10. デートじゃん
「どっか出かけようぜ」
優斗と彼方は普段の休日に特別何処かに遊びに行くということはない。
一週間分の食料の買い出しに行くくらいだ。
でもそれではせっかく写真を撮り始めたのに勿体ないと優斗は思った。
元々彼方は写真のために出かけるということは無かった。
生活の中で気に入ったものを記録しておくのが趣味だったからだ。
でも別に出かけるのが嫌というわけではないはずだ。
写真を撮りに行くということは好きなものに出会いに行くという事。
好きなものに数多く触れることで彼方の心の癒しにもなるだろう。
「何処か行きたいところは無いか?」
「ない」
「わぁお、即答」
今の素直な彼方ならばあったらすでに要望を出しているだろう。
答えは分かっていた。
だから優斗がプランを考えなければならない。
「街中に遊びに行くか、前みたいに公園を散策するか、何が良いかな」
二人が住む街は典型的な地方都市。
街の中心となるのは駅と大きな国道。
駅周辺の繁華街にはカフェ、専門店、居酒屋、カラオケ、流行のドリンク屋など様々なお店が並んでいる一方でシャッター街と化した商店街が細々と生き永らえている。
国道沿いにはショッピングモールや複合遊戯施設などの大型店舗や飲食店が点在し、少し外れると隠れた名店が隠れずに行列を作っている。
郊外には住宅街が広がり、街の中心地から離れれば離れる程に畑や自然が増えていく。
そんな何でもある街だからこそ、何処に行くか悩ましい。
「とりあえず駅前に行ってから考えるか」
この街に住む住民の多くが口にしたことがありそうなテンプレ台詞だ。
実際それでなんとかなるのだから言いたくもなる。
「(ウィンドウショッピングしてオシャレなカフェでご飯食べて……)」
映えるものなどいくらでもあるだろう。
なんて考えていたのに。
「(どうしてこんなところに来ているのだろうか)」
華やかな繁華街とは真逆の場所。
閑静な住宅街の一角にポツンと佇む一軒の古びたお店。
「懐かしいね」
二人は駄菓子屋の前に立っていた。
――――――――
彼方の家から駅まで行くには徒歩だと少し遠い。
それゆえ自転車かバスを使うのがいつものパターンだ。
今回はバスを使おうと思いバス停で待っていたら駄菓子を持った子供がやってきた。
「駄菓子か。懐かしいな」
「行ってみたい」
「え?」
その駄菓子に彼方が興味を示したので予定を変更してバスには乗らずに駄菓子屋へと向かったのだ。
「変わらないなぁ」
優斗が小さい頃からあった駄菓子屋だ。
今にも朽ち果てそうな程に古びているが、それが郷愁を感じさせて良い味わいとなっていた。
「彼方もこの店に来たことあるの?」
「うん」
この辺りに住む子供ならば誰もが一度は訪れたことがあるだろう。
そんな地域密着型のお店。
ただ今日は子供の姿が全く見えない。
少子化により子供が減っているからだろうか。
「入ろうか」
中には所狭しと駄菓子が並べられている。
最近ではスーパーでも駄菓子を買えるけれど、品揃えは本職には敵わない。
「お婆ちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
店の奥の方で座布団に座ったかなり高齢のご婦人がウトウトしていた。
この駄菓子屋の店長さんである。
「あらぁ、お客さんかい」
ゆっくりとした穏やかな声。
それを聞くだけで不思議と安心感に包まれる。
お婆さんは二人をじっと見て、少しだけ目を見開いた。
「あんらまぁ、優斗君じゃない。それに彼方ちゃんも。二人とも大きくなったわねえ」
「覚えてるの?」
「もちろんよ。みんな大切な孫みたいなもんだからね」
これまで何十人、何百人と子供達がやってきたはずなのに本当に覚えているのだろうか。
だが実際にお婆さんは二人の名前を言い当てた。
「そうかいそうかい。二人が一緒になったのね。お似合いよ」
「ちょっ、お婆ちゃんったら。そうじゃないですよ」
