1-2. 最強で万能だと思っていたら生活力皆無だった
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
太陽も山の奥へと沈み始める頃、まだまだ暖かな陽気に包まれている。
「やっぱり、今日もいい天気だったなあ」
目の前に広がる大きな畑や家畜のいる大きな牧場を眺めながら、ムツキがロッキングチェアに座って揺られていた。
「幸せだなあ」
そう呟くムツキの膝にはタオルケットがあり、その上にキジトラの仔猫が丸まって寝ていた。
「ふにゃ」
「幸せだな!」
ムツキは起こさないようにゆっくりと、まだ仔猫ならではのふわっとした柔らかい毛並みを堪能するように撫でている。頭からお尻へ流れるように優しく優しく撫でまわす。
「のどかだ。これこそ、スローライフの極み」
「ご主人は妖精が好きニャんだニャー」
ムツキの目の前にはいつの間にか、ケット、クーがおり、さらに鋭く黒いツノを生やした山吹色のウサギが遠くからやってきていた。
そのウサギはケットと同じくらいの大きさをしており、紅色の眼光がツノ以上に鋭い。そして、ウサギはムツキに恭しく礼をする。
「マイロード。アル、ただいま帰還しました」
山吹色のウサギはアルと名乗り、仔猫を起こさないように小さな声で挨拶をした後にケットの隣にいる。
「にゃー」
しかし、気配に気付いたのか、仔猫は起き上がった。
「みんな、ありがとう。ちょっと変なこともあったが、みんなのおかげで今日もスローライフを満喫できたよ」
ケット、クー、アルはそれぞれ嬉しそうである。
「さて、家に入ろう」
「わかった」
1人と4匹は大きなログハウスの中に入っていった。
丸太や木の板でできているログハウスは木の匂いで爽やかな香りが充満している。そのログハウスの中には、夕食の準備を始めている猫や犬、ウサギがそれぞれ数十匹単位で忙しなく二足歩行で動き回っている。
彼らもまたケット、クー、アル同様に動物ではなく、動物の姿をした妖精である。
「ご主人、ご飯はまだできていニャいから、お風呂にしますかニャ、それとも、おモフにしますかニャ」
ケットの口からおモフという謎の単語も飛び、それに答えるためにムツキは即座に口を開く。
「風呂でおモフがいい!」
ケットは少し考えた後に、2本の尻尾を勢いよく横に揺らす。
「お風呂では毛が濡れるので、おモフはできニャいニャ。全身がビッタビタだニャ」
「それもそうか。じゃあ、風呂に入って、さっぱりしてから、おモフだ」
「それニャら、承知しましたニャ」
ケットは一枚の大きな葉っぱを見る。大きな葉っぱが紙の代わりのようで、ケットはそれを見ながら何匹かに指示を出し始めた。
数匹の猫と数匹の犬が二足歩行で来て整列する。
「ニャ!」
「バウ!」
「よい返事ニャ。それでは、ご主人。この仔たちにいろいろと申しつけてくださいニャ。決してご自身でしニャいようにしてくださいニャ」
「分かった」
「ニャ」
「ワン」
ムツキはそう言って、数匹の妖精たちとともに脱衣所に向かう。彼らが脱衣所に着くと、猫や犬が肉球の手を巧みに使いながらもせっせと彼の服を脱がし始めた。
何故か。
ムツキは戦闘において最強であることの代償として、呪いとも言える様々なデバフが掛けられていた。
その1つ、着脱不可の呪い。自分で衣服を脱ぐことができない呪い。無理に脱ごうとすると服が弾ける。よく分からない呪いである。以前、彼が無理に脱ごうとしたら、下着まで爆散して全裸になった。
「いつもありがとう」
「ニャ」
猫は鳴き声と身振りで、気にしないでください、と伝えていた。ここに人間の言語をまともに使えるのはケット、クー、アルだけで、ほかの妖精たちの多くは理解できるものの話せない。数匹話せる妖精もいるが、かなりカタコトである。
「さて、入るか」
次に、ムツキは開けられた扉をくぐって風呂場に入り、そのまま風呂用の小さな椅子に座ってから魔法を唱える。
「【バブルソープ】」
ムツキがそう唱えると、彼の身体に細かい石鹸の泡が纏わりついた。
「ぷぅ! ぷぅ!」
その後、ウサギたちがせっせとムツキの身体を洗い始めた。犬や猫も途中から交代で彼の身体を洗っていく。
洗髪不可の呪い、および、洗身不可の呪い。彼は自分で髪を洗うことも身体を洗うこともままならない呪い。彼自身の意志でできるのは食事前に手を洗うくらいである。よく分からない呪いである。
「ワン」
やがて、ムツキに付いていた泡がすべて流されて、犬が洗い終わったとばかりに鳴いた。
「ありがとう」
「ワン!」
ムツキは猫や犬が見る中、外にある露天風呂へ向かう。
