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10. 不穏な雰囲気

「篠ヶ瀬センパイ、おはようッス! 眠そうッスね、大丈夫ッスか?」

「おう、おはようチビっこ。大丈夫だぞ」

「チビじゃないッス。あ、三日月センパイもおはようッス!」


 優斗が彼方を幸せにすると誓った日から、二人は一緒に登下校している。

 周りにどう思われるとか、そういうことはガン無視だ。

 今はそんなことよりも彼方の傍を離れないことの方が大事だと信じていた。


 そしてその変化はもちろん優斗の知り合い達も知ることになる。


 今日、登校中に話しかけて来たのは後輩男子の岩田いわた 春臣(はるおみ)


「今日は制服ッスね」

「おうよ、洗濯したからな。お日様の香りがするぜ、嗅いでみな」

「センパイの彼女にそんなこと出来るわけないじゃないッスか!」

「彼女じゃねーよ」


 彼らは彼方の異常に気付いていて、それでも普通に接してくれる。

 変な扱いをしないで欲しいと願う優斗の想いを察してくれているのだ。


「それにそんなことしたら秋梨にボコボコにされるッス」

「そういや相方はいねーのな」

「日直ッス」


 春臣と秋梨の高一後輩チビ男女は付き合っている。

 優斗は小さい頃にこの二人と知り合う機会があり、それ以来慕われていた。


「秋梨と言えば最近変なこと言ってくるんスけど、センパイなにか吹き込みましたッスか?」

「変な事?」

「『私はペットじゃないからね!』とかなんとか。意味が分からないんスけど」

「そりゃあ不思議だな」


 ふざけているわけではない。

 自分が先日言ったことを優斗は本当に忘れているのだ。


「でも言われてみればあいつってペットプレイとか好きそうだな。試しに『お手』って言ってみたらどうだ?」

「そんなこと言ったら殺されるッス!」

「そうか? 嫌がるフリをして誘ってるだけだと思うが」

「ないない、無いッス!」

「でもお前だってネコミミプレイとか好きだろ」

「それはもう何度も……あ」


 咄嗟に失言してしまい、春臣は気まずそうに眼を逸らした。

 軽い冗談のつもりだった優斗は驚きで目を見開いた。


「マジかよ! お前らもうそんな関係なのか!?」

「もうって僕らもう高一ですよ。何年付き合ってると思ってるんスか」

「お、おう。そりゃそうか……」


 まだまだ子供だと思っていた後輩が自分よりも先に大人の階段を登っていた事実に衝撃を受けてしまった。

 春臣達は小学生のころから付き合っていた。

 思春期真っ盛りの中学時代に何も無い方がむしろ変だろう。


 まだ動揺から立ち直れない優斗だが、次の春臣の言動で正気に戻らざるを得なかった。


「センパイには三日月センパイがいるじゃないッスか」

「ばっお前なんてことを!」


 今の彼方にそんなことを言ったら。


「……して……いい」

「よ~し! この話はここまでだ。ほらほら、さっさと行けよオラ。相方が待ってるぞ!」

「え? え? 急にどしたんスか?」

「うっさい、行けったら行け!」

「は、はぁ。それじゃあまたッス」


 春臣は優斗の豹変に釈然としなかったが、渋々と言った感じで先に行った。

 外で下ネタは絶対に振らないようにしようと心に誓った優斗であった。


――――――――


「それじゃあまたな」


 彼方を教室に送り込んだ優斗は自分のクラスへと向かう。


「おはよう篠ヶ瀬君。今日も眠そうね。大丈夫?」

「はよん、委員長。大丈夫だよ、あんがと」

「彼女が出来たんだから大変よね」

「何度も言ってるだろ。彼女じゃないから」

「ふふ、そうだったわね」


 委員長は眼鏡の中央部を人差し指でクイっと押し上げながら柔らかな笑みを浮かべる。

 面倒見が良くリーダーシップもある委員長だが、普段は目つきがきつく、だらしないクラスメイトに向けた厳しい言動が多いため友人は多くは無い。


 眼鏡美人なのだから今の笑顔を常に浮かべればもっと人気が出るだろうにと優斗は常日頃から感じていた。 

 そしてそう思っているのは優斗だけでは無い。


「せっかく優斗に春が来たのかと思ったのにな」

「閃までそんなこと言うのかよ」

