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シキノシカイ 一境界事変一  作者: 忘れ去られた林檎
第一章 空洞境界
3/21

第三話 オカルト研究部

 ───────ふっと、世界が我に返るかのように正常を取り戻す。金色の光が降り注いでいた空は脱色され、もとの無機質な青に戻っている。


「ナニが見えるんだよ~志輝~」

 

 雲の谷間から、確実に何かが産声をあげようとしていたが、どうやら中断したようだ。いまはその時ではないらしい。

 後ちょっとで面白いものが見れそうだったのに。お預けか。


「ちぇ。何も見えなかったよ。お前がうるさくてな、ほら、いくぞ。」

「おわ!もうちょっと優しく優しく!」

 

 後ろからしつこく肩を揺さぶってくる土御門の腕を、若干八つ当たり気味に強引に掴み、容赦なく引っ張りながら前進する。


「いや~でも志輝はイヤイヤながらしっかりうちの部には通ってくれるんだね。」

 

 土御門は、裏から掬い上げるようないやらしい言い方で呟く。


「言っておくが、俺はお前んとこの部員のなった覚えはないぞ。俺はお前らが『異常』にやられないために、用心棒として居るだけだ。危なっかしいからな。いつもいつもいたい目に遭うお前らがみてられないんだよ。だから来てんだ。他にやることもないしな。」


「自分の意思でやってる!とか強がってはいるけどさ~そもそもなんでこうなってるか分かる?」

「ああ、よ~く分かってるさ。」

 

 俺がこいつらと戯れるようになった日。あの最悪の白昼は今も記憶に無惨な爪痕を残している。

 そうだ、あれは───────俺が悪いんだ。

 俺が───────

 ───────(台無しに)してしまったのだから。

 


    ◇


 

 ───────ある夏の日、空虚に入り浸る生活をしていた俺に、一通の着信が来た。

 土御門からだった。

 

 どうやら俺と同じ学校だったらしく、学校行事の日にたまたま俺を見かけたらしい。久しぶりに会いたいとのことで、三年でどれほどあいつは変わり果てたのだろうかと、実感のない過去のあいつの面影を『正常』のない瞳に浮かべながら待ち、そして再開した。


 その後は土御門と空回りに遊び呆け、今の俺の身の上を作り上げる要因となった"ある事件"に遭遇する。


 そのときの出来事の記憶は、"ヤツ"の魔術で翳り、霧がかかってしまっているのだが、あの瞬間の記憶は、いまだ鮮明に網膜に食い込んでいる。 

 

 ───────覚えてる景色は、ふわりふわりと死の運命に導かれ、燃えるように、されど還る場所へ羽ばたいていくように消えていく朱色。荒く息づきながらそれを見下ろす俺。俺たちに何の関心もなく通りすぎていくモノクロの景色。まるで世界、時間そのものに取り残されたような、空虚な殺害現場(ワンシーン)

 そして、前に伸びた俺の影を踏みつける足がひとつ。


「あ、部長───────」と、呆ける土御門の声。

「あ~あ、殺っちゃった。」と、子供らしい妖艶さを含んだ女の声。あめ玉を口のなかで転がすような、たおやかで老若男女問わず人を魅了させうるその声に惹かれ、俺はゆっくりと面をあげた。

 目に入ったのはエメラルドをそのまま嵌め込んだような瞳。次に整いすぎるほどの整った顔。黒絹のようなしっとりとした漆の髪、それに迸る朱色のメッシュ。

 そしてようやく目に収まる朱い全身。

 土御門が部長と呼ぶ存在が、血のように真っ赤な悪魔が、太陽を後光にすらりと立っていた。

 ───────直感的に勝てないと思った。そこいらの悪霊や霊媒師とは覇気が違う。


 鮮烈なその姿に見入って硬直している俺に、ゆったりと近付いてきて顔を覗き込んでくる。


 必然、目が合う。


 ───────風景は、夕日の赤に焼かれて爛れていく。


 これが、あの部長(あくま)との出会いだった。


「やあ、どうやら君とは目線が合うようだね。気の合う友達ができたみたいだよ。さ~て───────どうしてくれようか?」


 飴を口の中で転がすような甘い声が、脳の奥にねっとりとこだました。



    ◇


 

「やあ、相変わらず君とは目線が合うね。」

 

 ───────深く椅子に腰かけた朱い少女は、朗らかに草原を駆ける野うさぎのように微笑む。


「当たり前だろ、身長が同じなんだから。で、今日は何をするんだ?

