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シキノシカイ 一境界事変一  作者: 忘れ去られた林檎
第一章 空洞境界
13/25

第十三話 ある一つの真実

 時は暫し巻き戻る。

 浅影瑠鋳子と新矢志輝。背丈も年齢も違う二人が、遺物を安置する『堂』へと向かうため、共に路地の奥へと進んでいく。

 そんな二人の後ろ姿を、闇へと消えていくその瞬間まで、"彼女"はただ見守っていた。

 鶯色の布地に、鮫唐草の紋が刻まれた着物。

 高貴ではあるが渋い色合いのそれは、古来より多くの人が親しんできた、自然を思い、歌い、共にあろうとする素朴な感性。それを養い育て上げ、自己を高めるという醸成の過程と、超然とした権力を羽織り、誰もが貴ぶ頂へ座すという、相反する二つの概念の調和を意味していた。

 鳴上霖雨(なるかみりんう)

 浅影瑠鋳子の専属侍女であり、鳴上家の当主候補。

 鳴上家は代々、浅影勢力の中でも諜報や暗殺などを専門としている家系だった。

 そういった分野の特性から、重役の身辺警護などを任されることもある。しかし、彼女は一族の中でも、特段戦闘に長けている類いの魔術師ではなかった為、浅影瑠鋳子本人から直々に指名されたのが、最初は不思議でならなかったのだ。

 それは、今になっても変わらない。むしろ、年々膨れ上がっているとさえ感じる。浅影瑠鋳子と過ごしてきた時間の分だけ、彼女と自身との間にある境界は、ますます深く大きな空洞になっていく。

 理由は、とうの昔に知っている。

 最初の頃は、大して取り柄もない自分が、なぜ侍女兼用心棒なんて役職に(しかも次期当主を約束された浅影の令嬢直々に)指名されたのか疑問ではあったが、当時は今よりも精神的な余裕がなく、理由を聞く暇も惜しんで目の前のことを必死にこなしていた。

 無口で、ただ寡黙に。

 しかし、侍女になって一年の月日が経った頃。


『え?アンタを選んだ理由ですって?』


 つい、ポロリと溢れてしまった言葉だった。

 手を煩わすのも申し訳ないと思ったので、すぐに断ろうかと思ったが、上手く言葉が出ずに黙りこくってしまっていた。

 すると、彼女はしばらく考え込んだ後、信じられない事を口にしたのだ。


『アンタがさ、お姉ちゃんみたいだったから、かな。』


 思わず声を上げそうになって、何とか堪えようと必死だったことを憶えている。その後、私の異変に気づいた彼女は、小悪魔みたいにクスクス笑っていたのだった。

 けど、彼女にも異変はあった。

 頬を赤らめていたのだ。

 こんなことは滅多にないことだ。体を激しく動かすトレーニングや、お風呂上がりなどの、血行がよくなっているときには比較的よく見られるが、人との会話中にそんな顔を見たのは一度もない。


『ごめん。自分で言うと、結構恥ずかしいかも。』


 私の前でだけ見せた、ほんのりと紅い本音。

 口調は相変わらずだったけど、声色と表情は、ちゃんと羞恥の感情に染まっていた。

 いつもはドライで、ただ淡々と身の回りの世話を要求するだけ。

 そんな彼女にも、こんな一面があったなんて。

 彼女のことが、もっと知りたくなった。 

 私に、もっと見せてほしい。

 

 改めて、彼女を見る。

 隣には、つい昨日邂逅したばかりの他人が一人。 

 新矢志輝。さっき彼?を起こした後の、二人の会話を盗み見ていた。

 彼女は、自分が見たこともない顔をしていた。


 少し、悔しかった。



     ◇



 殺し合いは膠着していた。

 浅影瑠鋳子が、大蛇の一匹を集中的に攻撃し、新矢志輝がもう一匹を牽制。浅影の絶え間ない連撃で出来た隙を、すかさず新矢志輝が攻める。

 しかし、どうにか一匹に隙を作ったとしても、後少しのところでもう一匹の邪魔が入る。このサイクルからなかなか抜け出せず、十回以上繰り返したところで、痺れを切らした新矢志輝が言った。


「おい、このままじゃ埒が明かないぞ。何か打開できる策はないのか。」

「あったらもうやってるわよ。このまま削り続けていくしかない。」


 浅影瑠鋳子は気だるそうに言う。

 消耗戦へと洒落込む気だ。


「俺は、そういうチマチマとしたモンが一番苦手なんだ!」

「なによ。アンタの実力が中途半端(イマイチ)なのが悪いんでしょう!この、へっぽこ騎士(ナイト)!」

「うるせぇ!相性が悪いんだよ。」

『そうだそうだ、言ってやれ。元はと言えば、同時に倒すとかほざいてたのはどこの誰だかね。なぁ、浅影のお嬢さん。』

「その通りだな。一人でハイになっていた割りに、さっきよりもギアが上がったわけじゃねぇ。中途半端(イマイチ)はどっちだろうな────って言うか、結局お前は誰だよ。」


 さっきも聞こえた男の声。化野達が相対した魔術師だ。

 

『あれま、反応が弱いな。もっと勢い良くツッコンでくれると思ったんだが、まぁいいか。

 俺か?そうだな────負の遺産ってとこか?浅影のな。』

「負の遺産、か。」

 

 浅影瑠鋳子を見る。何か思うところがあるような、いつものような邪悪さではない、神妙な表情をしていた。

 新矢志輝は、すぐに大蛇がいる方へ向き直ると、睨み付けながら声の主に問うた。

 

「で、お前がこの蛇の主ってことでいいんだな。」

『ほう。そこの、兄ちゃんだか姉ちゃんだかは良く分からねぇが、お前さんはてっきり、俺の正体や目的っつーのを、先に聞いてくるとばかり思っていた。俺の眼は節穴だったか。』

「生憎、色々と見えてしまう身でな、他人様のお家事情には全く興味がないし、知りたくもない。ましてや、魔術師なんて名乗ってる、陰気臭い奴らばっかりが集ってる所なんて、ちょっと叩けば、どんな埃が出てくるか────全く、また面倒なモンに巻き込まれたものだよ。」


 新矢志輝が嗤う。


「そら、とっとと姿を見してみろ。さっきから、ここら一体にお前の声が響いてる。まるで、ここの"場"そのものから音が生じているみたいだ。普通なら、遠方から使い魔と感覚を共有して…何てなるところだろうが。違うだろ?

