで川の流れに少し逆らった部分のある場所だった。
「あそこですか」
「投げ方はこうだ。あまり力を入れないようにな」
ナジュ父が手本を見せる。竹の竿にテグスを付け、小石と釣り針、エサのミミズのようなものがついただけの簡単なものである。
それを少し水に垂らしていると早速魚が引っ掛かったようで、あっという間に1匹釣りあげていた。
「す、すごい。もう釣れている」
「さすがにこれは偶然だ。釣りは釣れない時間も楽しむものだ」
「こ、こうですか?」
ムツキが投げてみるも、あまりにも弱々しく投げたために思った地点のかなり手前に落ちてしまう。
「筋はいいが、子どもの姿になって、力加減が下手になったようだな。たしかに力を入れないように言ったが、とても弱々しく投げているぞ」
「よく分かりますね」
ナジュ父はフッと口の端を少しだけ上げて笑みを浮かべる。
「……子どもの時分に強すぎるのも中々難しい」
「……そうですね」
「さて、話だが」
「あ、はい」
ムツキはナジュ父が釣りに来たかっただけと思っていたので、本当に話をすると思っておらず、少しばかり声色が高くなった返事をする。
ナジュ父は再び釣り糸を垂らすが、先ほどのポイントとは異なり、ムツキの投げ入れた場所に近いところだった。
「手遅れになる前に、先に教えてくれ。ナジュはワシと闘うつもりか?」
「……よく分かりますね」
ナジュ父はムツキの言葉に頷きも振り向きもせず、ただ水面をじっと見つめている。
「意気込みは十分だが、殺気が強すぎる。何事かと思ったくらいだ」
「詳細を言うと長くなりますが、避けられない試練なんです。ナジュはお義父さんに勝たなければいけません」
「そうか。避けられぬか……しかも、勝つ……と……親にとって、子どもが自分を超えるのは嬉しいものだ……ワシとて……叶うならそうあってほしい」
その言葉は間違いなくナジュ父の本心だった。婿であるムツキが自分より強いのもただただ嬉しかった。今では自分をさらに高めようという気にもなり、鍛錬にも身が入っている。彼は親子で切磋琢磨できることを望んでいた。
「……鬼族にはしきたりがいくつもある。婿殿とワシが相撲を取ったようにな」
「はい」
「その中に、親と闘うものもある。大人になるための1つの選択肢だ。もちろん、親は子に求められたら応じる以外にない」
「はい」
「……そこでは、お互いに手加減が許されない。故に命を失う者もいた」
「…………」
ムツキは返事をすることができなかった。暗にナジュミネが命を落とす可能性があると伝えられているからである。
「婿殿なら分かると思うが、ワシとナジュの力量差は大きすぎる。手加減抜きでは、たとえ一撃でも良くて瀕死、悪ければ即死だ」
「…………」
ムツキは1度だけゆっくりと縦に頷いた。彼の見立てと、ナジュ父の見立てに違いがほぼなかった。
ナジュミネも元・炎の魔王であり、彼女はかなり強い部類だ。しかし、ナジュ父は規格外であり、ムツキやユウの方に近い存在ともいえる。
「ワシは闘いたくない。しきたりを破るのも、娘をこの手に掛けるのも……」
「…………」
「何か別の方法ではダメか? たとえば、そう、闘う以外なら何でもいい。釣果を競うでもいい。闘いにならなければ、ナジュにも勝ち目はある」
「それはできません……」
ナジュ父は小さく溜め息をこぼす。
「そうか……。そこまでとあってはワシもこれ以上は言えんな……どうにか……死なない方法はないものか……」
「死なない方法か……」
ムツキは今までの記憶を辿って、死なない方法を一つだけ思い出した。
「……あ!」
「婿殿、竿が動いておる」
「あっ!」
ムツキが勢いよく竿を引こうとするので、ナジュ父が彼の手をしっかりと握る。
「焦るな……すぐでは口に入りきっていない可能性もある。きちんと針に口が引っ掛かったと思ったら引け」
「……いまだ! おぉ! やったー!」
釣れたのは小さい魚だったが、可食部もある魚で立派な釣果である。
「上出来だ」
ナジュ父の顔が綻んだ。普段のコワモテの彼からは想像し難いほどの優しい笑顔である。
「それよりも、ありました。ナジュが死なない方法」
「そんなことができるのか!」
「はい。できます!」
ムツキはユウがサポーターで本当に良かったと感じた。
ただし、彼はそれが彼女の死なない方法であって、勝てる方法ではないことに気付くのにそれほど時間がかからなかった。
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