「あんら、違うのかい?」
否定する優斗と無反応な彼方。
傍から見てると奇妙なのだが、歳の功なのかお婆ちゃんは何かに勘付いたようだ。
「ふふふ、青春してるのね」
お婆ちゃんはこの話についてこれ以上言わなかった。
大人が口を出すのは野暮だとでも思ったのだろうか。
すると彼方がお婆ちゃんにお願いをした。
「お婆ちゃん、写真撮って良い?」
「私の写真をかい?」
「うん」
「もちろん構わないよ。別嬪さんに撮ってちょうだいね」
「大丈夫、お婆ちゃんは綺麗だから」
「あらまぁ、お世辞なんか覚えちゃってまぁ」
「お世辞じゃない。本当」
彼方はスマホでお婆ちゃんの写真を撮った。
お婆ちゃんもまた彼方の『好きなもの』なのだろう。
「一緒に撮りたい」
「ええよええよ。好きに撮って頂戴」
「うん」
彼方はお婆ちゃんの隣に座り、自撮りモードで写真を撮った。
「篠ヶ瀬君も」
「え?」
祖母と孫が楽しく写真を撮っているような風景を微笑ましく見守っていた優斗だが、誘われるとは思っていなかったのか少し驚いた。
しかし普通に考えたら三人で撮りたいと言われるのは当然のことなので素直に参加する。
二人がお婆ちゃんを挟む形だ。
「あらまぁ。お婆が邪魔じゃない?」
「そんなことない」
「でも二人だけで撮りたいでしょう?」
「うん、後で撮る」
「え、彼方?」
「はい、撮るよ」
「ちょっと待って、今のって」
「三、二、一」
優斗は慌てて変な表情のまま写真に写ってしまった。
「彼方もう一回!」
「これで良い」
「ええええ!」
優しい笑顔のお婆ちゃんと、うっすら微笑む彼方、そして変顔の優斗。
相変わらず感情は薄めだけれど、彼方がその写真を見る表情はとても楽しそうに見えた。
なんて綺麗に話が終わるわけもない。
「次は篠ヶ瀬君と撮る」
「え、待って、彼方?」
「お婆ちゃん、お店の中とか撮って良い?」
「もちろんさ。好きに楽しむと良いよ」
「ありがとう」
彼方は思い出してしまったのだ。
写真は一人で撮るだけでは無いのだと。
こうして家族や友達と一緒に自撮りしていたのだと。
そして優斗とその自撮りをするということが何を意味するのか。
「(ち、近い。近すぎる!)」
自撮り棒なんて持っていないから腕を伸ばして撮るしかない。
つまり自然とカメラに収まるように二人は顔を寄せ合う必要があるのだ。
それこそ頬と頬が触れ合いそうになるほどに。
「もうちょっと寄って」
「(彼方の顔が……うわうわ)」
お婆ちゃんに見られている気恥ずかしさも加わり、優斗の顔はまたしても真っ赤になり、しかもそれが写真として残されてしまうのであった。
「なんてことがあって大変だったんだよ」
「え?惚気?」
「違うよ! 彼方が自撮りしようって誘ってくるようになって恥ずかしいって話!」
「やっぱり惚気じゃん」
優斗的には『この前の休みにちょっと大変なことがあったんだよ』的な世間話を閃にしたつもりだったのだが、確かに惚気にしか聞こえない。
「まさか優斗からデートが楽しかったって話が聞けるとは」
「だから違うって。駄菓子屋だよ? あれはデートじゃないでしょ」
「いや、普通にデートじゃん」
「え?」
そもそも彼方と一緒に出掛けるというだけでデートになるのに、なんと優斗はその自覚が無かった。
一緒に居ることに慣れ過ぎていたのか、それとも彼方のメンタルケアのためという意識が強すぎたのか。
「高校生の駄菓子屋デートとかむしろ尊いよ」
「え?」
「昔話とかしたでしょ」
「うん」
「このお菓子好きだったんだ、とかコレとコレでどっちを買うか悩んだの、みたいな話したんでしょ」
「うん」
「思い出の場所に二人で行って盛り上がるとか、最高にエモいデートだよ」
「そ、そういうものなのか……」
彼方が一通り写真を撮るのに満足した後、優斗達は駄菓子屋トークで盛り上がった。
小さい頃の思い出を共有した。
それがエモいとまで言われ、目から鱗が落ちる気分だった。