 お前は最もずっと近くにいる。ここにいる蛇達は、使い魔というには少々、人の匂いが濃すぎる。

 出てこいよ。いるんだろ?()()()にさ。」


 微かな苦笑の後、『ちょっと待ってろ』と男が言うと、二匹の大蛇から、百匹程の黒蛇が次々と流れ出て、互いに絡み合うように寄せ集まりながら、一つの確かな人型を形成していく。

 やがて、ある程度形が出来てくると、次第に黒い蛇の外皮は人間の肌に変わっていき、筋肉の輪郭が浮き出てきて、顔立ちも徐々に分かってきた。

 

「これでどうだい。」


 今度は、空間や頭の中に響くような声ではなく、ちゃんとした肉声。

 ようやく露になったその容姿に、少女があっと声をあげる。

 下半身は蛇のままで、二匹の大蛇と樹木のように繋がっている。いや、繋がっているというより、生えているという表現の方がしっくり来る。

 肌の色は褐色寄りで、堀が深い整った顔立ちをしている。特筆すべきは眼の色で、右目は自分と変わらない黒色だったが、左目は緑色。逢魔坂のような翡翠のような緑ではなく、暗い濁ったような色合いだった。

 上半身は裸で、肉体は細く引き締まっており、大なり小なり様々な傷痕が、下腹部から顔に至るまで十何箇所も刻まれていた。


「あらら~浅影のお嬢様は────」 

「ちょっと、失礼じゃないかしら。私はお嬢様じゃなくて次期当主。っていうか実質当主なですけど!」


 浅影瑠鋳子が声を荒げて、男の言葉を遮る。

 まぁ確かに、コイツの言ってることはごもっともだが、そういうの気にするタイプだったのか。


「おっと、こりゃ失礼。以降、気を付けよう。

 じゃあ改めて。浅影のご当主様よ、俺の正体について気づいているみたいだな。」

「まぁね。」


 少女が返答する。先程と同じように、複雑な物言いだった。


「そこの────兄ちゃん?姉ちゃん?」

「お好きな方で。」


 新矢志輝が、若干怒り気味に言う。


「まぁいいか。お前さんは、ちゃんと知っておくべきだぜ、浅影ってのがどういう所なのかさ。」


 男は、砂漠のように乾いた声で、気さくな語り口で言う。落ち着いてはいても、その裏に秘された冷たい敵意は、俺の体の随の奥まで、直接滴ってくるようだった。


「十三年前の話よ。」


 俺が聞こうと思ったその時、とうの浅影瑠鋳子が語り始めた。


「近代のここ百年。科学技術や知識の発展は、その勢いを急激に増している。当然っちゃあ当然だけど、それに伴って、オカルトの出る幕は急速に消えつつある。

 その頃の浅影の魔術師達も、目に見える数字としてそれを理解していたのでしょうね。今まで保持していた絶大な権威と利益、年々減衰していくそれを、何としてでもかつて栄華を誇っていたときのモノに戻したかった。 

 蛇草家の没落を期に、浅影の現状の打開と、さらなる繁栄の為、雁崎の提案を元に、とある魔術の実験と事業を秘密裏に行った。

 結果は、儀式中の事故により敢えなく失敗。その被害がもう甚大でね、当時の雁崎と珠毀の当主が死に、他の傘下の家にも数多くの死傷者が出たわ。雁崎と珠毀に貸し与えていた魔術は何とか回収したけど、ある一家だけは無理だった。何せ、死体が見つからなかったからね。

 その後、浅影勢力は大幅な縮小を余儀なくされた。展開していた事業の七割近くを畳み、所有していた霊地の半分を陰陽連へ売り払った。作った借金もそれなり。多分、億は軽く上回っていたと思うわ。

 それからの十三年。私や傘下の魔術師は、今日までこの家を守ってきた。先代だった私の母は不逞の輩に殺されてね、気づいた頃には私が最後の浅影。けど、人っていうのは案外、踏ん切りがつくものでさ。ようやく私も覚悟を決めて、当主になる道を選んだのよ。

 ────以上が、浅影が衰退した根源となる事件。惨めな負の歴史の一端よ。」


 重苦しい雰囲気の中。少女はあっさりと終わらせた。

 浅影の不幸。その末路を。


「一端────ねぇ。」


 苦笑と呆れの入り交じった顔で男が言う。


「でもまさか、こんなところで会えるなんて思っていなかったわ。」

「どういうことだ?」

「言ったでしょ。たった一家だけ、死体がなくて回収できなかった魔術があるって。

 蛇草家。そいつが使ってる術式は、そこの家系由来のものよ。」


 中空の男を睨み付け、浅影瑠鋳子はそう言った。

 ふーん。と、新矢志輝が感嘆する。

 

「だが、解せないな。」


 新矢志輝が言う。


「ほ~う、それはどうして?」

「俺はてっきり、お前らが浅影に何か恨みがあって、復讐のためにこんなことをしているのかと思っていた。だが、どうにも引っ掛かる。蛇草家は元から没落していたんだろ?それに、浅影の不祥事とはいえ事故は事故。見た所、アンタはちゃんと分別があるタイプだし。やり場のない怒りをぶつけたいが為に、こんなことをしでかすバカだとは到底思えない。」

「ハハハハハ。バカ、ねぇ。」


 そうだ。コイツらの目的、その核が怨恨かどうかまではまだ分からない。だけど、少なくとも起因となるものは十三年前の事故じゃない。

 たぶん、もっと前。


「ふ~ん。じゃあ、俺たちの目的は、十三年前の事故に起因するものじゃあないってことになるな。」


 男は、相変わらずのスカした物言いで、手を上げる。

 俺の推理を楽しんでいるかのようだった。


「いや、それはまだ分からない。結局、判断材料になってるのは、そこのクソガキが言ってた嘘か本当かも分からない、十三年前の事件のあらましだ。」

 

