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mission 1st

1/2008年12月


「風速西北西3m……距離……約1500m」

 大まかな条件を測り、照準の調整をした。次第にレンズのボヤケが消えて、はっきりクリアに見えてくる。

ナイスハゲ頭。その照り返しで失敗しそうだ。

「さみ……」

 白い息を吐き出し、そんなことを呟いた。……言っても何も変わらないのに。

 夜のビルの屋上。そこから見える景色は、ブタ面下げたオヤジどものパーティだった。役員会などと銘打っているが

さっきから見えるのは現金や小切手での賄賂の送りあいだ――賄賂かどうかは知らないけどな。まぁ、見ていて

気持ちいい光景じゃないのは確かだが。

 対象が窓際に寄って来る。秘書と思しき女性も一緒だ。

 慎重に照準を合わせる。十字の中心に一致させ……引き金を引く――命中。

 わらわらと慌てたように人が集まってくる。それを確認して耳の豆粒からマイクを引っ張る。

「成功?」

「成功」

 さすが、と言う感じで女の声がした。それを聞いて、俺はその場の片づけを始める。5分もあれば十分だ。オヤジを殺した

そいつをケースに入れて、その場で回収しといたホコリを袋からぶちまける。

「これにて任務終了。撤収するから報告を頼む」

「了解」

 マイクを引っ張り豆粒の中へ。遠くから響くサイレンを聞き流しながらその場を後にした。



                           *


『認証コードをお願いします』

 ケーキ屋のインターホンに似つかわしくない機械的な声に少々ゲンナリした。いつものことだが、もう少し肉声に近い声に

お願いしたい。

「コードネーム神崎悠介。IDコード001783495582」

『――認証コード及び声紋の一致を確認しました。右手人差し指をお願いします』

 右手人差し指でパネルにタッチ。少し間をおいて「ポーン」と言う間の抜けた音と共に、これまた似つかわしくない扉が開く。

……面倒だ。つくづくそう思う。

「おや? 早かったですね。もう少し掛かると言ってませんでしたか?」

 扉をくぐり、羽織っていたジャケットを脱いでいると甘い匂いと共に柔らかい声が聞こえた。

「――谷崎さん、その匂いはやめてくれと言わなかったか?」

「おやおや。少々甘ったるいですか? チーズケーキなのでふんわりして優しい甘さですよ?」

「どうもケーキの匂いは苦手なんだ。……あと分かってて試食させてるだろ」

 バレました? とでも言わんばかりに彼女は微笑んだ。わからいでか。


 ここに所属する皆が『交渉室』と呼んでいる場所で俺達は紅茶を飲んでいた。お茶請けは――チーズケーキだった。

「今日のはどうです? 結構甘さを抑えてるんですけど」

「……そもそも苦手だから」

 分からないよ、と肩をすくめておいた。

「あらあら」

 と彼女も残念じゃなさそうにため息をついた。

「あ、そうそう。唯子ちゃんから報告書来てますよ」

「ん、くれ」

 手渡されたコピー用紙に目をやる。――任務成功、目標死亡。

「……未だに苦手か。2点加算しといて」

「ええ、しておきました」

「さすが谷崎さん」

「んふふ。伊達にELISの代表やってませんよ」

「はいはい。ケーキご馳走さん。俺は部屋に戻りますよ」

 そう言って席を立ち、部屋の方へ向かう俺を彼女は黙って見送ってくれた。


 ELIS。

 表向きは、町で有名なケーキ屋。

 しかし、その実態は殺人や護衛などの仕事を請け負うエージェント組織である。

 エージェント。

 諜報員・スパイと呼ばれる存在を源流に派生したものである。

 2008年現在、世界に60万人程度存在してる裏の職業で、下は10歳程度から上は80歳と仕事を選べばどんな年齢からも

なることが出来る。

 20世紀中は各々で仕事をしていたが、21世紀になり統括する国際組織、世界諜報連盟が誕生したことをきっかけに

各国で自国のエージェントを制限する法律などが制定された。日本の場合だと、『現行法におけるエージェントの取締りとそれの定義に関する法律』と『国民保護条約』の二つがある。それぞれ、『エージェント法』と『国保条約』と略されるそれらが俺達の仕事を縛る

唯一のルールである。

 エージェント法と国保条約。

 この二つは、国民に公開されることは無い。

 法律と言うよりは『密約』や『秘密協定』に属するものである。

 エージェント法では、殺人行為、銃刀の所持、民間人への関与、引退したエージェントの保護・監視に関して。

 国保条約では、有事の際のエージェントの立ち位置、引退したエージェントの取り扱い。

 この2つの法律の関係は「ギブ&テイク」。

 殺人などの行為を許可する、かわりに緊急戦闘以外で民間人を巻き込まないこと、有事の際は国防に携わること

他国諜報員などの発見、報告の義務を負うこと。

 以上のことを強制される。

 