 なにかやるなら手短にすませてくれ。俺は昼の散歩をやめてここまで来てるんだ。」

「ふふ、相変わらずの横柄(のんき)さだね~君は。」

 

 と、少女───────及び部長『逢魔坂朱理(おうまざか あかり)』は、優雅な物腰でこちらをうかがう。

 こちらは全然呑気ではなかったが、意味の無さそうな激務に日々身を費やす彼女からみればそう見えるのかもしれない。


「私の"研究"を台無しにしてくれた詫びを、その体でもって償って貰おうとわたしの"部"へご招待して早四ヶ月───────未だに敬語のひとつも聞いたことがないわ。土御門君、上下関係の教育が足りてないぞ~」

 

 一応、逢魔坂は三年生。俺と土御門よりも二つほど年上である。


「無理ですよ。コイツ、一歳差二歳差なんてないも同じと思ってるやつですから。後、俺が言ったことなら余計聞かないっすよ志輝(コイツ)は。つーかまずなんで俺がそんな教育(こと)をしなきゃなんないんすかー」


「一応、君も"あの件"に一枚噛んでいたでしょ?土御門君。」

「いやぁまぁそりゃあそうっすけど~」


「十代とかで比べるからそう見える。五十三歳と五十五歳で見れば二歳差なんて些事だと分かるだろ。」


「違う違う、年齢の話をしているんじゃないのよ、立場の話。一応ここ『胡蝶之夢』は、学校の人間には素人集うオカルト研究部ってことになってるけど、実態はわたし個人で経営している実践派の魔術結社、その事務所。」

「つまり。」

 

「つまりわたしの会社。君はその一社員。この意味が分かるでしょう?」


 わたしはお前の上司なんだぞ、と云うことらしい。

 

「納得いかないな。そもそも俺はここに入った覚えはない。」


 ドサッと飛び込むようにソファに寝っ転がる。

 自分でも横暴だとは思うが、立ち続けるのは怠いし、なにより大切な休日を喰われたのだから、これはせめてもの細やかな反抗だ。

 狭い部室中を見渡すと、土御門以外の一人の部員が目には入った。

 黒いロシア帽を被った、虚ろな目でゲームに勤しむ小柄な少女だった。

 とうの逢魔坂とはいうと、子供を宥める親のような顔つきを浮かべており、俺の横暴な態度にはこれっぽっちも気にしてはいないようだった。


「そういうと思ってね。」と、部長───────逢魔坂朱理。

 

 落ち着き払った手付きで、漆の木の机から一枚の羊皮紙を取り出した。


「それは───────」

「"契約書"よ。───────手形式の、お手軽だけど強制力が異次元の呪術誓文。死後の魂までは縛らないけど、心臓を直に握られているのと大差ないわ。」

 

 羊皮紙には、俺の指紋の手形がつけられている。

 勿論、こんな物騒なものに判子は押さない。

 "魔術"だろう。

 こんな超常が起こせるのは、そのようなインチキにおいて他にない。

 たぶん、"あの時"、握手したときだ。

 クソ。どこからどこまでもアイツの掌の上だ。


「どういうことか、わかってるよね?」

「悪趣味だな。やっぱ悪魔だよ、あんた。」


「これからは"魔術師"には無闇に手を預けない方がいいわよ。じゃないと、こんどは手を引っこ抜かれちゃうかも。」


 逢魔坂は、冷やかすようにおどけてみせる。端麗な容姿も相まって、普通の人間ではこの調子の彼女に容易く緊張をほどかれてしまう。

 悪意に敏感で、その口車の裏に潜むどす黒さを肌感覚でつかんで身構えれる俺でも、あの翡翠のような瞳を見ているとつい引き込まれてしまいそうになる。

 授業中ウトウトして何とか睡魔に抗うが、ときたま意識が沈みそうになるあの感じに似ている。

 

「で?俺があんたに敬語を?死んでも御免だね。悪魔を敬う十字架を、俺は持ち得ていないんだ。」


 ───────ぶっきらぼうに突き放す。

 ぶっちゃけヤケクソだ。


「ふーん。まあ好きにすれば良いじゃない。部下の多少の無礼は許すのが年配者の矜持だからね。けれど───────」


「───────礼儀(それ)は至極"正常"よ。」


 ───────ピクっと、新矢志輝の眉が揺れる。


 逢魔坂は立ち上がり、新矢志輝を中心に練り歩き始める。

 洗礼された佇まいから放たれる、清流のごとき歩み。狭い部室を歩く姿でさへ、数多の妖怪変化を退けるある種の神性が宿っていた。


「───────鬼種や怪異みたいな"魔"に連なるものは、大抵自然や人の営みから生まれる。そこは人とは変わらない。

 結局、自然の歪みもまた自然ってことね。本当、どこまでもガイアは雄大だわ。

 それだからか、いやそれだからこそ大抵の生きとし生けるものは無意識的に万象を敬ってるのよ。でもね、なぜか彼らはこの世の全てを嫌悪し、自らを産み出した万物を蔑むんだ。なんでだろうね?」