 「"クソガキ"ね…言うじゃない」と、邪悪な炎を滾らせている少女を横目に、話を続ける。


「もしかしたら。十三年前の事件ってのは、本当の意味での"事件"なのかもしれない。浅影の魔術師達が事故を装って、蛇草の魔術を奪おうと画策していたとか。」

「そんなわけないでしょ。」


 と、少女が真っ先に否定する。


「まぁ、そうだな。流石に無理がある。実際に、浅影は大量の人員を失っているんだからな。結果とリターンが見合っていない。と、なると────」

「アンタ達の目的は、十三年前の事件に依るものではないってこと?」


 浅影瑠鋳子が問う。自らの推測が外れたのか、言葉の端には困惑が滲んでいた。

 すると、蛇使いの男は頭を搔きながら言った。


「半分正解半分不正解。俺はお前らをしっかり憎んでいるよ。」


 男の語気が変わる。

 さっきまでの飄々とした快男児とは真逆の、夜の砂漠のように冷たい、殺気、怒り、憎悪。

 男の言葉の隅々に、そんなドロリとした悪感情が、油のように濃密に張り付いていた。


「俺にしてきた仕打ちも、俺がこんな体に成っちまったのも、俺を、人殺しにしやがったこともな────」


 男が、否、二匹の大蛇が唸る。

 男が放つ、どす黒い感情に呼応するように、大蛇の巨躯がボコボコと膨れ上がり、金色の雷鳴はさらにその激しさを増していく。大蛇を取り巻く呪詛の波は、常人でも感じられる程にまで濃密になっていき、辺りはまるで雷雲の中にいるかのような、おぞましい風景へと変貌していった。


「アアアアアアァァ!!」


 憎悪に飲まれた男が、二匹の大蛇と共に咆哮する。

 瞬間、暴風の如き呪詛の津波が、地面をめくり上げながら、二人の若人に叩きつけられる。

 まるで津波だ。大昔の人は、こんなものを神だ何だと持て囃したのだろう。

 

「ッッコイツは!」

「なんて魔力量!アイツ、相当力を溜め込んでいたみたいね。どこかに貯蔵庫がある。そこを潰せば、あの勢いも大幅に削げるはずよ。」

「だな!」


 ────だが、どこにある?


(俺がこんな体になっちまったのも────)


 『眼』を凝らす。

 異常を写す視界が開かれる。

 ヤツの言い分だと、恐らく大蛇も体の一部だろう。二匹の保有する魔力は、さっきとは比べ物にならない程に増幅している。

 しかし、その密度、ある意味濃度というべきか、奴の体に漲る魔力は、均等に遍在している。貯蔵庫となる器官があるのならば、全身に魔力が流れ出ていく、一際魔力濃度の高い噴水があるはず。

 だが────


「ない」

「え?」


 浅影瑠鋳子が、きょとんとした顔で聞き返す。その直後、新矢志輝の言葉の意味を理解し、険しい顔で大蛇の怪物へと向き直る。

 形の良い少女の頬を、小さな汗の玉が伝った。

 

「貯蔵庫が、ない────」


 ────風を引き裂いたような、雷の如き轟音。

 眼前、開かれた大蛇の大口が、空間を飲み干すように此方に迫ってくる。

 二人は寸での所で、左右にそれぞれ退避する。

 ドゴォォ!っという、鈍い音。

 叩きつけられた大蛇の巨躯、その圧倒的な重量による運動エネルギーによって、地面は抉れクレーターが形成されていた。

 巻き上げられた粉塵が、束の間視界の全てを、黄土色に染め上げる。

 

「へっ!目眩ましのつもりか、よ────!」


 二匹目────横薙の体当たりを、身を横に捻って空中に飛び上がり、体を地面と平行に倒して回転させながら、回避と同時にすれ違いざまにナイフで切り裂く。

 増幅した魔力に比例して、肉の層や密度が何倍にも拡張され、全身にかけられた『強化』は更に精度を増している。生半可な攻撃では、硬い外皮に意図も容易く弾かれてしまい、ましてや、ただ黒く塗り潰したナイフなどでは、刃を一ミリだって通すことさへ許してくれない。

 そんな尋常の理すら、新矢志輝のナイフはするりと無視して、驚く程滑らかに大蛇の中へと侵入していく。

 ナイフで切りつけた後は、大蛇の動きを観察しながら着地し、直ちにその場を離れ追撃に備える。

 すると、暴れた一匹がもう一匹とぶつかり、しばしの間絡み合う。

 その隙を逃すわけには行かない。

 

「浅影ェ!」


 新矢志輝が空に叫ぶ。

 二匹目の追撃と暴走によって、再び巻き上げられた粉塵の旋風の中。一人の少女の影が、風の中を泳ぐようにして飛び上がり、暴虐の限りを尽くす大蛇に、携えた何かを向けた。

 梓弓。

 浅影瑠鋳子は、大蛇が新矢志輝に注意を向け、二人係で攻撃している一瞬の内に、梓弓を回収しに言っていたのだ。

 

「掛けまくも畏き、心に光臨の一切の精進たちの元の困窮に、送り奉る虞ながら、受けしき給ひてこのじゅうしゃ、景福、天福、界雷智福、円満、しんちん、しんりき豊願成就と守らせたも」

 

 十秒以上かかる呪句を、コンマ一秒とも掛からず言い切る、浅影瑠鋳子の高速詠唱技術。

 梓弓に魔が宿る。

 明らかに、そこいらに漂う自然霊とは訳が違う。大きな力と神秘を持った、浅影が秘する特殊な霊体。

 さっきの火とは、また違った力が見える。


「────大雷(おおいかづち)!」


 少女が掛け声とともに弓を引くと、梓弓から蒼き雷光が放たれ、起き上がった二匹の大蛇に襲い掛かる。雷速であるこの矢を避けることは困難。回避動作を行うことすら叶わず、二匹まとめて直撃する。

 轟!という、落雷のような衝撃音。

 大蛇は感電し、先刻まで敏捷であった動きが停まる。

 大蛇の体内に侵入した蒼雷は、容赦なくその肉を焼き付くし、その身体を構成している黒蛇達の神経系を、精密機械に垂らされた水のように、その悉くをブラックアウトしていく。

