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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

作り笑いが上手な九十九さん

 01





 私は自分自身の選択の甘さを恨んでいる。新卒で入社をしたスーパーハミングは、本部がPRするものとはかけ離れたものだった。職場の風通しが良く、他社と比べると残業は無いという求人内容は全部嘘だった。蓋を開けてみるとパワハラ、セクハラ、長時間残業が私を待ち構えていた。この腐った環境から抜け出そうと転職を試みたが……現実はお菓子みたいに甘くは無かった。就職活動をしながら学業に励んでいた頃と比べると働きながら転職先を探すのは骨が折れる。

 私はこの職場を辞めると決意してから、日々の仕事に力を入れることは辞めた。だって無意味だから、下げたくもない頭を下げながら客の臭い息を吸い続けないといけない。ただの罰ゲームでしかない仕事を、何十年も続けようと思える人間がいたら顔を見てみたいとつい先日までは思っていた。





「今日からチェッカー部でお世話になる九十九幸恵と申します。色々と御指導御鞭撻の程お願い致します」





 四月に異動をしてきた九十九幸恵さん。彼女は新しいチェッカー部門のチーフで、今まで在籍をしていたチーフたちと比べると容姿が天と地の差がある。ハミングに美人社員が来たという噂がどこで広まったのか、翌日になると彼女目当ての客が大量に来店をしていた。普通ならうんざりする筈なのに九十九さんは嫌な顔を一つせずに万遍の笑みを浮かべていた。ただ一つ違和感があるのは目が笑っていないことだけ、それ以外は完璧に間違いのない接客を行っていた。

 一週間も経つと私以外の社員は殆ど彼女の虜になっていた。クレーマーの対処に困っていた新入社員がいたら、すぐさま駆けつけて行って流暢な言葉遣いで相手を宥める。有給休暇を使いたいのにシフトを代わってくれる相手がいないパートさんがいたら、嫌な顔をしないで笑顔で代わりに出勤を引き受ける。余程のバカではない限り、九十九さんを嫌いになろうとする人間はいないだろうと思い知らされた。完璧な人間に裏があると思い込んだ私であっても、九十九さんは私を嫌うことは無かった。

 退勤後、私は自宅までの帰り道で独り言を呟いていた。あれだけ仕事に完璧な姿勢を見せられたらやる気が無くなるのが普通なのに、何故他の人たちは平気なんだろう。一人、考え事をしていると突然の物音に体が反応する。





「え、なに……?」





 自宅のアパートへ曲がろうとすると、後ろから大きな物を引きずっている音が聞こえてきた。気味が悪くなった私は後ろを確認しないで急いで自宅に戻った。






  02





 翌日、昨日の物を引きずる音が気になった私はぐっすり眠ることが出来なかった。眠気を覚ますためにカフェインが含まれている錠剤をドリンク剤で流し、職場に向かうと何やら九十九さんはいつもの作り笑いが消えて忙しそうにしていた。





「大丈夫ですか?」




 一応、九十九さんは私の上司に値する人だ。上司が困っているなら声をかける必要がある。





「少し人が欲しい仕事があってね、椿さん良かったら手伝ってくれる?」





「良い、ですけど……」



 私は九十九さんに連れられて、役職を持つ社員しか入れない会議室にやってきた。扉を開けると、明らかにハミングの社員ではない女の子が席で座って待ち構えていた。もしかして……万引き犯を捕まえたのか? でも九十九さんは女の子に対して表情を緩めて話をしている、一体これはどういうことだろう。





「あの……探偵さん、本当に私の兄を探してくれるんですよね」



 制服を着てるのを見るに大体十代後半だろうか、目線を真下に置いて九十九さんと話をしていた。



「ええ、勿論。必ず依頼は守りますよ。良かったらお兄さんの詳しい情報を教えてくれませんか?」





 東雲と名乗った女の子の不安そうな表情を見て、九十九さんはいつものように作り笑いを浮かべながら優しい言葉をかけていた。




「あの、最近まで離れて暮らしていたので兄の今の状況はわからないんです」



 東雲さんは九十九さんにお兄さんの詳細について問いただされると少し困った顔をしていた。何故拳に力を入れているかはわからないが、きっと不安なんだろう。



「……そうですか、それは仕方ありませんね。居場所がわかり次第、東雲さんに連絡をします」




 九十九さんが最後の言葉を言い終わるまえに東雲さんは早足で部屋を出ていった。





「仕事っていうのはもしかして……」





「実は私、副業で探偵をしています」





 探偵をしていると言ったときの九十九さんの顔は店で見るときよりも輝いて見えた。彼女は異動する前の店舗でとある事件を解決してから、スーパー探偵九十九と呼ばれるようになったと恥ずかしそうに話をしてくれた。人に優しくするだけでは飽き足らず、まさか探偵をして人助けをしているなんて駄目なところが無さすぎる。