 ───────一歩ずつ、一歩ずつ自らの存在を大地に刻み込むかのように歩く。

 決して攻め立てているわけでもない。

 断じて追い詰めようとしているわけではない。

 それなのに、まるで探偵が淡々と推理を披露し、犯人を追い詰めていくような、大蛇が獲物を逃がすまいと囲い込んでいるような、そんな透明な圧力が場を支配する牢獄が形成されていた。


 異様な空気感の中投げ掛けられた質問に、新矢志輝が気圧されていると、逢魔坂は突然窓の前で止まり、

 

「───────正解は"異常"だから。」


 逢魔坂は部室のカーテンを開け、窓の外を眺めながらまた淡々と言葉を紡ぎ始める。


「科学も魔術も、この世界を一つの側面からしかみたものでしかない。

 この世にある万物はその側面に従って生きることを本能的に至上としているんだ。

 しかし、"異常"は世界の側面であることを嫌うんだ。なんの理由もなく。

 そしてそこから抜け出そうとする。

 無価値にね。

 空っぽで、反抗的。そのくせ自意識だけは無駄に高い。

 全くもって程度も属性も違うけど───────」


 数瞬、言葉を止めた後、


「っ───────なんだか君に似ているね。」


 眼窩が、新矢志輝をとらえる。


「───────俺が、異常(あんなやつら)と同類だと?」


「いや?似ているってだけだけど?

 いや別に悪いといってる訳じゃないんだよ。誰だって一度くらいは、なんの理由もなく枠組みから外れたくなるものだ。

 一度くらいはね?

 君はなぜか"異常"を異常に毛嫌いしている。確かに"彼ら"は私たちとは相容れないし全くの別物だけど、太極から分かたれた存在としては同類(いっしょ)よ。

 それに、分かたれたのも別に敵対したからではなく、その方がより多くの物事を許容できるからだしね。

 良い悪いは定か(問題)じゃない。要はバランスよ、バランス。

 志輝くんも早くそれがわかるようになると良いね。」


 ───────安らかに、しかし大胆に椅子に腰かける彼女は、極めて精巧な等身大の西洋人形のようだ。

 座り方、容姿、物腰、思想。その全てが、一人の淑女として完成されている。俺のような偏屈モノが付け入る隙も、取る揚げ足もないにも等しく、逆にこうやってふらりと受け流されてしまう。俺の精神性が、さも幼稚だと見せびらかされるように、突きつけられるように、絶妙な力加減であしらわれるのだ。

 

 ───────悔しい。何か負けた気がする。いっそのこと言いくるめられたほうがましなくらいだ。


「───────あぁ、分かったよ。分かりました~」


 嫌々返事をする。

 

 ───────やっぱり、どうも俺は"正常"と言う言葉には勝てないようだ。


「たっはっはっはっは!優しく諭されちゃったねぇ志輝!二歳差の器の大きさの差は意外に大きかったみたいだな~」


 ───────そして何より、土御門の嘲りは阿鼻地獄の責め苦にも匹敵する。

 

「ぐぬぬ…ッッッッ!」

 

 ───────逢魔坂の邪悪な視線が俺を射抜く。

 

 苦痛に体制のある俺が、唯一胃が痛くなる稀少種(あくま)が統治する、一度目をつけられたら逃げられない、一度入れば出られない、もれなく全員この"朱い魔王"の餌食───────それがここ、オカルト研究部なのだ。


「ふふ。さて、志輝クン弄りはここまでにして。本題に移るとしますか。」


 本題───────この部で出てくる本題と言えば大抵が『異常』関連だろう。ここら辺はかなり曰く付きというか、歪みの激しい霊地らしく、そういったものが発生しやすい土地なんだと。なんでも、日本が開国したときに、多くの夢追う没落魔術師達が一発逆転を狙って雪崩れ込んできたのだが、ここだけは誰も手をつけたがらず長年敬遠されてきた程だったらしい。

 

 逢魔坂が云うに、ハイリスクな割にはそこそこの収穫しか得られないこの土地より、出来るだけリスクが低く、ハイリターンな土地を求めたとのこと。で、今は土御門が所属する魔術組織『陰陽連』の管理のもと、共有地のような扱いを受けてるらしい。

 