 

「ッッグゥ────ア゛ァ゛ァッッ!」

「こいつは────」

 

 大蛇の形が崩れていき、死滅した黒蛇達がボトボトと溢れ落ちていく。

 

「どう?痺れるでしょ~。貯蔵庫は分かんない。なら、魔力の供給と同調を阻害する!」

「よし来た!俺が気を引くから、隙ができたら迷わず打ち込め!」

 

 大蛇が唸る。電撃による麻痺が解けたのか、既に動き始めている。だが、浅影瑠鋳子の攻撃が効いているのか、先刻程の俊敏性はない。

 再度、浅影瑠鋳子が弓を構え、動きの鈍っている大蛇へ狙いを定める。それに気づいた二匹が、打たせまいと豪速で少女に肉薄する。

 迎撃は不可能と判断したのか、少女は『強化』された脚力で五メートル上空へ飛び上がり、大蛇の突進を交わすと同時に矢を放つ。しかし、山勘による反射反応だったのだろう。二匹の大蛇は左右に飛び跳ね、ギリギリのところで回避されてしまった。

 しかし、咄嗟に飛び上がったことによって、体勢を崩した一匹の隙を突き、新矢志輝が死角からナイフで切りつける。


「必死すぎだよ。別に、どっちが囮でも良いんだからさ。」

 

 電撃による、黒蛇の死滅と麻痺によって、形が崩れて凹凸だらけの大蛇の胴体を、尾から首元までかっ捌きながら駆け抜ける。

 

「痛ってェな。」

「はは、お互いにな。実はさっきの雷、俺もちょっとビリってたんだ。誰かさんがゴミエイムなせいでな。」


 新矢志輝が、左手を上げてぶらぶらと揺らす。

 

「誰が、ゴミエイム────よ!」


 浅影瑠鋳子は空中に弓を投げ、転がりながら大蛇の突進を回避。その後、地に弾かれたように勢いよく起き上がると、自身に向かって落ちてくる弓に手を伸ばす。

 

「────と、そうはいかねぇ!」


 少女に避けられた大蛇の身体に、大きく膨らんだコブのようなものが、少女が位置する側にのみ出来はじめたかと思うと、それらが爆発し何十匹もの黒蛇達を一気に解き放った。

 凄まじいスピードで、大量に襲い掛かる黒蛇達。

 しかし、少女は敢えて弓を取らず。拳を握りしめ、ストレートパンチで迎え撃つ。いくら卓越した『強化』の技術があるからといって、流石にこの数相手では拳ひとつでは忍びない。

 ならばどうする────

 答えはすぐに分かった。

 突如、眼が眩むほどの紅い光が、少女と黒蛇達の間に炸裂する。

 紅蓮の焔。

 ついさっきまで、梓弓で打ち放っていた紅い炎が、今度は少女の突き出した拳から、火炎放射器のように噴き出した。

 焔の魔の手は十メートルにも達し、飛びかかった黒蛇達の悉くを焼き付くし、大蛇の一部を炭化させた。


「アッハハハ。元から黒いから、どれくらい焼けたか分かんないわねェ!」


 浅影瑠鋳子が呵呵大笑し、敵を挑発する。

 この時の彼女の人相は、それはそれは邪悪なもので、正しく本来の彼女である、百鬼慄かす暴君か悪魔の笑みが浮かんでいた。

 さらに、拳に纏った焔で大蛇を威圧し、余裕綽々としながらもしっかり敵を牽制する、抜け目のないところも彼女を怪物然としたものに仕立て上げていた。


「チッッ。これが浅影の現当主、その実力か。その紅い炎を出す雷撃は、珠毀んとこの魔術だろ?」

「そうよ?元を辿ればそもそも、千年前の浅影家の当主が、アンタ達の様な分家や傘下の弟子達に、自らの魔術を株分けしたのが七家のはじまり。

 結局、どこまでいっても浅影由来のものなんだから、私が使えない道理はないわ。」


 少女は、炎を纏った右手を振り翳し、少し強めに横薙の手刀を放つ。

 少女から放たれた焔は、細長い三日月のような形の斬撃となって、草木と地面を炭化させながら、大蛇へと襲い掛かる。


「やれやれ、手数増やしやがってよ。お陰で()()()()()()()()()()()()()。」

「────。」 


 男の口から突如溢れた真相。

 衝撃に浸る時間すら与えず、放たれた炎刃の爆発が地面を抉り、巻き上げられた土を爆風が浚う。

 さっきの焔の矢は、ナパーム弾を思わせる破壊力だったが、今の攻撃はそれに比べれば人道的だ。


「おい、それはどういう────」


 一つ一つの行動の積み重ねによって、戦況は刻一刻と変化していく。

 新矢志輝は既に、何らかの『異変』がこの戦場全体に渡って起こっていることを、その『眼』で捉えていた。


「アンタが────殺したの?母さんを。」

「いや?直接手は下していないさ。最初は、浅影しか知り得ない情報を、恨みを持ってる奴らに横流ししてって感じだったな。当分そいつらに任せていたんだが、悉く返り討ちに合いやがる。その時の俺は牙を研いでいた時期でね、もし戦っていたらまず間違いなく瞬殺されていただろう。敢えなく、業界の暗部で有名だった魔術師殺しに依頼したよ。

 ま、こんなとこだ。だが、今更そんな質問に何の意味があるってんだ?浅影の嬢ちゃん。過去の記録から、俺の素性を炙り出す気か?それとも、母親のことがやっぱり気になるか?だったら、傍若無人で冷徹な浅影の当主様にも、結構かわいいところがあるんだなぁと、感心できるんだが。」


 浅影瑠鋳子は、露骨に不機嫌そうな顔をしながら言う。

 

「別に。声もほとんど覚えていない人間に、未練なんてさらさらないわよ────でもね。」


 ────風が、凪いでいた。


「それでも私の、たった一人の家族だったのよ。」


 浅影瑠鋳子の顔に、いつもの邪悪さはない。

 澄み渡るような清々しさと、透き通るような神妙さを併せ持つ、純朴な少女の姿がそこにはあった。

 空っぽの家族愛。

 それでもここに存在する。自分という、確かな愛のカタチ、その証明。

 

「だから────」


 再び、煌々と上がる紅蓮の焔。

 一切の容赦なく、異界の空を焦がしていく。

 

「つけさせて貰うわよ。ケジメって奴を。」

「はっ!ガキが、いっちょ前に言いやがる。」

「当然でしょ。私は浅影の現当主なのよ。一族の仇も、裏切り者の尻拭いも、同時に片す!」


 ここで気づく。

 男の魔力が、ここに来てさらに上昇していることに。

 それと同時に覚える、強烈な違和感。


「ハハハハハハ!!やってみろよォ!!アイツが殺るまでもねぇ!今決めたァ!お前らはここで、俺が直々に食い殺す!!