 PCを立ち上げるとそれぞれがランダムで出る仕様にしておいたが……想像以上に目障りだ。

 唯子の勉強用に、と思ってやってみたが立ち上げてる様子もないし変えるか。

「ん……?」

 日課のメールチェックをするためにメールソフトを立ち上げると1通のメールが目に入った。タイトルは『依頼』。

 珍しい……いや、妙な話だった。来るはずのないものが来ている。

『鈴乃瀬の娘を守れ。新時代の敵はそこまで来ている』

 たった1行の短い内容。……ウィルス類は特にない。

「……鈴乃瀬、ねぇ」

 鈴乃瀬。有名どころなら鈴乃瀬グループだろうか。ただ、その名前だけでも俺は4人は心当たりがある。問題は、少なくとも

彼らは狙われるような事をしていない、と言うところか。もちろん俺の知ってるだけの情報では、だが。

 そして、新時代の敵。

 何のことを言っているのだろうか。テロ? たしかに最近は目立つようになってきたし俺もそういうのの鎮圧はやることもある。

 しかし、それこそ今更、と言う話である。

 テロは21世紀になる以前からあったものだし、その理由も戦い方も大して変わってはいない。

 新時代の敵、と言うには遥かに時代遅れの勢力だ。サイバーテロなら別だけどな。

「……寝るか」

 考えるのはやめだ。そもそも俺のPCのメール谷崎さんと一部のメンバーしか知らない。依頼、のメールなどありえない。

大方唯子あたりの悪戯だろう。

 めぼしいメールもない、寝よう。明日は久々に休みだしな。ゆっくり寝坊も有りだろう。



                   *



 翌朝の俺の目覚めは最悪だった。

 寝坊しようと止めていた目覚ましが『何故か』鳴ったくらいならまだいい。

 何が悲しくてサブマシンガン突きつけられて起きなきゃならないのか。

「……谷崎さん。何があったか知らないが穏便に行こう。とりあえず話が有るなら聞くから」

「…………」

 谷崎さんが無言で銃の先で突付く。とにかく黙って歩け、ってことか?

「何処に行くんだ。それくらいは教えてくれ」

「交渉室。悠介君にお客様ですよ」

「……俺今日休み」

「そういうと思ってこうしてるわけです」

 長い付き合いは恐ろしい。トップエージェントと呼ばれるようになってもパターン読まれてるのか。……いや、俺がワンパターンなのか。



「お待たせしました。こちらが神埼悠介くんです」

「初めまして、神崎です」

 女の恐ろしさはここだと思う。さっきまで銃を突きつけていた人とは同一人物とは思えない。

 交渉室に付き、やっとのことで人心地付いたがお次は交渉ごとか。

 お客にも谷崎さんにもわからない様にため息をついた。

 ここでは、委託制と交渉制の2つのシステムをとっている。俺のように結構名前が知られてくると依頼料から報酬などの細かい条件を

自分で依頼人と交渉できるようになる。

 ちなみに名前が知られてなくても交渉は出来る。舐められることも多いが。そのためにまだまだ知名度の低いエージェントは谷崎さんに

交渉を委託する。これが委託制というものである。

「本日はどのようなご依頼でしょうか」

「娘の救出をお願いしたい」

 客の声は偉く威厳のある声だった。上に立つ者のみが得る事の出来る王の威厳、とでも言うか。……そんな偉いものでもないな。

低く渋い声とでも言っておこう。

「娘さんの救出ですか? そういったものは警察に持ち込んだ方がよろしいかと」

 谷崎さんが話を進めるあいだに客の観察をする。

 パリッとしたスーツ。偉く肌触りのよさそうなきめ細かい黒。白のワイシャツに映える赤色のネクタイ。靴はよく見えないが

恐らく黒で統一しているはず。

年は恐らく50代。黒よりも白の目立つ黒髪に少しばかり厳つい顔が頑固なイメージを持たせる。

 しかし、外見を見て真っ先に目に付いたのはバッチ。金色に輝き外線を黒が描く鈴。見たことがある。

確か――鈴乃瀬グループの社章だ。

「警察ではダメとなると余程の勢力ですか」

「ああ。何せバックは国だ。我々も政府を相手に喧嘩を吹っ掛けたくはない」

 いつの間にやら話は進んでいたようで、ここに持ち込んだ経緯になっている。と言うか、バックが国とは物騒だな。確かに政府に喧嘩を仕掛けること程馬鹿らしいこともない。あとで重箱の隅を突付く様な細かい調査と言う名の仕返しを食らうに決まってる。

「となると私達も手を出しづらいのですが」

「そこの奴らの独断だ。私達が手を出せば噛み付かれ大怪我だろうが、君達ならばシラを切りとおして打撲くらいには出来る」

「――依頼内容をお願いします。経緯はどうでも良い。内容を聞かせてください」

「国立近代科学研究所に連れ去られた娘を救出して欲しい。報酬に糸目は付けない。必要ならばあらゆる手助けをしよう」

「太っ腹ですね」

 ――近代科学研究所?

