彼方. あなたの想いに答えたい
世界から疵が消えた。
それでもまだ世界はモノクロのまま。
私の意識は夢現の狭間から出ることは無い。
そう思っていた。
そう思っていたのに。
気付いたら世界は色付いていた。
ある一か所を中心に色付いていた。
その場所だけがはっきりと映り、その場所につられて周囲も薄く色づいている。
その色は温もりを思い出させてくれた。
その色はモノクロの世界が寒くて寂しい事を思い出させてくれた。
だから私はその色を決して手放せない。
その温もりを手放せない。
篠ヶ瀬君を手放せない。
お父さん。
お母さん。
会いたいよ。
会いたいよ。
会いたいよ。
体が震える。
涙が流れる。
胸が痛む。
悲しい。
とても悲しい。
そう、悲しいの。
モノクロの世界で虚ろに嘆くのではない。
存在しない疵に痛みを代弁してもらう訳でもない。
私の胸が痛いとはっきりと分かる。
私の心が悲しくて悲鳴をあげる。
私の全てが張り裂けてしまいそうになる。
優しい温もりが離れるだけで、嘆き狂ってしまいそうになる。
でも私はもうあの寂しい世界には戻らない。
だってそうしたらもらった温もりを無駄にすることになるから。
あなたがくれた多くの温もりが生きる希望になっているから。
でもやっぱりずっと一人は辛いから早く戻って来てね。
それに離れるのはまだまだ寂しいからつい捕まえちゃうけどごめんね。
えへへ、温かい。
世界に色が増えた。
篠ヶ瀬君ほどじゃないけれど、くっきりと色付いている。
そのきっかけはとても温かな一日。
騒がしい音の洪水に体が勝手に動いてしまった。
心が洗い流されるような不思議な感覚。
もっと良い? え、ダメ? なんで?
何かが転がり派手にぶつかるような音が聞こえて体が勝手に動いてしまった。
心の澱みを強風が吹き飛ばしてくれるような不思議な感覚。
どうかな? 実は得意なんだ。
狭くて懐かしい場所での穏やかな会話に聞き入ってしまった。
心が優しく撫でられているかのような不思議な感覚。
え? 私が賢者? 篠ヶ瀬君が騎士? 変なの。
これらはきっと『楽しい』という気持ちだったのだろう。
篠ヶ瀬君が私にソレを与えてくれようとしているのを知っていた。
不思議。
篠ヶ瀬君が私に様々な温もりを与えてくれるたびに、私の世界は変化する。
悲しくて寂しい思いに耐えられる時間が増えてゆく。
それはきっと私が現実を受け止められるようになってきたということなのだろう。
だってほら、また不穏な会話が聞こえて来たけれど、逃げずにそのことを理解出来ているのだから。
篠ヶ瀬君!
え、なんで、どうして。
そんな、あれ、嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
お願い消えないで。
お願い傍にいて。
お願い私を一人にしないで。
……
…………
……………………
ダメ。
ここで逃げてしまったら今までと何も変わらない。
篠ヶ瀬君を見捨てて自分の世界に逃げ込むなんて出来るわけが無い。
しっかりと見よう。
世界をあやふやにするのではなくて、勇気を出して全てをはっきりと認識しよう。
なんだ。
こんなにも簡単な事だったんだ。
それとも篠ヶ瀬君が簡単に思えるようにしてくれたのかな。
その篠ヶ瀬君はどうやら眠っているみたい。
楽な姿勢にしてあげなきゃ。
これが篠ヶ瀬君の顔なんだ。
これまでもちゃんと見ていたはずなのに、不思議と初めて見た気がする。
ありがとう。
あなたのおかげで私は……わたし……は……
あれ、おかしいな、妙な頭痛がする。
何かを思い出しそうなのに、直感的に思い出してはダメな気がする。
え、あれ、どうして、なんだろうこの気持ち。
そんな風に戸惑っていたら篠ヶ瀬君が目を覚ました。
起きようとしているけれどそれはダメ。
私を心配させた罰を受けてもらうんだから。
なんて思ってたら泣かされちゃった。
「彼方が辛いのは嫌だよ」
だってこんなこと言うんだよ。
私だって心配したんだから!
