1-1. スローライフだと思っていたら少し勝手が悪かった
約4,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
「今日もいい天気だなあ」
太陽も昇りきる頃、暖かな陽気に包まれる季節。目の前に広がる大きな畑や家畜のいる大きな牧場を眺めながら、20歳前後の男がロッキングチェアに座って揺られている。
男は整った顔で紫の髪を揺らし、その黒い瞳を右手に持つ本に向けている。そして、彼の服装は、半袖のワイシャツにスラックス、革靴といった風景と全くそぐわないビジネスカジュアルな出で立ちである。
「のどかだ。これこそ、スローライフの極みだな!」
整った顔が喜びで少し歪む。この喜びが隠せない男は転生者である。前の世界ではひょんなことで亡くなってしまい、それは世界の設計ミスだったということで転生もいろいろと神様が融通してくれた。
「このまま眠ってしまいそうだ。さすがに風邪を引くかな?」
男の名前は、ムツキ。漢字で書くと1月を意味する睦月である。男で睦月というのも中々なさそうなものだが、前世の両親からの、誰とでも仲良くできるように、そして、尽きることが無い熱意を持ってほしい、という願いによって、至って真面目に付けられた名前である。
本人はとても気に入っていて、転生後もそう名乗っている。
「ご主人! 人族……勇者が戦いにきましたニャ!」
どこからか聞こえてくる甲高い声のその言葉に、ムツキはがっくりときたようで本で顔を覆った。言葉の主は黒猫で、四本足で彼の前まで駆けてきて急に二本足で立ち始める。
「ご主人! 勇者が4人パーティーで来ましたニャー!」
黒猫は立つと子どもくらいの大きさで金色の瞳をしており、胸元に白いふさふさの毛を蓄えて、2本の長い尻尾をゆらゆらと揺らしていた。
「あぁ……ケット、聞こえているさ。ありがとう」
ムツキはケットと呼んでいる黒猫の頭をゆっくりと撫でた。ケットは尻尾をくねらせながら嬉しそうにしている。
この世界には、人族、魔人族、妖精族、竜族、動物族、獣人族、半獣人族などいろいろな種族がいる。
ケットは黒猫の姿をしているものの妖精族である。妖精族の多くは動物のような姿をしているが、中には人の姿をした妖精族もおり、どの妖精族も魔力が高いことが特徴として挙げられる。
「オイラも行きますニャ! ニャんニャらオイラが追い払ってもいいニャ!」
「あ、待ってくれ」
その言葉と同時に駆け出していきそうなケットをムツキは制止した。
「ニャ?」
「いや、申し出はありがたいけど、ケットは引き続き、さっきまでしていた仕事をしておいてもらえるかな? 勇者の方は俺だけが行くよ」
「承知しましたニャ!」
ムツキのその言葉に、ケットは敬礼をする。その後、自分の持ち場に戻るためにまた四本足で駆け出して行った。
「……はあ」
ムツキは、ケットがいなくなってから、とても深い溜息を吐いた。
「仕方ない。行くか。【レヴィテーション】。【クレアヴォイアンス】」
ムツキはその言葉を呟いた後、彼の身体はゆっくりと回転しながら浮き上がっていく。
「あぁ。いたいた。【テレポーテーション】」
ムツキの姿は【テレポーテーション】という言葉を発した途端に消える。その次の瞬間には、彼が先ほどの場所から少し離れた草原に現れた。
ケットが勇者と言っていた者たちの目の前である。勇者とは10人いる人族の最高戦力だ。それぞれがパーティーを連れて、創世期から人族の宿敵である魔人族と戦ったり、人族の繁栄のために尽力したりしている。
「おわっ! 急に出てきたぞ!」
勇者たちは服装や武器からして、男勇者、男武闘家、男弓士、女僧侶の典型的な物理系と回復役のパーティーだった。おそらく、勇者が魔法も使えるタイプだとムツキは判断した。
「ごきげんよう、何かの勇者御一行様。この世界樹の樹海に何か用か?」
「俺は風の勇者! お前が異端の魔王か!」
風の勇者の言葉に、ムツキは思わずコケる。彼は転生者だが、この世界では目の前にいる勇者たちと同じ人族に属する。つまり、魔人族の最高戦力である魔王と呼ばれる筋合いはないのである。
ちなみに、魔王も10人いる。
「いや、同じ人族だよ……」
「人族のくせにそれほどまでの魔力を持っているだと!?」
風の勇者が驚くように、ムツキはその膨大すぎる魔力によって、最強であり、無敵であり、まるで神の化身として転生したかのようなデタラメさだった。しかしながら、その強さを持ちながらも人族にも魔人族にも中立の立場を取って、妖精族とともに過ごそうとしている。
何故か。
理由は簡単で、ムツキは融通してもらってスローライフを満喫するために転生したのだった。つまり、彼は戦いや名誉などにまったく興味がなく、蚊帳の外にしておいてほしいと切実に願っている。
しかしながら、創世神の勘違いによって最強になってしまった悲しき存在である。
「それよりも人族のくせに人族に仇をなし、樹海の資源を占有するとは何事だ!」
風の勇者の言い方に引っ掛かるムツキはそれとなく話を始める。
「樹海の資源を狙いに来たのか? そもそも、樹海の管理者は妖精族だろう? 妖精族を害しておきながら、よくそんなことが言えるな」