風呂場にはスーパー銭湯さながらにいくつかの風呂があり、その中に雄大な星空を見られるようになっている露天風呂もあった。
「あぁ。幸せだ。溶けそう」
「ニャ?!」
「バウ?!」
「あははは。ごめんな。本当に溶けるわけじゃなくて、疲れが取れているってことだよ」
「にゃ~」
猫と犬がホッとしたようで小さく鳴いた。
しばらくして、十二分に浸かったムツキは立ち上がり、再度軽くお湯で身体を流した後、脱衣所の方へ向かう。
もちろん、身体を拭いて、ラフな部屋着に着替えさせるのも仔猫や仔犬の役割だった。
「【ドライベール】」
そう呟いたムツキの頭髪周りを乾いた風が優しく包み込む。ドライヤー代わりの魔法だ。
「おぉ、身も心もさっぱりしたようですニャ」
「いつも大満足だ!」
「そう言ってもらえると皆も嬉しいですニャ」
リビングにはケットがソファを掃除して待っていた。ムツキがそのソファに座ると、やがて、先ほどとは別の仔犬や仔猫、そして、仔ウサギが彼に寄ってくる。
「ニャー」
「プゥプゥ」
「ワン! ワン!」
ムツキは寄ってきた彼らを優しく撫で始める。撫でてもらえていないと鳴いたり構って構って攻撃を始めたりする者もいる。
「幸せだなあ!」
これが彼の幸福のひと時、おモフである!
「にゃー、にゃー」
「わん! わん!」
「言葉にできない至福!」
ムツキは前世から無類の動物好きである。前の世界では、実家で犬と猫を1匹ずつ飼っていたが、世話は主に彼の母親と彼自身が行っていた。
動物たちが何がなくとも擦り寄ってきて、撫でろと言わんばかりに構って構って攻撃をしてくることが、彼にはたまらないのである。
「苦しゅうない。もっと寄るといい」
「プゥプゥ」
「ウサギもいいよなあ」
食事ができるまでの時間、ムツキは仔犬や仔猫、仔ウサギが嫌がらない程度にモフモフを堪能する。
長毛種、短毛種、いろいろな違いはあれど、どれも素晴らしい毛並みに彼の手が躍るように動き、彼の顔は崩れっぱなしである。
「ご主人。ご飯ができましたニャ」
ムツキはケットのそんな声が後ろから聞こえてきたので、触っていた彼らを名残惜しそうにしながらもゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう。また後で頼むぞ」
「わん!」
ムツキは手を洗った後に食卓へ着く。
「今日もいただく命に感謝ニャー!」
「いただきます」
「にゃー、にゃー、にゃー」
「ハッ! ハッ!」
食卓には畑でとれた野菜、牧場で育てた家畜の肉などが所狭しと並べられている。ムツキの「一人では食事をしたくない」という希望により、何匹かが交代で一緒に食事を取ることになっている。
「ニャ」
何匹かの猫が肉球の手で器用にナイフを使って肉や野菜を切り、切ったものをフォークで刺して、ムツキの口に運んでいる。
食事不可の呪い。彼が自分で食べることができない呪い。食べる動作をしようとしても無意識に食べる動作をやめてしまう。飲む動作はできる。よく分からない呪いである。
結局、ムツキは生活が困難になる様々な呪いが掛かっており、彼らの介護がなければ生きていけないレベルだった。
「最強じゃなくても、なんなら大して強くなくても自立した生活ができればよかったのに……」
「ご主人。人生、諦めが肝心ニャ。自分でできることをして周りを助けて、できニャいことは周りに任せるニャ。オイラたちがついているニャ」
「そうだな……」
こぼれた不満をケットに聞かれて、人生を説かれてしまうムツキだった。
「ご主人が強いおかげで、この世界樹の樹海に棲む妖精たちは魔人族や人族の侵略に怯えることもニャくニャったのニャ。そんニャに強いのに力で支配しようとしニャいのも素敵ニャ。そんニャ人のお世話をできるニャんて至極光栄ニャことですニャ」
「ありがとう、ケット。そう言ってもらえると戦いも少しだけがんばれるよ」
そして、ムツキがしばらく食事を皆と楽しんでいたら、階段の方からパタパタと軽い足音が聞こえてきた。
「ふわあぁ……。もしかして、昼ご飯?」
その足音の主は、白いナイトキャップに薄青色の寝間着姿の幼い女の子だった。
背中が隠れるくらいの長い金髪に透き通るような白い肌、澄んだような青い目をしているかわいらしい女の子は、お人形さんと呼ばれても遜色ないほど綺麗な姿をしている。
「おはよう、ユウ。いや、晩ご飯だが」
「えっ……寝過ぎたあ」
ムツキにユウと呼ばれる女の子は、彼の言葉を聞いて急いで階段を降りてきた。
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