「探偵の仕事とスーパーの仕事って両立難しくないですか」





 いくら完璧超人といえど仕事の両立は難しいはずと思っていたのにあっさりと九十九さんは答えてくれた。





「休日の時にだけ探偵をしているからそんなに大変じゃないよ」   





 私は彼女に質問をしてしまったことを後悔する。普通は休日に体を休めるはずなのに休日まで働くとは……人間じゃない。だけどそんな怪しげな魅力を放つ九十九さんに私は興味を持ってしまった。





 ―――――

 ――――――――





 翌日、たまたま休日が合った私と九十九さんは別の店舗のハミングで情報収集を行うことにした。

 私は情報収集というと闇雲に沢山の人に話を聞くイメージがあったが、どうやら九十九さんは違ったようだ。ハミングの入口で待っていると薄汚れたジャケットを着た中年男性がこちらを見て大きな声で話しかけてきた。





「紹介するね、この人は情報屋のダンさん。私が探偵をしてる時からお世話になってる人だよ」





「どうもよろしく、お嬢さん」





 わざとなのか、ダンさんは私に向けて口からタバコの煙を吐いた。クソジジイがと言いたかったが九十九さんがいる以上は下手なことは言えない。

 九十九さんは東雲さんから依頼された情報をダンさんに話し、お兄さんの写真も見せた。するとダンさんは唸り声を上げながら考え込んでいた。そして数分もしないうちに答えが見つかったのか、ニヤリと口元を歪めて九十九さんに情報を話した。





「ソイツ、ここいらじゃ有名の不良グループに入ってたぜ。確か……オルフェンダーとかいうギャングチームだったような」





 オルフェンダー、この辺の地域に住んでいるなら誰もが知っているカラーギャングだ。赤をチームカラーにし、およそ五十人ぐらいの連中が街を我が物顔をして歩いている。犯罪に値しないレベルの迷惑行為をしていることから警察は頭を抱えている。そんな迷惑極まりないオルフェンダーに依頼人のお兄さんが所属しているなんて最悪だ。私は辞めましょうよと九十九さんに話しかけるが、彼女は目を輝かせながら私に言った。





「ますます難事件の匂いがしてきた。行くよ椿さん、オルフェンダーのアジトに!」





 一度助手を引き受けた以上は私に拒否権は無いのか、九十九さんは私の手を取って走り出した。何が何だか分からなくなった私にダンさんは彼女に聞こえないような声で教えてくれた。





「アイツは異常が好きな変人だよ」





 ケンカが当たり前のカラーギャングのアジトに向かうのに九十九さんはテーマパークに行く子供のような目をしていた。







 03






 オルフェンダーのアジトは石倉駅前のドスワンコ像前の広場だ。夕方から早朝まで彼らは路上飲酒をしながらバカ騒ぎをしている。今日も彼らはいつものように騒いでいるが……





「ねぇ、君たちこの写真の人知らない?」





 突然のイレギュラーが訪れたことでオルフェンダーは数秒間、動きを停止した。そりゃあそうだ、地元の人は彼らを恐れて話しかけようとはしない。オルフェンダーの悪評を知らなくても普通は声なんてかけない、でも九十九さんは平気でベラベラと話していく。リーダー格のような男の子が九十九さんの前に立ち、彼女が手にしていた写真をビリビリに破り捨てた。





「春樹のことなんて知るかよ……あの裏切り者と知り合いか?」





「全く面識はないよ。妹さんにお兄さんの捜索を任されたから君たちに詳しい情報を聞きに来たんだよね」





「妹か何だか知らねぇが俺たちはアイツのせいで抗争に負けたんだよ。知り合いじゃねぇなら失せろ」





「そんなこと言われたら余計に気になるんだけどね」





 オルフェンダーのリーダーは苛立ちを隠しきれないのか、左足でリズムを刻んでいた。





「一々細けぇ女だな!」





 怒りを抑えきれなかったのか、九十九さんの顔に目掛けて拳が飛んでくる。彼女は華麗なステップを踏んでリーダーの男の懐に入り、そのまま下顎に向けて拳を放った。

 人を殴ったというのに九十九さんは表情を崩さずに倒れているリーダーの子の顔に近づいて何かを話していた。するとさっきまでの威勢はどこに言ったのか、顔を青ざめて唇を震わせながらお兄さんの情報を話した。





「あ、アイツに妹なんかいませんよ……!」





 衝撃的な事実に私は言葉を失う。じゃあ彼女は一体誰なんだ?




 ――――

 ―――――――





 リーダーの男の子が言うには西条春樹さんには妹がいないらしく、好きな人が出来たとかでチームから勝手に脱退した。そのせいでオルフェンダーは抗争に負けた。西条さんに報復をしようと連絡をしてみたがここ一ヶ月は連絡が取れないらしい。

オルフェンダーと別れたあと、私たちは近場のカフェで休息を取ることにした。九十九さんは糖分を取って状況を推理したいらしい、私はコーヒーを飲みながら九十九さんの推理している姿を見つめた。




「ねぇ……この辺に確か大きい山あったよね」





「ええ、私の家の近くにありますけど」






「西条さん、東雲さん2人揃って連絡が取れなくなるっておかしいと思わない?」





 言われて見ればあまりにも偶然がすぎる。私は先日あった不可解な出来事を九十九さんに話をしてみることにした。





「先日、自宅に帰るときに何か物を引きずった音がしたんですよね。まさかそれって……」





「そのまさかだよ、椿さん。早く行かないと西条さんが危ない」





 私と九十九さんは急いで私の自宅付近にある山に向かった。あの時の引きずる音の正体は……西条さんかもしれない! 

