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彼方. どうして

 いつからだろうか、世界に色が失われたのは。

 いつからだろうか、世界にきずが生まれたのは。

 いつからだろうか、世界のきずが深さを増したのは。


 まるで夢のような現な世界。

 でもこれが現実であることは分かっている。


「あひゃひゃひゃひゃ! 死にやがった!」

「娘残して事故死とか、こりゃあ傑作だ!」

「残念だねぇ。あたしが殺してやりたかったのに」

「ねぇ今どんな気持ち?どんな気持ち?」


 きずが、痛むから。


「この服貰ってくわ」

「テレビとかも欲しいんだけど、でかすぎんだよなぁ」

「おっとソファー破いちまったわ。まぁいっか」

「色々と貰ったお礼にデコってやんよ!」

「うは、お前鬼畜すぎ」

「超さいてー」

「何だよ最高のデザインだろ」

「「「アハハハハ!」」」


 きずが、抉られるから。


「あいつに近づいたら潰すから」

「三日月さん。ご、ごめんね」

「アハハハハ! 良い気味ね!」


 きずから、モノクロの血液が流れるから。


 どうして。

 どうして。

 どうしてこうなってしまったの。


 お父さん。

 お母さん。


 何処?

 何処にいるの?


 早く帰って来て。

 ご飯作って待ってるから。

 一緒に食べよう。


 ねぇ。

 まだ?

 まだなの?


 ああ、そうか。

 迎えに行けば良いんだ。


 あれ。

 どこに行けば良いんだっけ。


 ああ、うるさい。

 雨音がとてもうるさい。

 きずが痛むから静かにしてよ。


 何処?

 何処にいるの?


 お父さん。

 お母さん。


 音が聞こえる。

 ここで待てば良いのかな。

 きっとそうに違いない。

 これできっといつもの日々がまた戻って来るはず。




「おい! こっちだ!」




 その声は温かく、どこか冷たい。

 その声は激しく、どこか切ない。

 その声は軽く、どこか重い。


 その不思議な声に誘われ、私の意識は徐々に覚醒し始めた。


 ただ無為に生きるだけの人形と化していたのは、なんとなく分かっていた。

 辛いことから逃げ続け、壊れかけていたことも分かっていた。

 それどころか壊して欲しいとすら思っていた。


 だから私はあの場に立っていた。

 お父さんとお母さんの幻影を求めながらも、本当は理性が残っていた。

 きずだらけの世界を終わらせたいと願ってしまった。


 でも世界は終わらなかった。

 苦痛だらけの世界でまだ生きていた。


「ええと、警察を呼ばないと!」


 世界の声など何も聞こえないと思っていたのに、普通に言葉を認識していたことを自覚させられた。


 止めて! 警察はダメなの!


 強い衝動が生まれて、生きていることを思い出してしまった。


『私達に迷惑をかけたら、全て壊すわよ』


 あの人・・・に大切なものを消去される恐怖を思い出してしまった。


 このまま全てを忘れて消えてしまいたかったのに。

 どうして思い出させてしまったの。




 おぼろげに見えた風景。

 不思議な声の持ち主が私の体に興味を抱いている。

 家族の元へ向かってはダメだと言うのなら、責任をとって滅茶苦茶にして欲しい。


「……いい……よ」


 でもその男の子は、決して私に手を出そうとしなかった。

 もどかしかった。

 しかもクソマズイ料理を食べさせられた。


 というか、モノクロの世界なのになんかそこだけ禍々しく煌めていてたんだけど。

 なんてものを食べさせるのよ!

 きずが泣いてるんだけどどういうこと!?


 ま、まぁそれはそれとして。

 命の危機を感じたからか、意識が急浮上した。

 危機ではなくて奪って欲しいのにと怒りすら湧いて来た。


 でもその怒りが懐かしかった。

 悲しみや恐怖以外の感情を抱いたのはいつぶりだろうか。

 もう何年も心を閉ざしていたかのように錯覚した。


 生きるスイッチが入ってしまった。

 心が蘇ってしまった。


 ダメ。

 ダメ。

 ダメダメダメダメダメダメダメダメ!


 正気になんて戻ったら、またあの辛さを味わうことになってしまう。

 この現実は正気では耐えられない。

 狂っていてなお、きずという形で心が痛むというのに。


 それなのに不思議な男の子は勝手に温もりを与えてくる。

 声を聴くだけで、触れられるだけで、何故か心が安らいでしまう。

 まさかまともに寝れる日が来るなんて思わなかった。


 寝るのは怖い。

 辛い夢しか見ないから。

 だから現実を夢現にすることで、夢と現実の境目を曖昧にすることで、夢を見ないフリをしていた。


 でも私は寝た。

 眠れてしまった。

 右手の温もりが心まで包み込むようで、夢を見る事への恐怖を抱かなかった。


 こうしてまた一歩、現実に戻りつつある。


 でもそんなもの、一日も経てば元通り。


 機械的に学校へ行き、全ての声をシャットアウトしてひたすら座り続けて帰る。

 そうして家についたら現実を嫌というほど突き付けられる。

 大切な人達が失われたという現実を。


 心にエネルギーが注入されてしまったから、辛さを感じる力も戻ってしまった。


 お父さん。

 お母さん。


 お父さん。

 お母さん。


 お父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さんお父さんお母さん。




「やっぱり鍵かけてねー」


 どうして?