「ごめんごめん。おはよう、優斗、委員長。優斗は大丈夫かな?」

「大丈夫だって」

「おはよう都成君。あなたみたいに年中春よりかはマシだと思うわよ」

「あはは、厳しいお言葉頂きました」


 別に閃と委員長の仲が悪いわけではない。

 むしろ仲が良いからこそ軽口を叩き合えている。


「優斗、三日月さんの様子はどうだい?」

「ん? 良い感じかな」

「そうかそうか。何かあったら遠慮なく僕に言ってくれよな」

「もちろん私でも良いわよ。むしろ私の方が良いわよ」

「おいおい、そりゃあないよ」

「アレを見てもそう言えるのかしら」


 委員長の目線の先にはクラスの女子達。

 王子様と話がしたくてウズウズしている様子だ。


 女子達を虜にする閃が優斗と彼方の間に入ったら余計なトラブルが起きかねない。


 委員長は暗にそう言っているのだ。


「まぁ、確かに委員長の言う通りだね。それじゃあ行ってくる」

「私に迷惑をかけないようにね」

「は~い」


 これ以上閃と委員長が仲良く話をしていたらクラスの女子達に何を勘ぐられるか分からない。

 そしてそのいざこざに優斗も巻き込まれてしまうかもしれない。

 そうならないように、二人は必要以上に長く接しないようにしていた。


 今日もまた、閃はクラスの平和のために女子達のエスコートに勤しむのであった。


「それじゃあ俺も席に戻るよ」

「そうね、引き留めてごめんなさい」

「ううん、心配してくれてサンキュな」


 そう言って背を見せる優斗に向けた委員長の視線に込められた想いの正体は、誰にも分からない。


――――――――


「か~なた!」


 昼休みになると、優斗は彼方のクラスへと向かう。

 彼方の席の周りには必ず空き空間があるので、遠慮なくそこに入り込んで一緒にご飯を食べる。


「待った? 待ったよな! ささ、食べようか」


 彼方の元へ近づくと、彼女は鞄に添えていた手を離す。

 鞄には親指と人差し指でつまめるほどに小さな猫のぬいぐるみが付けられており、それを触っていた。

 優斗と一緒の時には触らないけれど、昼休みや放課後などに迎えに行くといつもそれを触っている。


 それが手作りであることに優斗は気付いていた。


「俺はなんと焼きそばパン! といっても購買のやつじゃないけどな。購買寄ってったら彼方と一緒の時間が減っちまうから。な~んちゃって」

「…………」


 傍からこの光景を見ていたら、誰もが『異様』と感じるだろう。


 一人で明るく話し続ける優斗がおかしいのではない。

 優斗の会話を完全にスルーしている彼方がおかしいのではない。


 その二人を取り巻くクラスメイト達が、二人を気にするそぶりを見せながらも必死に居ない者として振舞おうとしている状況が『異様』に見えるのだ。


 シンと静まり返るとまでは言わないが、昼休みなのに妙に会話が少なく全く弾んだ声が聞こえない。

 この教室内だけ気温が数度低いのではと思えるくらいの不思議な冷たさがある。


「それでさぁ。あいつ俺ばかり指すんだぜ。勘弁してくれって感じだよ。そりゃあ宿題やってこなかったのは悪かったけどさぁ」


 その空気に気付いているのか分からないが、優斗はわざとらしいと思えるくらいに明るく話をする。

 二人の周囲だけが奇妙な温もりに包まれている。

 極端な温度差。


「ええ、彼方それだけしか食べないの。もっと食べなきゃ大きくならないぞ。ほら、俺の特製ドリンク飲むか?」

「…………」

「じょ、冗談だから怒るなって。持って来てないから。ほら、これでも飲め飲め」

「…………」


 優斗はゼリー飲料を彼方の口にねじ込んだ。


「ほらほら、早く飲まないと俺が押し込んじゃうぞ。あ、嘘、ごめんなさい、やらないから手を離して、痛い痛い、痛いって!」


 まるで恋人同士が人目を憚らずイチャイチャしているかのような光景。


 死の雰囲気が完全に払しょくされ、見た目は元の美少女・・・へと戻りつつあり、虚ろな目つきに光が射し始めていた。

 その上で幸せな日常までも取り戻そうとしている。


「チッ」


 残念なことに、そのことを快く思わない人物がいた。

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