 柊山は人が訪れることのない山で有名で人を拉致監禁するにはもってこいの場所だ、まさか本当に実行する人が出るとは思いもしなかった。柊山に到着すると、九十九さんの予想通り地面には引きずられた跡がついていた。私たちはその跡を追い、歩いていくと古びた小屋が見つかった。




「ようやく来てくれたんですね、九十九さん」





 扉を開けると顔に付着した血を舐めていた東雲さんが待ち構えていた。






 04







 東雲さんの後ろには血だらけで倒れている男の人がいた。……恐らく西条さんだろう、出血量を見るに助かる見込みはない。





「待ちくたびれてもう西条くんも寝ちゃってますよ。全く気づくのが遅いんだから」





 既に死んでいる西条さんの隣に座り、彼の背中を嬉しそうに叩く。血を見て性的興奮を抱いているように見える。九十九さんはそんな彼女を見ても狼狽えずに黙って見ていた。







「貴方、西条さんの妹じゃないなら誰なの?!」







「西条くんのことが大大大好きな彼女になれたかもしれない可愛い女の子ですよ、私は。筋肉が逞しくて凛とした顔つきをしている西条くんに一目惚れしてから、毎日ずっと彼の行動を監視していたんです。私のことを考えてくれている西条くんを見ただけで……私は気持ちが高ぶったんです。岩石のような引き締まった筋肉をどうやって壊そうかとね」







 誰も詳細まで語れとは言っていないのに東雲さんは股を抑えて息を切らしながら早口で喋っていた。





「あ、頭がおかしい……」



 つい零れ出した言葉に今まで黙っていた九十九さんは口を開いた。




「椿さん、理性なんてものを捨てた彼女こそが真の人間だよ。よく覚えておいて」







「西条くんは私に一目惚れしているはずなのに彼ったら、所属していたカラーギャングを辞めて九十九さんに告白しに行こうとしたんですよ。私という人がいながらね。あ、彼とは話をしたことはありませんが彼の心とは繋がっているので実質彼女ですよ。彼女たる私がいるのに九十九さんに告白しに行く姿を見たら私、怒りに支配されて九十九さんを殺そうと考えたんです! そのこと伝えたら西条くん、怒っちゃって。誰だお前とか言ったんですよ、酷くないですか? 貴方のせいで西条くんは頭がおかしくなったんですよ!! だから騙してここにおびき寄せてから殺そうとしたのに……余計な物が!!」




 私なんか眼中にないと思い込んでいたら、東雲さんは突然床に落ちていた包丁を手にして私に向かってきた。逃げ出そうとしても足が石のように固まり、動き出すことが出来なかった。……あの時、九十九さんの誘いを断れば良かったと思ってしまった。





「貴方のおかげで良い物が見れた、感謝してるよ椿さん」




 九十九さんは東雲さんが手にしていた包丁をハイキックで蹴り落とし、そのまま勢いよく彼女を押し倒した。





「私ね、最初から気づいてたよ。貴方がお兄さんのことを詳細に語らない時点で私を騙しに来たんだって、それでも依頼を受けたのは何でかわかる? それはね私は感情に支配された人間を見るのが大好きだからだよ、だから態々遠回りするような真似したの」





「なによ、なによ。最初から私は……貴方に踊らされてたの?」



 人は自分よりも頭のおかしい人間を見ると引いてしまう習性がある。九十九さんはハミングにいる時よりも、心から笑っているように見えた。東雲さんとは違う異常を見せつけられて、私は胸の高鳴りを抑えられなかった。





「本当はもっと時間をかけて苛立ってもらおうとしたけど……まあいいっか」





 九十九さんは鞄からカメラを取り出し、東雲さんの恐怖に塗れた表情をこれでもかというぐらい撮影をしていた。

 撮影に飽きたのか、九十九さんは警察に通報し、東雲さんは無事逮捕された。私は九十九さんが作り笑いを浮かべているのは獲物を探す顔を他人にバレないようにしているからだと知ってしまった。





「今度私の家に来てくれない? 椿さんに私が撮影した写真を見てもらいたいの、きっとわかってくれるはず」





 私は毎日がつまらなかった、ずっと同じことの繰り返しで飽き飽きしていた。でも九十九さんのおかげで私は非日常に憧れてしまったのだ。



「是非行かせてください!」





 好奇心は猫を殺すとも言うけど、身が滅びるまで私は非日常を楽しみたいと思う。

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