お父さんとお母さんが居なくなって、私を助けてくれたあなたまで居なくなったらどうなると思ってるの!
私絶対に後を追ってるよ!
そんなことも分からないの!
でもそんなことはもちろん言えない。
だって篠ヶ瀬君が私を心配してくれるのは素直に嬉しいから。
でも心配する気持ちも多すぎて、何も言わないつもりだったのに想いが漏れてしまった。
「心配……した……」
やっぱり篠ヶ瀬君は優しい人。
ちゃんと私の想いを理解してくれた。
ああ、本当にあなたという人は。
どうしてこんなにも温かいんだろう。
ふふ、ぐっすり寝て元気になってね。
あれ、それじゃあ私はどうやって寝れば良いんだろう。
まだ手を握って貰えないと眠れないよ。
そうか、篠ヶ瀬君をベッドまで運べば良いんだ。
えへへ、温かい。
おやすみなさ~い。
朝起きたら世界はまたあやふやだった。
どうやら私の勇気は長続きしなかったらしい。
お願いもう止めて!
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
篠ヶ瀬君が傷ついている。
このままでは死んでしまうかもしれない。
また私は大切な人を失ってしまうの?
そんなのは嫌。
絶対に嫌。
お父さん。
お母さん。
お願い、篠ヶ瀬君を助けて!
「安心しろ彼方! 俺は絶対に死なない!」
「絶対に助けてやる! 俺を信じろ!」
そうじゃないから。
あなたが傷つかないようにって願ってるのに、それじゃあまた傷ついてしまうじゃない。
どうしてそこまで出来るの?
ううん。
違う。
篠ヶ瀬君がそういう人なんだってもう知ってた。
あのゴミ塗れの姿を見ていたじゃない。
全ては私の責任なんだ。
お父さんとお母さんが居なくなってしまったことがあまりにも悲しくて。
誰も助けてくれなくて酷い言葉しかかけてもらえなくて。
あまりの辛さに心を閉ざして逃げてしまった私の責任だ。
篠ヶ瀬君がこんなにも温もりをくれたのに。
篠ヶ瀬君がこんなにも必死に守ってくれていたのに。
篠ヶ瀬君がこんなにも支えてくれていたのに。
私はそれに甘えるだけで、現実を受け入れることを拒否し続けていた。
きっと私が立ち直ってしまったら篠ヶ瀬君が何処かに行ってしまうのではないかという不安もあったのだろう。
何が疵よ。
何がモノクロの世界よ。
そんな中二病みたいな逃げ方をしても心が癒されるわけが無い。
私の弱さがこの事態を引き起こしたんだ。
私が篠ヶ瀬君に甘えて何も考えずに行動してしまったがゆえに。
勇気を出そう。
篠ヶ瀬君を信じよう。
現実を受け入れよう。
お父さん。
お母さん。
胸はまだ痛む。
こんな時でも辛くて悲しい気持ちは湧き上がって来る。
でももう決めたんだ。
大切な温もりを二度と手放さないって。
あなたの想いに答えたいって。
「どうしてこんなになってまで……」
でもやっぱり気になるな。
篠ヶ瀬君がそういう人だって知っているけれど、どうしてそこまでしてくれるのか。
「俺は彼方を守る騎士だからさ」
あの時と同じで真面目に答えてくれなかった。
でもそれはお調子者だからという訳では無くて、場の空気を和らげて不安な私を安心させてくれようとしているからだと分かっている。
ああ、なんて温かいんだろうか。
「ふふ、もう、馬鹿みたい」
あなたのおかげで、私は世界に戻って来た。
でもまだ何かがおかしい。
頭が少し痛い。
何かを思い出したらダメだって言っている。
何をだろうか。
『して……いいよ……』
あれ、これって何だっけ?
これにて二章は終了となります。
三章でも敵は出ますが、一章~二章ほどは重くならずにイチャイチャ寄りになると思いますのでお楽しみに。