 喰らい尽くし、貪り尽くし、嬲り尽くし、犯し尽くしィ!

 浅影の化けの皮をォ!核心をォォ!!」

「アイツ、変なスイッチ入ってる。コイツぁヤバイぞ。気ィ入れろ!」

「────砕く!!」

 

 二匹の大蛇が、その巨躯をあり得ない程に肥大化させる。


「避けろ!あの攻撃が来────」


 ────と、その時。新矢志輝は、ようやく違和感の正体に気づいたのだった。


(体が、動かない────)


 男を見る。くすんだ緑色の瞳に、三日月の中にある鏡に写る、鎖に縛られた自分と目が合う。


「蛇に睨まれたようにって言葉があるだろォ?」


 男が────いや、蛇蝎が嗤う。

 俺たちは、格好の獲物。

 或いは、もう既に腹の中。


「ま…さか────魔眼か!」


 セメントかコンクリで塗り固められたみたいな、或いは自分の肉体そのものが石像になってしまったのか。

 呼吸も出来るし舌も動くが、"行動する"という概念を拒絶してしまう。

 膨張しきった大蛇が弾ける。

 何千何万の蛇で出来た黒い津波に、俺たち二人は成す統べもなく飲み込まれた。



     ◇



「浅影様。」

「瑠鋳子でいいわ。」


 ある日の夕方の一幕だった。

 浅影瑠鋳子にとっては、既に朧気な記憶の断片。


「では、瑠鋳子様。」

「瑠鋳子でいいってのに。」


 目の前には、二年程前から侍女として雇っている、鳴上家の"元"当主候補。鳴上霖雨が、俯きながら正座している。なぜ"元"なのかと言うと、立候補自体はしたのだが、周りとの実力や才能の差に挫折し、諦めてしまったからなのだそう。

 言ってしまえば、出世争いに破れた敗北者だ。

 私にとって見れば、別にそこまで周りと隔絶した解離があるとは思えない。きっと、僅かな差を大袈裟に見てしまうくらい繊細な子なんだろう。


「誠に申し上げにくいのですが…」

「何々、さっさと言っちゃって。」

「たった今、瑠璃花様が亡くなられたとのご報告が。」

「────そ、」


 鳴上霖雨が顔を上げる。

 少し、驚いている様子だった。

 無理もない。唯一の肉親が死んだというのに、悲しむ素振り一つ見せず、無関心を貫いていたら誰だって驚く。


「薄情な人間だなって思ってるでしょ。まぁ実際そうだだから何も言うことはないし、だから何ってわけでもないわ。

 母さん(アイツ)はさ、ずっとずっと仕事に追われていてね、魔術を教えられたこと以外、私が貰ったものは何一つなかった。食卓を囲んだことも、一緒に寝たことも、悪いことを叱ってくれたこともない。ていうかそもそも、一緒にいたことが殆んどない。

 でも、母さんは私を愛していたと思うわ。じゃなかったらここまで育ててくれないもの。そこは悪いけど譲れない。けど、人間って言うのは、理屈だけでは生きていけない。時には、納得よりも実感を欲するもの。母に愛されていたと言う知識ではなく、体感として得たいと思うのが普通なの。

 でも、私にはそれがない。

 つくづく、どうしようもなく魔術師に向いているんだな、私。」

 

 浅影瑠鋳子は溜め息をつくと、背を向けて寝っ転がりながら肘枕をし、夕陽に照らされた街を眺める。

 街の地平の奥から溢れて視界に満ちる夕陽が、容赦なく彼女の背を翳らせていく。

 

「どう、幻滅した?」


 浅影瑠鋳子が、背を向けたまま問う。


「いえ、私も同じです。」


 ピクリと、背を向けたままの彼女が反応する。


「私も生まれてすぐに母を亡くし、父には逃げられていますので、親の愛の実感が沸かないというのには、共感できるところがあります。」

「共感、か。」


 腕や肘がだんだん痛みを帯始める。限界が近づく前に肘枕をやめ、そのまま仰向けに寝っ転がり言った。


「別に欲しいモノではないわね。承認欲求なんて、魔術師として名を馳せれば、幾らでも満たせるものよ。私が本当に欲しいのはそんなもんじゃない。」

「と、言いますと。」


 彼女は頭を搔きむしると、恥ずかしそうに言った。


「上手く説明できないけど、楽しさって奴かな。私を楽しませるとか、そういう受動的なものじゃなくて、私が楽しむ…というか…まぁ兎に角、そんなところよ。

 アンタを選んだのもそう。アンタをイジるの、楽しいからさ。」


 鳴上霖雨は、しばらくポカンとしていたが、彼女の言葉の真意を読み取り小さく吹き出した。


「…なによぉ」


 ぐるんと寝返って、鳴上を見やる。

 今の自分の顔は多分、結構なしかめっ面をしているだろう。


「いえ、なんでも。」

 

 鳴上が、穏やかにはにかむ。

 何か、ホッとしたかのような顔だった。すぐに自分を気遣ってくれているのだと分かったが、何を言えばいいのかなかなか頭に浮かんでこず、ただただ沈黙が過ぎていくだけである。

