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生きる気力を無くした同級生を幸せにして『生きてて良かった』と言わせたい  作者: マノイ
第四章 ラブコメ編 後編

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7. なんでもするって言ったよね?

「篠ヶ瀬君、お醤油使う?」

「ああ、サンキュ」


 紆余曲折あったものの、二人の日常は戻って来た。


 彼方は落ち着きを取り戻し優斗と会話をしながらご飯を食べる程度なら普通に出来るようになっていた。

 時折何かを思い出して激しく悶えてしまうのはご愛敬。


 両親の死について振り返ることも出来て、過去を少しずつ受け入れている。

 もちろんまだまだ問題は山積みだ。

 特に彼方が壊れてしまった最大の原因についてはまだ明らかになっていない。


 不慮の事故による両親の死、そこに追い打ちをかけるいじめ問題。


 それらは確かに彼方を追い詰めはしたが、もっと大きな何かがあると優斗は察していた。

 しかもその問題は未だに解決していないものであり、近いうちに立ち向かうことになるのだろうと言う予感があった。


「(今はそれよりもあっちをどうにかしないとな)」


 彼方との夕餉の一時を楽しみつつ、優斗はある悩みについて考えていた。


 彼方の想いにどう答えるか。


 落ち着きを取り戻した今が最大のチャンスではないか。

 この先シリアスな展開が待っているのだとしたら、その前に絆を深めるのはとても意味があることだ。

 優斗の存在が彼方の力になるというのなら、その力を増すことで彼方が乗り越えられる可能性が高くなるのだから。


「(そんな打算で考えちゃダメだよな)」


 彼方の事を大切に想っているがゆえに、その想いの正体が分からなくなる。

 受け入れなくちゃならないから受け入れようとしているのかもしれない、などと自分の気持ちを疑いそうになる。


 自分は彼方の事をどう想っているのか。


 答えはまだ出ていない。


 だが一つだけ心に決めたことがあった。




「彼方、ちょっと良いか」

「なぁに?」


 優斗に話しかけられ、彼方はテレビを消した。

 正気に戻ってからは夕飯後の甘酸っぱいお話タイムなど出来るわけが無く、テレビを見ることで気を紛らわしていたのだ。


「今日でテスト全部返って来たよな。彼方はどうだった?」

「どうって、いつも通りだったよ?」

「そうか……」


 以前にも似たようなことを聞いていたのに何故今さらそんなことを聞くのか。

 しかもどことなく優斗の言葉は歯切れが悪い感じがする。 


 本題は別にあり、何か言いにくい事を切り出そうとしているのではないか。

 それが良い話なのか悪い話なのか分からず、彼方は少しだけ身構えた。


「まぁ、その、なんだ。前にもちょっとだけ言ったけど、彼方のおかげで俺は調子が良かったんだ」

「うん、そう言ってたね。おめでとう」

「ありがとう。それでだ、最初にも言ったけど今日でテストが全部返ってきたわけだ」

「うん」


 妙に回りくどい言い回しをするところ、やはり言いにくい事なのだろう。


「そのな、俺、全教科で平均点以上取れたんだ」

「わぁ、やったね。おめでとう!」

「あ、ああ」


 彼方に褒められたものの、優斗の表情はどうにもパッとしない。

 嬉しくないというよりも、気まずいような困っているようなそんな雰囲気だ。


「あのな、彼方。もう一度言うぞ。俺、全教科で平均点以上取れたんだ」

「う、うん、おめでとう」

「…………」

「…………?」


 優斗は上を向いたり口をパクパクさせたりして挙動不審だ。

 一体何が起きたのだろうか。

 平均点以上を取れたことをなんで二回も繰り返して、しかも言い淀んでいたのか。


「(何かあったっけ……)」


 記憶の海を探る。

 思い出したくない記憶が多いから、なるべくセンシティブなところに触れないようにテストに関する記憶を探る。

 しかし残念なことに肝心の記憶はその避けようとしていた場所にあったのだった。

 テストというキーワードで探索することで、避けた筈のそれが引き寄せられてしまった。


『平均点を越えたら何でも言う事を聞いてあげる』


 彼方はとんでもない約束をしていたことを思い出す。

 思い出さなければ優斗は何も言わずに諦めたかもしれないのに思い出してしまった。


「ひゃあ!」


 反応しなければ思い出さなかったと思われたかもしれないのに、露骨に表に出してしまった。

 瞬間沸騰機になってしまった。


『えっちなことでも良いよ』

『えっちなことでも良いよ』

『えっちなことでも良いよ』


 そしてセットで思い出してしまったセリフがリフレインする。


「お願い消えてええええええええ!」