 しかし最近、諸外国の魔術師達が、改めてこの土地の価値を見直し、土地の利権を奪取し神秘を独占しようと、日夜裏で激しい抗争を行っている。

 この部の活動は、そういった魔術師達や、怪異などがこの土地で引き起こす、様々な『異常』を解決することなのだ。

 

 ───────ここオカルト研究部は、漫画によくある、なんの力も持っていない下町オカルトマニアの集団の皮を被った、小さな魔術結社なのである。


「今回の活動内容!それはズバリ───────護衛作戦です!」


 ───────逢魔坂は、宣言するように堂々と発表する。


「で?どこの?」


 新矢志輝は気力なく答える。


「日本神秘業界最古参にして超名門。浅影家のお嬢様よ。」


 ───────"浅影家"という言葉に、その場にいる全員が顔をしかめた。


 

    ◇


 

 護衛───────それは新矢志輝にとって始めての経験だ。

 新矢志輝は今までその"眼"の特異性や、ワケアリの祖父から伝えられら技法を買われ、怪異との戦いに身を投じてきた。本来は投じさせられたという表現が正しい。が、新矢志輝のそれは常にどこか能動的なものであった。

 ───────新矢志輝は、自ら嬉々として怪異殺しを請け負っている節があるのだ。

 だからこそ護衛なんていう受動的なことは未知の体験だし、退屈気質の新矢志輝に向いていない、務まらないのではないかという恐れもあった。

 だが楽観気質な魔王は、「まあ、敵が来れば嬉々として戦ってくれるから大丈夫だろう。」とたかをくくって新矢志輝に護衛を任せたのだった。

 ───────しかし、逢魔坂はいまになってようやく気づいた。致命的なまでに致命的な欠陥に。

 確かに、新矢志輝の生来の退屈気質は問題ない。なにせ今回は()()()()()()()()()のだから。わざわざ能動的に貪欲にいく必要はない。

 しかし、もっとも憂慮すべき問題がひとつあった。


「あちゃ~まずいわね。」

 

「何がです?部長。」


 ───────部員の一人である黒いロシア帽の少女が、朱い少女に疑問を投げ掛ける。


「合わないのよ。」


「何がです?」


「反よ。今回の護衛対象、浅影瑠鋳子(あさかげるいこ)とのね。」



    ◇



「───────あなたが私の騎士(ナイト)?」


 帰りたい───────とばかりに、新矢志輝はため息をついた。

 目の前の少女(依頼人)の第一声に、面倒臭そうな性格を感じ取ったからである。

 浅影瑠鋳子(あさかげるいこ)。今回の依頼の護衛対象ご本人である。

 雪舟の水墨画のような柄の着物に、幼くも既に妖艶さが備わった整った容姿。背丈は俺より二十センチほど低く、春から晴れて中学生とのこと。

 

 浅影家は代々、祈祷や口よせなどを生業としてきたイタコの家計であり、日本呪術界の覇権を握る七家に数えられ栄華を誇っていた。だが、とある事件により今ではめっきり衰退してしまったらしい。

 現在は一部の重要任務のみを行い、呪い師としての商いは年に数回程度とのこと。今回俺たちもとい俺は、その重要任務を遂行する彼女の護衛として宛がわれたのだった。


「おう、新矢志輝だ。宜しく。」


「あんた。どこの家のモン?」


「おれはただの一般人だが。」


 彼女が行っているのは主に家系のことだろう。

 大昔から、魔術や呪術などの"神秘"は大抵お貴族様達が独占している。日本もそれについては変わりない。

 が、魔術なんてものは時が経つにつれ磨耗するもの、いまじゃその殆どが没落寸前に経たされている。

 そんななかでも土御門は未だ全盛を維持している。まあ何年も前に"新夜"と呼ばれる家系を傘下として吸収したのがでかいのだろうが。

 

「とぼけたって無駄よ。アラヤとえいば───────」

「とぼけてなんていないさ。俺はごく普通の家庭の一般市民ですよ。」


 浅影瑠鋳子は、「ふーん」と目を細める。


「だがまぁあらかたご推察の通りだ、"そのこと"については、どうか勘弁してほしいね。」


「ふん。まあいいわ、他の"六家"の奴じゃないだけまし、それに自分が没落の家の出で、生まれついての負け犬であり、土御門の飼い犬であるってことがよく分かってる。

 ───────ああ、そう見ると、あなたの顔も心なしか犬のように見えてき───────た!」


 ───────真横から迫り来る風切り音。急に振り向いた彼女から繰り出された足が、右から左へ眼前を横切っていく。あとほんの数センチ顔が前に出ていたら、鼻っ柱をへし折られていただろう。