 自分の心に問うた。

 自分を引き留める、この違和感の正体は何なのかと。

 心の眼を、自己の奥底に焦点を合わせ、ただじっくりと覗き込む。

 彼女が家にやって来たのは、丁度二年前の冬辺り。春の暖かさが芽吹くには、些か時が足らぬ頃だった。

 最初に見たときは、自己と自然との調和を体現したかのような佇まいに、自分でも驚くほど茫然としてしまったものだ。鳴上家は諜報や暗殺などの、隠密行動が求められる家と聞いていたが、まさかここまでのものだったとはと感嘆した。

 彼女は寡黙で、私の指示通りに命を実行し、私の考えを先読みするかのように行動し、ただひたすらに自らを私に捧げ奉仕していた。

 無駄という無駄を削ぎ落とし、手間という手間を排斥し、極限まで洗練された彼女の有り様は、元来持ち得えていたものあろう天性の美貌も合間って、高名な人形匠がその生涯をかけて作り上げたかのような、精巧にして精細なる一つの答えとなる人形のようであった。

 だからこそ、その裏側に、私はどうしようもない疎外感を憶えていたのだろうと、過去の自分を追憶する。

 嗚呼、ようやく理解した。

 普段から彼女を弄っていたけれど、別にちょっかいを掛けたいワケじゃなかった。いや、ある意味そうかもしれない。

 私はただ、彼女のことがもっと知りたかっただけなんだ。

 自分の意識が、目の前の夕陽に焼けた一室へと戻される。

 彼女は、鳴上霖雨は、それ以上のことは何も口にしなかった。私にお辞儀をしてくるりと振り返り、もとの自分の作業へと帰っていった。

 彼女が扉を空ける。

 夕陽が照らしてくれるのは、この一室だけ。扉の奥へ続く廊下は、少しづつ暗くなっていく。部屋から出ていった彼女の姿は、ゆっくりと闇の向こうへ溶けていく。

 そして、夢として束の間思い出したこの記憶も、彼女に対する実感だけを残して消えていく。

 ただ一度、目の前が黒く染まっていく前に、彼女の小さくなっていくその背中へ、何か思い付いたようにそっと手を伸ばした。

 


     ◇



 微睡みの中で目を覚ます。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。

 確か俺は、男の魔眼で身動きを封じられた後、肥大化した大蛇から出てきた黒蛇の津波に────そうだ、飲み込まれたんだった。

 だが、黒蛇は少なくとも数千匹、いや、もしかしたら実際には一万匹以上はいたかもしれない。例え一匹だけでも、魔術によって強化改造された特別製、しかも明らかにヤバい香りのする雷撃を纏っている。

 一匹一匹が、常人程度ならば簡単に縊り殺せるだけ殺傷能力を保持しているのだ。あれだけの数の猛攻を受けてしまえば、卓越した『強化』が使える浅影瑠鋳子はまだしも、色々とインチキを使っているとは言え、あくまでも肉体は常人と大差ない俺が、アレを生き延びれる道理など存在しない。

 じゃあ、なぜ俺は生きている。

 というか、ここはどこなんだ?

 真っ暗で、なにも見ることは出来ない。特殊な『眼』のお陰もあって、多少暗視は可能なのだが、それでも全くといっていい程視覚で手がかりを掴めないのだ。

 それに、ここはなんだか狭い。布団の中のような感覚なのだが、そうというには少し窮屈すぎる。全方位から体にかかってくる、押し潰されそうな程の強い圧力を感じ、苦悶に一瞬呻いてしまう。

 それに、周囲の感触だが、周りの壁のようなものは何だかごつごつした感触で、少しだけ柔らかい。

 懸命に体を動かしているうちに、一滴の冷たい汗がこめかみを伝い流れていく。しかし、これは体を動かして体温が上がったからだけではなく、純粋にここが熱いことにも起因していた。

 そうだ、ここは熱い。だが、サウナやら火山といった場所のものよりかは生々しい。むせ返りそうな程に空気が澱んでいるところは正に、生物の体内にでもいるかのような気持ち悪さだ。

 膿みのように粘っこい空気が、自分の頬をドロリと撫で上げる。体の奥底から外側まで、一気にせり上がってくる不快感と悪寒を堪えて、必死に辺りをまさぐってみる。

 しかし、なにも見つからない。

 だが、ここがどういう場所なのか、大体の検討は始めから既についている。

 ここは────


『ようやく気づいたかい? そうだよ、俺の()さ。』

 

 夜の砂漠のように冷たい声が、俺の頭を貫いた。


「やっぱり…お前か…!」

『ははははは。ご名答と言うまでもなく、俺だよ。』


 頭の中に直接響くような、全方位に回折しているかのような声。確かに、ここは奴の体内のようだ。


「浅影はどうした。」

『今は、まだ寝かせてやってる。』


 べっとりとした口調が耳に張り付く。

 こいつの狙いは、俺ではなく浅影瑠鋳子だ。

 だが、自分の復讐に関係の無い奴を巻き込みたくないって柄でもなさそうだし、多分俺の様な少々特殊な厄介者は、ここで始末してしまった方が良いと判断されてしまうのは必至であろう。

 今の俺は、大した不調も損傷もなく、至って万全ではあるのだが、文字通り敵の腹の中なこの状況で、しかも浅影瑠鋳子の消息が不明なまま戦うとなれば、一方的どころか絶望的に不利な未来しか見ることが出来ない。


「今…は?」

『あぁ。』


 全方位から容赦なくのし掛かる圧力で、押し潰されそうになっている己の肺に、精一杯空気を溜めこんで掠れながらも言葉を絞り出す。

 ならば、ここで時間を稼ぐしかない。

 どうせ今は敵の手の平の上なのだ。精々優越に駄弁らせてやる。


『これからじっくりと嬲ってやるんだ。死ぬ前にへばっちまって、悲鳴のキレが悪くなられると困るだろ?だから、しっかり休息をとって貰うのさ、束の間のな。』

「はは、悪趣味な奴だ。」


 右手で辺りをまさぐってみる。

 やはり、手に持っていたナイフはどこにもない。別の場所に押し流されてしまったか、或いは────


『残念だが。お前の自慢の刃物はどこにもないぜ。危なかったからな、俺が取り上げさせて貰った。』

「クソッたれが…」


 思わず歯噛みする。

 これは拙いことになったな。これで奴への有効な攻撃手段がなくなった。いや、隠しているもう一本を使えば何とか戦えはするのだが、それは闇討ち用の奥の手としてとっておきたい。

