4-3. 娘が心配だったから遠路はるばるやってきた(1/5)
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楽しんでもらえますと幸いです。
ムツキがすっかり元気になった頃にその男はやって来た。
「ん-。今日も清々しい朝だな。そろそろ葉も色付く頃か」
ムツキは家の外におり、少し涼しさを感じながらゆっくりと伸びをする。草原の色は青々とした緑からもの悲しさも覚えるような黄色へと変わっていく途中だった。
「夏はいっぱい外出して遊んだな。なんだかんだで楽しかったな。おそらく、秋もいっぱいお出かけするんだろうなあ。……読書の秋でもいいと思うんだけどなあ。モフモフの秋もいいなあ」
ムツキは昨年までのことを思い出す。生まれてから17歳まではユウと神の空間と呼ばれる場所で最強の力を制御できるまで二人きりで過ごしていた。その後、彼は彼女だけでなく、ケットやクー、アル、妖精たちと今の場所に家を建てて住むようになり、数年を過ごしている。
半年前ほどまで彼は、ナジュミネもサラフェもキルバギリーもコイハもメイリもまったく知らなかった。リゥパを知っていたものの、彼が結婚できる年齢になるまで一緒に住めないということで、それまではたまに会うくらいの関係だった。
つまり、彼にとって、この半年は激動の時期で代えがたい貴重な時期だったのだ。
「まあ、俺のできることは精一杯するしか恩返しできないか……がんばろう……」
「そこのお方!」
ムツキがそろそろ家に戻るかと思って踵を返した直後に、渋い男の声が響き渡った。彼が再度踵を返し、声のする方を眺めてみると遠くに人影が3つほど見える。
一人は髪が薄い青色の男で、紳士の身なりに整えられた薄青色の口ひげと高級そうなモノクル、細身の身体は鍛え上げられているオーラを醸し出し、この世のダンディズムを集約したような出で立ちだった。
残り二人はその紳士の従者か、彼の3歩ほど後ろで荷物を持って待機している。
「もしや、貴方がムツキさんですか?」
薄青髪の紳士は物腰が柔らかそうな感じで近付き、10mほど離れた位置から笑顔でムツキに名前を訊ねた。
「あ、はい。ムツキです。初めまして」
この世界において、多くの人族や魔人族は樹海の資源を狙う者達だ。妖精族は彼らから樹海を守るような立ち位置である。また、獣人族や半獣人族は最近、人族から迫害を受け始めようとしていたので、樹海付近に退避して国を築こうとしている。
しかし、このような状況においても、ムツキは無闇に人族や魔人族を追い払うことはない。彼は妖精族とともに樹海を守る守護者であるものの、あくまで敵対する意思を見せた相手にお帰り願っているだけで、基本的には常時ウェルカムモードである。
たまに迷った旅人に茶を出した後に、【テレポーテーション】で送ってあげることもあった。
そのような彼が名前を名乗った途端に、紳士は先ほどと180度変わって鬼のような形相になって怒りを露わにした。
「やはり……貴様がムツキか! よくも、私のかわいい娘サラフェを私から奪ってくれたなっ!」
薄青髪の紳士は、サラフェのパパだった。サラパパは、自分の住む領地から世界樹の樹海付近まで遠路はるばるやって来たのだ。
「えっ……サラフェの……お父さん?」
ムツキは突然のサラパパの来訪に驚きを隠せない。彼はサラフェから挨拶へ行くことも止められており、絶対に会ってはいけないと念押しされていたためだ。
その絶対に会ってはいけない父親が目の前に現れてしまったのだから、彼にはどのように対処すればよいか分からなかった。
「貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いはないっ! 今すぐ娘を返せっ! さあ、今すぐ返せえっ!」
サラパパの声色は怒りだけだったものから段々と嘆きと悲しみが入り混じった悲痛なものへと変わっていく。
やがて、彼がフラッと倒れそうになると、後ろで待機していた従者2人が彼を支え始める。
「ちょ、ちょっと待ってください。か、返せと言われましても、何が何だか……ま、まずは冷静に話し合いましょう」
ムツキはサラパパを何とかして落ち着かせたいと思っているが、上手い言葉が見つからず、そのまま言葉にしてしまう。
「何が、冷静に、だっ! これが冷静でいられると思うのかっ! 純粋無垢な私の娘の純潔を奪った男が目の前にいるのだぞっ!」
「な、なるほど! お義父さん、勘違いです! まだサラフェ……さんとはそういったことはまだしていないです! 添い寝です! 添い寝だけしかしていません!」
ムツキはサラパパの怒りの理由がサラフェとのそういった行為なのだと理解して、そのような行為に及んでいないことを説明する。
実際、彼は彼女がまだそのような行為を許していないため、添い寝をするだけにとどまっていた。
「お義父さんと呼ぶなっ! って、何ぃっ!? 貴様ぁっ! 結婚したと聞いたのに、まだ肌を重ねていないのだとっ! 添い寝だけで済んでしまうだとっ! 貴様、サラフェのどこに不満があるのだっ! 私の愛くるしい娘のどこが悪いと言うのだっ! 貴様、それでも男かっ! 愛する者の寝込みを襲わないとはどういうことだっ!」
しかし、サラパパはムツキの言葉に激昂した。
「えーっと……それだと、俺はどう答えれば……」
「答えだとっ!? 貴様、盗人猛々しいぞっ! どう返したところで怒りが収まるわけもないだろうっ! だいたい、人の娘と結婚しておいて、挨拶にも来ないとは何事だっ!」
「そ、それは……」
ムツキは終始困りっぱなしで返事に窮してしまう。彼はサラフェを呼んでしまいたい気持ちに駆られたが、それもなんだか情けないと感じて、行動するに至らなかった。
「マスター、領主様、おはようございます。朝から元気そうで何よりです。さて、私から諸々を説明しましょう」
「キルバギリー!」
「キルバギリー殿!」
他の誰よりも早く、キルバギリーが眼鏡姿で登場して説明を開始しようとした。
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