「一つ、質問よろしいですか」

「どうぞ」

「それはいつ頃出来たものですか?」

「2000年6月21日、だ。細かいところまで覚えていて驚いたかね? そこで使う器具が我が社の製品でね」

「さすが『世界の鈴乃瀬』ですね」

 俺はお世辞ばかりの微笑を浮かべておく。

 だが、内心首を傾げるばかりだ。その頃のデータも頭に入っているがそんな物の情報はない。ニュースになっていても

おかしくない代物だが。

「そこでは何の研究を?」

「エスパー……ESPと言ったかな? そういったオカルトな研究さ」

 そんなものを国が立てるのか?

 世界的に見て、おかしなことではない。アメリカでもそういった研究でサイキックソルジャーを作ろうとした話があるくらいだ。

二次大戦中もそう言った話はある。

 だが、何か違和感がある。それこそ今更やることだろうか。

 そんなことを考えているあいだにも話は進む。

「場所は、笹島。期限は1週間以内にお願いしたい」

「1週間は少々難しいかもしれません。相手の数などの把握する時間が必要ですし」

「1週間だ」

 ……行ってみるか。考えても埒が明かない。実態調査という形なら諜報庁も承認するだろう。

「……しかし」

「わかりました。お受けしましょう」

「悠介君……?」

「成功報酬の話などは谷崎さんから聞いてください。契約関連も一緒に」

 谷崎さんに任せ、俺は部屋へ戻った。



 部屋に戻った俺の前には少し分厚いノートがあった。開いてる項目は2000年の資料。

「…………無い」

 記述はない。何度見ても国立近代研究所なんて建物は存在しない。俺が知らないだけ? そんなバカな。

「少しいいですか」

 ノックも無く部屋の扉が開く。入ってきたのは谷崎さん。

「どうしたんですか、ノックも無く入ってきたりして」

「今日の依頼のことですよ。どうして受けたんです?」

 受けた理由――ね。

「これを見てくれないか」

 俺はさして迷う事もなく、昨日のメールを開いて見せることにした。

「――依頼? なんですかこのメールは」

「知らんよ。まぁ、内容を見て欲しい。面白いほど出来すぎてるだろう?」

「鈴乃瀬の娘を守れ――って」

「今日の依頼に合わせたかのような内容だ。しかし、問題が一つある」

「新時代の敵、ですね?」

「そうだ。新時代の敵、の存在がわからない。一体何の事を指してるのか」

「それが今回の任務でわかる、と?」

「可能性の段階だがな」

 谷崎さんが難しそうな顔でメールを見ている。

 自惚れさせてもらえるなら、少なくとも並の敵に遅れを取るほど俺は弱くない。並の敵でなくても5分5分に持ち込める自信はある。

「――私は反対ですよ、実際」

「ふむ、理由は?」

「まず第一に準備期間の問題があります。1週間と言うことは最高でも5日しか使えません。たった2日で救出できるほど

甘くは無いでしょう」

「違いない。5日ではろくな準備も出来ないだろうな」

「次に訓練の問題。少なくともバックに国が付いていると言うのがホントならば見つかるわけにはいきません。

潜入の訓練をしておく必要があります」

「確かに。いきなりやって上手くいくほど甘くは無いな」

「最後に情報の少なさ、でしょうか。私も調べてみましたがそんな建物の情報は有りません。よって所内の地図もない」

「最悪だな。こんな状態で潜入任務なんて正気じゃない」

「判っててやるんですか」

「やるよ」

 正確にはやるしかない。わざわざ受けたのは逃げ場をなくすため。エージェントとしての経験がやるべきだと言っている。実際のところ迷いはある。こんなに怪しい情報で動くべきではない、と言うのが正直な話だ。

 しかし――

「これが俺の原点だからな」

 人を殺すのではなく守りたい、そう思ったからこそここに居る。最も、最近の仕事振りを見ればそんなものに説得力は無いが。

「……わかりました。準備、しておいてください。決行は今から5日後。前日には研究所前でこちらの連絡を待っていただきます」

「了解した」

「バックアップは?」

「必要ない。あいつには別の仕事でもさせておいてくれ」

「わかりました」

 そう言って谷崎さんは部屋から出て行った。それを見送り、俺は再びノートに目を移す。

そこはさっきと同じことしか書いてないと言うのに。

パタン、と気味の良い音を立てノートを閉じる。

「やるしか、ないよな」

 後戻りは出来ない。知る必要のない何かを知ってしまうかも知れない。それでも選んでしまったのだ、俺は。


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