4-20. 男の子も欲しかったから初日は遊んだ(1/2)
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楽しんでもらえますと幸いです。
鬼族の村。山々や川などに囲まれた地域にひっそりと存在する小さな村であり、魔族領の中でも自然の多いのどかな田園風景が特徴的である。
鬼族は普段、気さくで働き者であり、大酒飲みの相撲好きで知られているが、喧嘩や決闘も好きで戦闘力が他の種族に比べて抜群に高いこともあってか、鬼族を決して怒らせてはいけないというものが魔族の常識であった。
特にナジュ父は当代鬼族最強であり、歴代でも最強ではないかと謳われた屈強なる漢である。彼の元舎弟から語られる過去の話の数々は、多少の尾ひれが付いていたとしても、鬼族史上でも突出した力であることを物語っている。
「婿殿……」
ナジュ父、ナジュ母、ナジュミネ、ムツキ、ユウの5人は、ナジュミネの家で囲炉裏を囲んでいた。
その周りをムツキやユウのお世話係やモフモフ応援団の猫や犬、ウサギの妖精たちが丸まって寝ている。
「は、はい……」
ナジュミネは我が家に戻っているも今回の帰省の理由から少しばかり落ち着かないでいて、ムツキもまた妻の実家ということでソワソワしていて、夫婦ともども居心地が悪そうな様子だった。
ユウはさして気にした様子もなく、出されたオモッチという食べ物を幸せそうにずっと食べ続けている。
「その……なんだ……」
「は、はい……」
その鬼族最強の男であるナジュ父は、非常に大柄の男だ。彼は、鬼とはこうあるべきと言わんばかりに肌の色が赤く、額に立派な2本の角が生えており、ラフに見えるはずの作務衣を着ていても恐ろしい。
「お、お腹は空いていないか? お菓子を食べるか?」
「あ、はい、あ……、いえ、もうお腹がいっぱいです……」
そんなナジュ父がコワモテの顔を崩さないままに目を輝かせていた。彼は小さくなったムツキを見るや、急にでかい孫ができたと驚きつつも表情に出さずに喜び、そうではないとナジュミネに説明されてから何かとムツキに話しかけていた。
「ちょっとお父さん! さっきから旦那様にお菓子あげすぎ! 旦那様ももらいすぎ!」
ナジュミネは口を尖らせ気味にしてナジュ父とムツキを咎める。なお、彼女は故郷ではいつもの口調から普通の女の子のような口調に戻るのである。
「そ、そうか……」
「ご、ごめん……」
このお菓子のくだりが既に10回は繰り返されており、その度にムツキはお菓子をナジュ父に食べさせてもらっている。基本的に断ることのないムツキも、さすがに義父の好意をこれ以上受け取りきれなかったようだ。
「ふふっ……」
ナジュ母が今までに見たことのないナジュ父の姿に微笑んでいる。
彼女は和装をしている美人で、ナジュミネ同様に無角の鬼である。娘に負けず劣らずの容姿に、短く切り整えられている深紅の髪、瞳は深紅というよりもピンク色で、目つきは優しい丸っこい感じだった。農作業をしているからか、肌は少し焼けたような色合いをしている。
まだまだ若く、ナジュミネと並んで姉妹と言われても違和感がなく、実際にそう言われると嬉しそうに飛び跳ねる愛嬌がある。
「そうだ、婿殿……」
ナジュ父は、ナジュミネをもちろん自分の娘として愛しているが、男の子も欲しかったというのが本音にあった。いろいろな状況があって、2人の間にはナジュミネしか産まれることがなかったため、男の子の孫に期待していた部分が大きかったのだ。
さらに、ムツキの【友好度上昇】が拍車をかけている。
「ワシと釣りに……行かぬか?」
ナジュ父にとって、ムツキは大事な婿であり、大切な家族だが、どうしても子どもという雰囲気で接することができず、今まで遊びに提案することが憚れていた。
しかし、ムツキが小さくなって登場したものだから、長年の夢が叶ったかのような気分になっているのである。
「えっと、その……お話が……」
「……そう、話があるのだろう。古来より漢同士の話し合いというのは、釣りや狩り、虫捕りという、狩猟本能の高められた行動の中で、言葉とともに行われるものだ」
ナジュ父が自分史上最大の嘘を吐く。慣れない嘘を吐いたため、思わず「虫捕り」という単語まで口走ってしまっていた。焦っていれば、果物狩りさえも狩りの中に追加されていただろう勢いである。
「そ、そうなんですね?」
「……そうなの?」
「ふふっ……まあまあ」
誰から見ても分かる通りの大嘘である。ただし、嘘を滅多に吐かないナジュ父が言ったために、ムツキやナジュミネは真偽を中々見極めることができないでいる。
「その……」
「どうした?」
「俺、釣りをちゃんとしたことがなくて……」
「なに!? それはいかんな! どれ、ワシが教えてやろう! さあ、行くぞ!」
ナジュ父は急に立ち上がり、釣り支度を始めようとする。
「お父さん! それどころじゃなくて……」
「まあまあ、今日は移動してきたばかりだし……それにお父さんの機嫌を損ねるのは良くないんじゃない?」
ナジュミネがナジュ父を止めようとするも、それよりも先に彼女をナジュ母が囁きながら止めてしまう。水を差して機嫌を損ねたところで1つも良いことはない。それをムツキも分かっていて拒否しないのだから、彼女も少し我慢しなければいけないと自覚した。
「む。たしかに……ところで、ユウはどんだけオモッチを食べてるのよ……」
「ほえ? やっぱり、オモッチは焼きたてが美味しいからね」
その後、ユウはオモッチをナジュ父とムツキが出かけてからも堪能していた。夜ご飯が食べられなくなり、ナジュミネに小言を言われるのはまた別のお話である。
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