 ならば、自力で脱出するより他にない。


『? おっと…』

 

 全身の力を振り絞る。

 手を下につき、上からのし掛かる天井を背中で押し返す。

 だがしかし、ここの"部屋"の方が何枚も上手だ。赤子の手を捻るように、俺が絞り出した力を上回る圧力で押し返し、伸縮する内壁で体の体制を崩し、十秒足らずで俺を捩じ伏せた。


『止めておけよ。大蛇の質量と動きを見ただろ? あれだけの膂力を備えた群体が、その全てを使ってお前を押さえ込んでるんだ。これでも、結構手加減してやってるんだぜ?』


 大蛇の主が、呆れたように言う。


「だったら、俺を窒息させて殺せるだろ? なぜそれをしない。浅影も大概だが、懐に入られて厄介なのはどっちかっつうと俺の方だろ? 俺がこのまま暴れまくってリソース割かせている内に、浅影が天秤をあっさりひっくり返すかもしれない。どう考えても、俺をここで殺さない理由がない。もしかしてとは思うが、自分の復讐に他人を巻き込みたくないとか、そんな甘っちょろい考えを持っているワケじゃあねぇよな?」


 新矢志輝が、挑発的に言う。


『否定はしないさ。結局、炎ってのは最後は全部灰になっちまうモンだ。俺も、事件当時は復讐のことばっかり頭ン中にあったが、先代当主をぶっ殺してからは正直惰性の方が強い。』

「だったら、」

『こんなことは止めろ、だなんてお決まりな台詞でも吐くか? 生憎、俺はまだやりたりねぇことがある。俺から何もかも奪って、おまけに死体蹴りまでしてくれやがったアイツらに、恥と泣きべそかかしてやるには、命を奪ったぐらいじゃあ全然足りねぇのさ。

 なぁ、魔術師が命に変えても守りたいもの。それが何か知ってるか?』


 言われなくとも分かっている。

 人間っていうのは、命に変えても守りたいものが幾つもある。我が子や、自分が集めた宝物、或いは芸術。自らの生涯を捧げ、自らの死後もこの世に残すことが出来るもの。もしくは、未来に託すことが出来るもの。

 歪極まりないが、魔術師にもそれは存在する。


『"原典"だよ。代々その家系の魔術師達が、神秘の探求と知識の蓄積に人生を捧げて得た成果そのもの。俺はそれを粉々に打ち砕いてやりたい。ははは。アイツら、さぞかし悔しがるだろうな。いっそのこと死んでしまいたくなるだろうなぁ。あぁ、もう死んでいるんだっけか。』

「そうかよ。」


 高揚しながらそう語る男を他所に、新矢志輝は状況打開の考えを巡らせる。

 現時点で俺がするべきことは、自分一人で脱出して浅影瑠鋳子を救出するか、浅影瑠鋳子とコンタクトをとって共に脱出の手立てを考えるか、或いは────


『そうだよ。まぁ、お前さんのことだ。俺が呑気に話をしている内に色々考えてンだろうが、残念ながらお前さんに出来ることは何一つない。おっと、浅影瑠鋳子に頼ったって無駄だぜ。既に理解しているだろうが、ここは俺の体内に等しい。大源の魔力は全て俺が掌握しているんでね。土地のバックアップもないオドだけの術式じゃあ、殆どその真価を発揮できまい。観念して時が過ぎるのを待つんだな。だが、浅影瑠鋳子はまだ目覚めそうにないようでな。折角だから味合わせてやるよ。これから浅影瑠鋳子が受ける所業、その体験版をな。』

「な…に、」


 その一言が終わらぬ内に、すでに変化は訪れていた。


「────!」


 一瞬、意識が飛んだ後、激しい痛みで直ぐ様現実に引き戻される。


「ガッッ────ア゛ァ゛ァ゛ァァア!」


 響き渡る、己が慟哭。

 身体中を駆け巡る、激しい痛みと痺れ。

 関節は硬直し、全身に激しい痙攣が起きる。

 何が起きた。俺は、何をされた?

 目の前で炸裂する金色の輝きで、直感的に状況を感じ取る。

 アレだ。あの男の術式だ。黒蛇に纏わせていた金色の魔力の雷光。それを俺の体に流しやがったんだ。

 雷の出力は、加速度的にその推移を増していく。それに伴って、俺の全身を貫く痛みもより強くなっていく。


「ク、ソ────ガッッア゛ァ゛ァ゛アアアア」


 い、意識を、シャットアウトしなくては。

 痛覚を遮断する。しかし、そんな自由さへも、ここでは許されることはない。


『痛覚を遮断しようたって無駄な足掻きにしかならんぜ。俺の雷はな、関する概念のこともあって、大地という記号とすこぶる相性が良い。そこで、古来より地や水と縁深い蛇を、魔術の媒介として選んだんだ。まぁ、そんなことを長年続けたこともあってか、俺は生物に電気を通し支配することが得意になってな。お前の痛覚を無理矢理意識に紐付けする。そんぐらいならなんてことはない。』


 雷が止む。

 束の間の休息。

 息を切らしながらぐったりと突っ伏している俺に、男は高揚した様子で言う。


『言っておくが、これはほんの片鱗だぜぇ。本番はさらに出力を上げるつもりだ。幾千の蛇が全身の穴という穴を犯し、肉片一つ残さず貪り喰らう。どれだけ耐えられるかは見物だが、

 ────おっと、主役のお目覚めだぜ。』


 脳に揺らめく男の言葉。それを聞き終わる前に、もう一人の気配が濃くなるのを、新矢志輝は感じ取った。間違いなく、浅影瑠鋳子のものだった。

 ここは、文字通りあの男の腹の中であるため、男の気配が色濃くありすぎて一切探れなかったが、浅影瑠鋳子が意識を取り戻したことによって、感じ取れるぐらいまで気配が濃くなったのだ。


「アンタ、私が寝ている間に、随分と好き勝手してくれたみたいじゃない。」


 何処からか響く浅影瑠鋳子の声。

 暗闇のなかで意識を集中する。感じ取った気配と照らし合わせれば、どの辺りにいるのかをある程度判別できる筈だ。幸いにも、いつもの調子で減らず口を叩けてるってことは、取り敢えず心配は要らないだろう。

 まぁ、俺がコイツのことで心配になるってのも、おかしなことではあるが。


「その様子じゃあ、大丈夫そうだな。」

「あったり前でしょ!浅影の当主なめんじゃないわよ!」


 これは想像以上だった。

 いつもの調子すぎる。むしろ、いつにも増して情緒のギアが上がってる?


