3-Ex10. 不服だったが受け入れることにした
約2,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
アニミダックがムツキの家に来てから数日経った頃。彼は外で薪割をしていた。薪割のためか、黒いローブではなく作業着を着ており、さらには、彼の長い黒髪はしっかりと束ねられていた。
「……ふぅ」
アニミダックは自分の手で斧を握り、自分の腕を大きく振り上げて全身で薪を割っている。彼は今まで作業のほとんどを触手にさせていたため、自らの身体を動かすような作業が中々覚束ないところもあるが、この数日で少しずつ慣れてきているようだった。
「……ん?」
「お疲れ様ニャ。だいぶ慣れてきたニャ? これでも飲むニャ」
様子を見に来たケットは冷たい飲み物をアニミダックに手渡そうとする。しかし、アニミダックは黒い瞳でその飲み物を一瞥した後に再び斧を振るって薪を割り始める。
「そんニャ邪険にしニャくてもいいんじゃニャいかニャ? それに休憩は大事ニャ」
アニミダックは作業を止めて、ケットから飲み物を受け取る。身体は正直なようで、冷たい飲み物を口に運ぶと喉を勢いよく鳴らせて飲んだ。
「ぷはっ。別に邪険にしているわけじゃねえよ。俺の仕事はたくさんあるからな。構っている時間がないだけだ。……ありがとうよ」
「どういたしましてニャ。あと、別に仕事を減らしてもいいニャ。というか、たくさん仕事を寄越せって言ったのはアニミダックニャ?」
住むことになった当日に、アニミダックはケットにいろいろと仕事を回すように言っていた。彼が特に肉体労働関係を希望していたので、ケットは力仕事をいくつか与えた。
「別に仕事が多いことに文句を言ったわけじゃねえ。というか、仕事をしていないと気が紛れないだけだ。俺は客じゃねえからな。自分を使用人だと思えば、働いていた方がいい」
「ふーん。そんニャもんかニャ?」
ケットは、アニミダックが長い眠りにつく前に会っていたときに感じた雰囲気、この前の殴り込みにきたときに感じた雰囲気、そして、目の前の彼に感じる雰囲気から、徐々に彼が柔らかくなってきているような気がしていた。
「それに」
「それにニャ?」
「ユースアウィスは筋肉質な身体の方が好きだって聞いたんだ。俺がこのもやし体型から細マッチョになれば、ムツキから目が俺に向くかもしれねえからな」
アニミダックはいつまで経っても取れない目元の濃いクマを歪ませて笑っている。顔の造りがほぼムツキと同じで、鼻の高さや目の離れ方、口の位置などが若干ズレているくらいである。
声もアニミダックとムツキは少し似ているため、ケットはまるでムツキと話しているような錯覚に陥る。
「涙ぐましい努力ニャ。オイラ、アニミダックのユウ様への想いだけは尊敬しているニャ。ユウ様への想いだけはすごいニャ。到底真似できないほどおかしいくらいにすごいニャ!」
「いや、褒めてねえだろ、それ……」
アニミダックは思わずツッコんだ。ケットは首を縦に振る。
「ニャ? 褒める気はニャいニャ。尊敬している部分を素直に言っただけニャ」
「けっ……そうかよ。でも、まあ、こうやって、誰かと一緒に暮らしてみるのも悪くねえな。……ぷはっ……ありがとうよ」
アニミダックは飲み物を最後まで飲み干すとケットにコップを手渡した。
「アニミダックがそんニャこと言うニャんて、昔じゃ考えられニャいニャ。4人の中で一番そういうの苦手だったニャ」
「そんだけ俺やユースアウィスの周りが変わったってことなんじゃねえか? 変わりたくて変わっているわけじゃねえが、別に、変わりたくなくて変わらないようにしているわけでもねえしな」
「まあ、いいことニャ。少なくとも良い方向に変わっているニャ」
「そりゃどーも」
アニミダックが薪割に戻ろうとして、ケットがそれに合わせて家に戻ろうとした矢先、家の方から仔猫たちが一斉に彼らの方へとやって来た。
「にゃー」
「にゃー」
「ん? どうしたニャ?」
「これだろ?」
アニミダックは仔猫たちに目を合わせようとしなかったが、黒い触手をいくつか生成し、少し形を変形させた。ケットや仔猫たちの目の前には猫が楽しめるような遊具がいくつか現れた。
「これは……触手でキャットタワーやアスレチックを作っているニャ?」
「にゃー」
「にゃー」
「触手は今までの使い方ができねえからな。まあ、こいつらの遊び場づくりにはちょうどいいだろ。使わねえと使わねえで勘が鈍るからな。おっと、大丈夫か?」
アニミダックは足を滑らせた仔猫を新しく生成した触手でキャッチする。
「にゃー」
「ったく、気を付けろ」
「本当に変わったニャー。劇的ニャー」
ケットは目を丸くして驚いている。先日、自分の我儘で周りをかき乱したアニミダックとはまるで別人だったからだ。おそらく、ユウの本音やムツキとの出会いによって、変わらざるを得なかったのだろうと思うと、ケットはうんうんと頷いた。
「……ところで、ご主人、ここに来て、何をしているニャ?」
ケットの視線の先には、仔猫たちを楽しそうに眺めているムツキがいる。ケットが冷たい飲み物を運んでいる時には、ムツキがリビングでコイハとメイリを撫でていた。
しかし、彼は仔猫たちの大移動に目を奪われてしまい追いかけてきていたのだ。
「いや、最近、仔猫がどこかへ行ってしまうから、どこに行くんだろうな、って思って、ちょっと追いかけてみたらここに着いたんだ。まさか、アニミダックの所だとは思わなかった。いやー、キャットタワーか。いいよな、猫の躍動感が目に焼き付けられる遊具としては優秀だよな。かわいいなあ。ずっと眺めていられるぞ」
「ご主人は変わらずモフモフ好きニャー……」
「適当に遊んだら家に帰れよ? 俺は暇じゃねえんだ」
アニミダックはそう言った後、薪割を再開した。
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