「おおーい、生きてっかー?」


 どうして?


「相変わらずそうしてんのな」


 どうして?


「俺の顔が見えるか?」

「…………」


 どうして?


「君の名前は?」

「…………」


 どうして?


「俺の名前は、篠ヶ瀬ささがせ、優斗ゆうと」

「…………」

「君の名前は?」

「…………」


 どうして?


「俺の名前は、篠ヶ瀬ささがせ、優斗ゆうと」

「…………」

「君の名前は?」

「…………」




 どうしてあなたはそこにいるの?




 そんなに優しい声で求められたら、手を伸ばしてしまいたくなるじゃない。

 そんなに泣きそうな声で心配されたら、大丈夫だよって言いたくなるじゃない。

 そんなに諦めないでいてくれたら、信じてしまいそうになるじゃない!


 あなたがみんな・・・とは違うって思っちゃうじゃない……


「三日月…………彼方…………」


 ポロリと零れ落ちた心の欠片。

 それをあなたは拾い上げ、埋めてくれるのかしら。


「彼方か、良い名前だな」


 胸が温かい。


「これからよろしくな、彼方」


 お父さんとお母さんと一緒だったあの時のような。

 それでいて少し違う温もり。


 何故あなたはソレを私にくれるの?


「美味しいお粥のお礼さ」


 禍々しい産業廃棄物を思い出し、少しだけイラっとした。




 それから男の子、篠ヶ瀬君は私の面倒を見てくれるようになった。

 勝手に温もりを与えてくれるのに、壊して欲しいと願っても決して手を出してくれないのが不満だった。


 相変わらず私の意識は大半が夢現だけれど、篠ヶ瀬君がそばにいる時は少しだけ現実感がある。

 彼の言葉を聞くのは妙に心地良く、ある意味別の夢に入り浸っている感覚。


 時折イラっとすることもあるけれど、私はその温もりに甘えていた。

 そんなある日のこと。


 お母さんから貰った大切なぬいぐるみが無くなった。

 少し前までは間違いなく鞄についていたのに、いつのまにか消えていた。


 落としたのだろうかと、慌てて床を探すけれど見つからない。


「クスクスクスクス」

「クスクスクスクス」

「クスクスクスクス」


 雑音をシャットアウトして探し続ける。

 だってあれはお母さんが残してくれた数少ない……!


「どうした、何か落としたのか?」


 お母さん!

 お母さん!

 お母さん!


「彼方、探し物は捨てられちゃったらしいからゴミ収集所に行こう!」


 どこ! お母さん!

 お母さんがいないと私もう!


「うっ……うっ……おがあざんっ……」


 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。


 どうして…………じゃない。


 分かってた。

 夢現とか、現実感が無いとか、結局そんなのは無意識にそう演じているだけ。

 周りの声も、今の状況も、本当はちゃんと把握している。

 把握出来ている。

 考えないようにしていただけ。


 だって周りの事を考えるのは辛いから。

 きずから血が流れる景色を夢想してしまう程に心が痛むから。

 意識したら絶望しか無いから。


 だから知っている。

 私が教室でどんな扱いをされているのかを。

 それを考えればお母さんの形見が戻ってこない理由も想像がつく。


 そのことを考えたくなかっただけ。

 仲の良い友達から見捨てられたという辛い現実から逃げたかっただけ。

 探すフリをして、希望があるフリをして、悲劇の少女を演じていただけ。


 どうしてこんな風になっちゃったのかな。

 私、何か悪いことしたのかな。


 ねぇ神様。

 教えてよ。

 教えてよ!


 もう、嫌だ。


 お父さん、お母さん。

 会いたいよ。


 ……

 …………

 ……………………


 どうして。


 ここ最近、この単語ばかりが頭を占めている。


 でもやっぱり思ってしまう。


 どうして。


 どうしてあなたはそこまでしてくれるの?


 ゴミ塗れの篠ヶ瀬君が先生に土下座している。

 ぬいぐるみを探させて欲しいと必死に訴えている。


 ねぇどうして。

 だってそれは私にとって大事でも、あなたには関係ない物じゃない。


 どうしてそこまで出来るの?

 何があなたをそこまで駆り立てるの?


 結局ぬいぐるみは戻って来た。

 仲の良かった友達が謝ってくれた。

 それらは嬉しい出来事の筈なのに。


 私には篠ヶ瀬君のことの方が気になっていた。




 あれ、いつの間にかきずが無くなってる。

これにて一章完結です。


みなさんの反応が微妙だったので続けるか悩みましたが、もう少しだけ続けてからその後を判断しようと思います。

ということで、次から二章になります。

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