「ああ、ごめんなさい。あまりに私の飼い犬ににてたものだから。ついいつもの調子で蹴り飛ばしてしまいそうになっちゃった。今日は宜しくね、忠犬さん(パトラッシュ)。」


 「さあ行くわよ」と、浅影瑠鋳子は、加虐的な薄ら笑い浮かべて、また前を向き歩き始めた。


 確実に面倒な女だとは踏んでいたが、まさかあそこまで静かな凶暴性を隠し持っていたとは。

 あの悪魔は、またとんだ厄介事を拾ってきたもんだ。


 新矢志輝はため息と共に頭を抱えた。



    ◇



 今回の護衛作戦。その全容を占める彼女───────もとい浅影家の重要任務。

 ───────簡単に言うなら鎮魂の儀。荒れ狂う悪霊を、祈りを捧げ怨念を鎮め、常世の淵へ追い返す追儺儀式である。

 それだけ言えば、別に"そういう"家系ならそんなこともするだろうと思うかもしれない。だが、浅影のそれは少し特殊だった。

 特殊というより、奇妙といった方がいいのかもしれない。

 それは───────


「『何を』鎮魂するのかわからない。」

 

「その通り。」

  

 ───────土御門の快活な声が電話口から響く。

 いかにも"わびさび"といった感じの、日本古来の、妙に古式ゆかしい独特な趣のある一室。町外れに聳える山嶺一帯に拠を構える浅影家。

 その"本殿"から約百メートル程にある離れの客。時折吹く柔らかな冷風が肌を啄まみ、蝋燭の炎のように電波が不安定な、冬に招く客間としてはおおよそあり得ない環境だった。

 

 壁の至るところに刻まれた爪痕を見る。

 恐らくは人間のものだろう。大昔、ここは座敷牢だったのではないだろうか。


 あの女は異常だ。

 いつも俺が相対しているような、不気味な怪異達とは違う。シンプルな暴虐。故に厄介。

 さすがに、浅影瑠鋳子(アイツ)は俺の管轄外だ。

 それに、魔術は基礎くらいなら理解しているが、抽象と具体が複雑で、今回ばかりは土御門(その手)のものに協力を仰ぐしかない。

 

「今回の依頼。浅影が執り行う"淵縫いの儀"は、鎮魂の儀式という謂わば"側"の部分は明かされているんだけど、肝心な『何を』鎮魂するかという"中身"が謎に包まれている。」


「それは企業秘密ってやつか?」


 ───────肩と頭でスマホを押さえながら、浅影家の古い文献を床に広げる。

 知識とともに染み込んだ、乾いた墨汁の仄かな匂いが立ち込めるそれは、朽ちて地に落ち踏み潰された蝶を連想させる。一枚捲るごとに、思わずむせ返りそうになる程の埃がぶわりと巻き上がった。

 

「いいや、どうやら本家の奴らも何を祀ってんのかわからんらしい。」


「なんだそれ?名もわかんねぇ得たいの知れないやつに、浅影家(あいつら)は何千年も祈りを捧げてたってのか?」


「そういうことになるな~。奇妙な話じゃああるが。ん~とりま俺はお手上げ、ここら辺の土地一帯の地脈も調べてみたけど、魔力の流れに歪みがちょこちょこあること以外は特に異常はナッシング。そっちはどう?」


 特になにも───────と、返事を返そうとしたところで戸を叩かれた。


「新矢志輝様。当主様がお呼びです。私の部屋にこいと。」


「わかった。今いく。───────すまん土御門。暴力女当主様がお呼びだ。多分儀式を始めるんだろう。」


 ゆっくりと立ち上がり、戸へと向かう。

 改めて部屋を見渡してみるとヒドイものだ。

 真冬なのに囲炉裏すらなく。書物ばかりがおいて、その他なにも見当たらない。

 あまりにも静謐だ。

 まるで人の営みから隔離されたかのような、決定的で陰湿な外界との断絶。

 客人に対する待遇としては最低辺の部類だ。あいつは俺を家畜扱いするというのか。

 はあ。と、自然に出たため息は、真っ白な煙となって空気に溶け込んで行く。


「志輝、無理するなよ。あそこの女当主、おっかねぇだろ?いびられたりしてねぇか?辛くなったら返ってきていいんだぜ?帰ったら暖かいミルクとベット用意しといてやっから。ああ大丈夫大丈夫、俺っちは男の娘の扱いも心得ている。俺っちが身体で暖めてやっから、一緒に夜明けのコーヒーをのm」


 プツリと、通話を切った音が静かに響いた───────

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