この異世界には世界樹があり、その目下には樹海が広がっていて、様々な資源が豊富にある。以前、創世神から管理を託された妖精族は人族や魔人族にも共有していたが、あることをきっかけに交流をほぼ閉ざしている。
「そんなことは知らん! 人族が繁栄し、魔人族を駆逐するには樹海の資源が必要なのだ!」
「知らんって……そんな理屈が通るわけないだろ」
「煩い! ともかく、異端の魔王や妖精族を実力行使で排除し、豊富な資源を人族のものとする!」
ムツキはこちらの話を聞く気のない勇者にどうしたものかと考えあぐねていた。
「帰ってくれないか? 俺も妖精族も何もなければ、人族にも魔人族にも中立でいる。それに、俺はスローライフを送りたいんだ」
「何がスローライフだ! 寝言は寝てから言え! いくぞ! みんな!」
勇者の言葉に男武闘家が先陣を切って躍り出る。下半身を動きやすい服装で包み、上半身が何故か裸の筋骨隆々とした男武闘家に、ムツキはどの世界も筋肉自慢はなぜ露出狂なのかと考え始める。
「なに!? 攻撃が当たらない! というか拳を繰り出すと握手を求める手に変わる!」
「仲直りの握手だな」
【接触攻撃無効】。強さに乖離のある敵が接触攻撃をしようとした場合に発動するパッシブスキル。ムツキの場合、多くの接触攻撃がどういう理由か、仲直りの握手に変わる。
「くっ! ふざけるな!」
風の勇者が剣を振りかざし、ムツキへと襲い掛かる。彼はいかにも冒険者といった軽装鎧を着込んだ出で立ちに、風の魔法を感じやすくするためか、ただただ勇者っぽく気取りたいだけなのか、緑のマントを羽織っていた。
「武器による攻撃も当たらないだと!」
「さすが、風の勇者。空気を斬って、風とお友だちのようだな」
【近距離攻撃無効】。すべての近距離攻撃を無効にするパッシブスキル。不思議な力により、攻撃は突っ立つだけのムツキを掠めることなく空振りに終わる。
「これならどうだ! 【速射】【連射】」
ナルシスト風のゆるいウェーブ髪をした軽装鎧の男弓士の弓から矢が無数に飛ぶ。その無数の矢が正確にムツキへと飛んでくるも、途中で何もなかったかのように消えていく。
【遠距離攻撃無効】。すべての遠距離攻撃を無効にするパッシブスキル。放たれた矢はムツキの身体に届くことなく、彼の持つ不思議収納スペースにきちんと並べて収納される。
ちなみに、この矢束は少し整えた後に人族の武器屋に中古として売る。つまり、彼の収入源の1つになっている。
「くっ……ん? ソウ、どうした? ボーっとして……」
「…………」
【友好度上昇】。よほど嫌われていない限り、どんな相手でもムツキをしばらく見ていると、好意的な目で見るようになる。
さらに未婚の異性の場合、その効果はより発揮され、ムツキのことを愛しい存在に思えるようになる。つまり、女僧侶のソウが軽く放心しているのも初対面の彼に一目ぼれして恋心を抱いているからである。
「くっ……俺のソウを!」
「いや、俺のだ」
「俺のだぞ?」
勇者を含めた3人の男たちが口々に女僧侶を自分のものと主張するが、実際、彼女は誰の恋人でもない。
「はあ……女の子の取り合いは後にしてくれ……というか、勇者って威厳ないんだな……」
「くっ……うるさい! くそ! お前さえ現れなければ!」
「いや、来たのはそっちだろう。なんで、こんなの相手にしなきゃいけないんだ。美女や美少女ならともかく」
勇者の理不尽な物言いに、スローライフのために穏やかに追い返そうとしているムツキも徐々にムッとし始めて、思わず本音がこぼれる。
「異端の魔王め! 勇者の俺を本気で怒らせたようだな! なぜ、俺が風の勇者と言われているか! 俺の最高魔法を食らってみろ! 【トルネード】」
風の勇者が両手を突き出して、【トルネード】と叫ぶと突き出した両手からムツキの方に向かって強い風の渦が暴れ龍のように迫っていく。
「ありがとう。お帰りの際は忘れ物がないようにな」
しかし、【トルネード】はムツキに触れることなく、反射して風の勇者たちに襲い掛かる。
「なっ!」
【攻撃魔法反射】。攻撃魔法を跳ね返すパッシブスキル。ムツキの場合、彼の魔力を上乗せして術者に魔法を返すため、何倍もの威力に膨れ上がった魔法が返っていく。
風の勇者一行は、反射された【トルネード】を受けて、人族領の方へと帰っていく。
「必ずお前を倒す! 首を洗って待っていろーっ!」
「二度と来ないでくれ……」
ムツキは一仕事を終えて、大きく伸びをする。そして、そのまま帰ろうとする彼の下へ今度は碧色をした長毛種の犬がやってくる。
「おー、クー、どうした?」
「主様。ちょうどいい。勇者が終わったなら、次は魔王を頼む」
クーと呼ばれた犬は嬉しそうな顔をしている。彼もまたケット同様に言葉を発する妖精族である。
「今度は魔人族の魔王か……忙しいな……俺のスローライフを邪魔しないでくれ……」
「闇の魔王らしい」
「……かっこいいな」
その後、ムツキは少しワクワクしながら闇の魔王と出会うも、闇の魔王が全身黒ずくめのただのおっさんだったため、闇の魔王を丁重に魔人族領へと送り返したのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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