「彼方!?」


 突然彼方はソファーの背もたれ部分に頭を何度もぶつけ始めた。

 柔らかいのでゴンゴンではなくボフボフといった感じだ。


 しかし一度思い出してしまった記憶は、そして強い衝撃を受けてしまった記憶は消えることなくむしろ定着してしまう。

 自分の意思とは無関係に勝手に不定期に思い出してしまう。


「こんなのばっかり!」


 過去の自分はどれだけ恥ずかしい真似をしたのかと恨めしく思う。

 こんな記憶ばかり蘇り、毎日のようにフラッシュバックに悩まされている。


 おそらくこの先もテストがあるたびにこのことを思い出すのだろう。

 まともにテストを受けられるかどうかも分からない。


「ごめんね、取り乱しちゃった」

「気にするなって」


 この話を切り出した時、彼方が悶えることは分かっていたから奇行にも動揺しなかった。

 むしろ立ち直るのが予想よりも少し早かったくらいだ。


「それで彼方、思い出したっぽいけど、なんでもするって言ったよね?」

「う、うん」


 そう言うと優斗はわざとらしく視線を軽く下げて、彼方の体を見る振りをした。


「ま、まま、待って。そ、その、確かに良いって言ったけど、あの、心の準備が、嫌ってわけじゃなく、ダメ、また変な事言っちゃう、うううう」

「ごめんごめん。冗談だって、落ち着いて」

「もう、篠ヶ瀬君の馬鹿!」


 視線を下げたのは一瞬で、しかもやらしい視線では無かったので本気で無い事は明らかだった。

 ただし無意味に冗談を告げて焦らせたわけではない。


「でも、その、恥ずかしいお願いには変わりないかな」

「ふぇ!?」


 本題もまた『えっちなこと』程で無いにしろ恥ずかしいと思われそうなので、先に大きく動揺させてハードルを下げようとしたのだ。


「…………」

「そこで黙らないでぇ」

「ごめんごめん。そ、そうだな」


 この流れで沈黙されたら何を要求されるのか妄想してしまい恥ずかしくなってしまうではないか。

 優斗が言いにくそうにすればするほど過激な内容なのではと思ってしまう。


「あのさ」


 優斗はそこで一旦言葉を区切る。

 勿体ぶった。


「(だからそういう溜めは止めて!)」


 などと思いながら彼方はこっそり生唾を飲み込んだ。

 どんな恥ずかしい事を要求されるのだろうかと体の奥が疼き火照り出す。


「…………」

「…………」


 優斗は更に一呼吸おいて、ようやく決意したかのように要求を告げた。




「名前で呼んで欲しいんだ」

「!?」




 てっきり『えっちなこと』なのかと妄想していた彼方は思いがけない要求に驚いた。

 そしてそんな妄想をしていた自分が恥ずかしくなり再びソファーに頭を打ち付ける。


「(私の馬鹿! 変態! 優斗君がそんなこと・・・・・要求するわけないのに!)」

「彼方!?」


 果たして何を想像していたのだろうか。

 彼女の名誉のために伏せておこう。




「まさかそんなことお願いされるとは思わなかった」

「だって篠ヶ瀬って言いにくいだろ」

「それが理由!?」

「いや、その、本当は普通に名前で呼んで欲しい」

「はうぅ……」


 優斗が考えていた通り、えっちなことではないがハードルが高いことには間違いない。

 彼方の照れ顔がそれを物語っている。


「そういえばゆ、篠ヶ瀬君は最初から私のこと名前で呼んでたね」

「ああ、そっちの方が『近い』感じがしたからさ」

「…………ありがとう」


 彼方との距離感を急激に縮め、傍に居るよと伝えるために優斗は最初から名前で呼んでいた。

 そしてその狙い通りに彼方は優斗のことを近くに感じていたのだ。

 それは間違いなく救いになっていた。


「それじゃあ私も名前で呼ぶね。ゆ……………………」


 だがそれとこれとは話が別である。


 勢いで言おうとしたけれどそう簡単に言えれば苦労はしない。


「今すぐにじゃなくても良いよ。徐々にで構わないからさ」

「そんなのダメ。ゆ…………君はちゃんと結果を出したんだもの。約束は守らないと」

「それなら本当にえっちなことにすれば良かったかな」

「ば、馬鹿!」


 茶化して雰囲気を変えてみたが果たしてどうか。


「ゆ、ゆ、ゆう、ゆう…………」


 ダメだった。


 名前で呼ぶ。

 ただそれだけのことなのに、そのことに深い意味を感じてしまう。

 心の中でならば言えるのに、それを相手に伝えることがどうしてか難しい。


「(優斗君。優斗君。優斗君。優斗君。よし、言える。大丈夫、言えるよ)」


 想像の中で何度成功しても、優斗の顔を見てしまうと猛烈に照れてしまい言葉が出なくなる。


「ゆう……無理ぃ!」

「あはは、気長に待ってるよ、彼方」


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