4-Ex1. 娘に追い返されたから少しだけ安心した
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ムツキの家が見えなくなるほどの距離に、サラパパは飛ばされていた。さすがの彼もそのまま着地したら無事では済まないため、折れた剣を振るい、その衝撃波で地面との激突を免れていた。
しかし、ダメージは決して軽くなく、地面に軽くめり込んでいた。
「領主様! ご無事ですか?」
「領主様! ご無事ですか?」
「はは……なんとかな……まさか、空へと飛ぶことになるとは思わなかったがね」
サラパパは従者2人の声に反応してガバッと起き上がる。彼は起き上がった後に埃を払い、紳士然とした落ち着きのある態度を取った。
従者2人は凛々しい姿のサラパパを見る度に、いつもこうだといいなあ、と思っている。
「しかし……サラフェは成長したな……ふふふ……ふふっ……」
サラパパは目蓋を閉じ、先ほどの凛とした姿のサラフェを忘れぬようにと記憶の浅い所から深い所までしっかりと刻み付けていた。
そこから彼は急に崩れた笑顔になり、少し不気味に映る。
「それに、サラフェがあそこまではっきりと誰かを愛しているなんて言うのは、私を除けば、初めてなのではないだろうか」
サラパパの目には涙が浮かんでいた。彼の頭に浮かんでいるのは小さい頃のサラフェである。
「領主様に言っていたのは、子どもの頃のお嬢様ですよー」
「領主様に言っていたのは、子どもの頃のお嬢様ですよー」
従者2人の鋭い言葉に、サラパパは心を読まれたのかと苦笑いになる。
「だまらっしゃい! 今でもぜーったいに愛されておるわ! まあ……とはいえ、たしかに潮時……子離れの時期かもしれないな……」
「……そうですねー。遅いくらいですねー」
「……そうですねー。遅いくらいですねー」
従者2人もこの言葉には驚いたようだ。しばらく、彼らは口が開きっぱなしになった後に柔らかな笑みを浮かべて、少し寂しそうなサラパパを見つめている。
「少しはフォローしてくれないか……まあ、領地に戻って、ムツキ殿と一緒に来る日を待つとしよう」
「そうですねー」
「そうですねー」
そうして、サラパパと従者2人は近くに待機してもらっておいた馬車に乗り込む。御者は3人が乗ったことを確認すると、元来た道を引き返し始める。
その道中、サラパパはしばらく唸っていたかと思うと、従者2人に向かって話しかけ始める。
「相談なのだが、やはり、まずは落とし穴だろうか?」
「はい?」
「はい?」
従者2人は思いも寄らない単語に思わず目を丸くして素っ頓狂な声をあげる。その後、彼らからの反応がないことを否定と受け取ったのか、サラパパは顎に指を添えて、真剣な表情のままぶつぶつと呟き始めた。
「そうだな。万が一、サラフェが落ちたら困るな……だとすると、弓矢か? いや、遠距離攻撃は効かなかったか……待てよ……どんな攻撃も効かないとすると、やはり、私が引導を渡すべきなのか……いや、それでは……私のせいになってしまう」
「えーと?」
「えーと?」
「何を戸惑っている! こうしてはおれん! ムツキ殿をうっかり事故に見せかけて、確実に……おっと口にしてはいけないな! 何か策を講じて、屋敷を大改造しなければ……」
結局、サラパパに子離れはまだ早かった。先ほど、認めるや子離れをしなければなどと言いつつも、次の瞬間には前言を撤回するかのような謀略を考え始めた。
「…………」
「…………」
「はうわっ!」
従者2人はどこからか取り出したハリセンで容赦なくサラパパを叩いた。スパーンと小気味の良い音が鳴り、サラパパは思わず声が出た。御者は、またサラパパが何かやったのかと思い、あまり気にした様子もない。
実は、この従者2人はサラフェ公認のサラパパツッコミ役を任じられているのである。サラパパと従者に絶対的な上下関係があろうと、従者のツッコミはサラフェの許可の下で不問に付されるのだった。
「いい加減に子離れしてくださいねー」
「いい加減に子離れしてくださいねー」
「ぐぬぬ……やっぱり、嫌だーっ! サラフェは私のだーっ! はうっ!」
再びスパーンと良い音がした。サラパパは従者2人を信用しており、自分が間違っているのだとも思っている。
しかし、彼の本心が、彼の娘を思う愛が、間違いを正そうとしない。
「はあ……認めたくないものだな……娘の……結婚……ううっ……せめて、今のサラフェの生活を少しでも見届けなければ!」
サラパパが馬車を飛び出そうとするので、従者2人は全力で止めに掛かる。
「そんなこと言ってないで、早く帰りますよー」
「そんなこと言ってないで、早く帰りますよー」
「後生だから! 後生だから! 少しだけでも! いいじゃないか、せっかくここまで来たんだから!」
サラパパが駄々をこねて暴れ始めたので、従者と御者が青筋を立てていた。3人の怒りに気付いたサラパパはギョッとし始める。
「ここまで来るために、どれだけの仕事を止めたと思っているんだ! 自分の仕事をほっぽって来たのだから早く戻れよ!」
「そもそもお嬢様をそっと見るだけって言ってここに来たのに、お嬢様の旦那様と勝手に闘い始めやがって……周りに無理をさせているってのが分かってねえのかよ!」
「領主様! あんた、行きはあんだけ早くしろだのなんだのやかましかったんだ! 帰りくらいはガタガタ言わずに黙って乗っていろよ!」
サラパパは本能的に逆らってはいけないと判断した。偉いとか偉くないとそういう問題ではなく、周りの反感や怒りを買い過ぎることは良くないということが彼の身に染みていた。
「あ……はい……ごめんなさい……早く戻ります……」
「……お願いしますー」
「……お願いしますー」
「……大人しくお願いしますねー」
最終的に、サラパパは少し寂しくも小さく微笑みながら、ムツキが来た時のきちんとしたもてなし方を考えることにした。
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