「────で、私たちをこんなとこに閉じ込めて、どうするってンのよ。」


 調子を仕切り直して、浅影瑠鋳子が言う。この圧倒的不利な状況であっても、その百獣の王のごとき精悍さは崩れることはない。彼女が生来持ち合わせている豪胆さと、浅影当主としての誇りと情緒が、それをより一層強固に仕立て上げていた。


『へぇ、余裕だね。これから情緒も品格も、ぐちゃぐちゃに砕かれ穢され貶めされる、惨めな女のプロモーションとしては最適だ。』


 男の声には、隠しきれない程の高揚が滲み出ていた。

 あの三日月のような瞳が、脳裏に過った。月明かりの影に隠れていたとは思えない程、それはそれは鮮明に。


「あぁ、言い方を間違えたわね。こんなところに私たちを閉じ込めて、どうなるってンのよ。」


 少女の語気は、どんどん熱を帯びていく。

 それだけではない。少女の語気に伴うようにして、魔力が鋭く増幅し、雷鳴を迸らせながら放出される。主武装の例装である梓弓でわざわざ降霊せずとも、雷神の力を拝借し扱うことなど、彼女にとっては他愛もない応用技に他ならない。

 体に纏う雷がさらに激しくなる度に、細かに炸裂する火花は、徐々にその密度と頻度を増していく。少女は最早、一つの雷雲と言ってもいい有り様だ。『眼』も封じられる程の闇の中ですら、その輝きは鮮明に網膜に焼き付いていく。

 しかし、少女が起こすこの暴挙を、蛇蝎と成り果てた男が黙って見逃す筈がない。


『へぇ、じゃあ相撲でもとってみるか?』


 男の挑発的な言葉と共に、周囲に蟠り立ち込める黒い瘴気のような魔力が、浅影瑠鋳子の元に這うように集っていき、金色の雷となってその暴挙を力ずくで捩じ伏さんと襲いかかる。

 少女の蒼き雷光と、男の金色の雷光が衝突し、絡み合いながら互いに食いあっていく。人生で見たことは一度もないが、蛇同士の取っ組み合いとはこのようなものなのだろうか。

 捻れ、荒れ狂い、喰らい合い。互いが互いを侵しながら、自分の色に染め上げんとぶつかり合う。

 どちらも一歩も引かない雷相撲。

 しかし、その勝敗は少しずつ、されど確実に、目に見える差として現れ始めていた。


「くっ────」

『おいおいどうした? もうバテてきちまったか?』


 浅影瑠鋳子が歯噛みする。

 少女の蒼が、金色に染まり始めたのだ。

 当然ながら、ここは男の体内に等しい空間。大源の魔力の制御ならば、圧倒的に男の方に分があるのだ。如何に浅影瑠鋳子が魔術師として、比類なき優れた才覚を持ち合わせていたとしても、この絶対的な差を覆すことは至難である。

 始めの内は競り合ってはいたが、今は辛うじて男の魔力に支配され切っていない状態で耐え抜いている。確実に押されているということは、考えずとも理解できた。

 それだけではない。

 男の体内が、黒蛇の群体が大きく胎動し始める。

 まるで、筋肉に力をこめるかのような────


『ほ~、結構耐えるなぁ嬢ちゃん。じゃあ、こんなのはどうだい?』

「うっっ…ぐぅ…あぁ…」


 少女が小さく呻く。

 浅影瑠鋳子を閉じ込めていた部屋は、急速に収縮していき、少女の矮躯を容赦なく押し潰し始めた。

 雷の押し合いはそのままに、蛇の体は浅影瑠鋳子の小さな体を、拳で握り潰すように締め上げていく。

 蛇は獲物を喰らうとき、獲物の体に巻き付いて締め上げる。その後、窒息で死した獲物の肉体を、我が物顔でゆっくりとご馳走にありつくのだ。

 浅影瑠鋳子は、今や男の獲物でしかない。

 虫の様に締め上げられて、圧力と電気の責め苦で少しずつ弱らせていき、最後は生きたまま、なにも出来ずに食い尽くされてしまうのだ。

 少女の体に密着した内壁から、男の金色に輝く魔力の雷が、少女の体内に寄生虫のように食い込むようにして滑り込んでいく。蒼き雷は徹底的に捩じ伏せられ、抗うことも出来ずに体への侵入を許してしまう。

 魔術回路にレジストされてしまうため、体内に刻まれた浅影の『原典』をどうこうすることは出来ないが、生体電気に干渉し神経系をダウンさせることなど容易い。


「が…あぁ、ん、グッ…ガハッッ」

 

 少女の咆哮は、次第に喘ぎ声へと堕ちていく。

 全身の筋肉が麻痺していき、既にその体は糸の切れた操り人形と化していた。


『は、はは…ははははははは!どうだ、浅影瑠鋳子ォ!母親の仇に、雷で貫かれ、幾千の蛇に全身を犯され、全てを一夜にして穢される感触は!どうだ、浅影のクソども!自らが捨てた刃で、喉笛を切り裂かれた感想は!如何なるモノにも変えがたい!何者にも耐え難い!最ッッ高ォの地獄だったろォ!!はははははははははははははははははははははははは!』

 

 男が呵呵大笑する。

 復讐の甘美に濡れた蛇蝎は、自身の内側に囚われた哀れなる少女をじっと覗き込む。

 最早、少女に抵抗の意思はない。

 ぐったりと仰向けになり、小刻みに震えるばかりである。

 それじゃあ面白くない。

 少女を取り囲む内壁が、溶け出すように歪んでいく。

 黒蛇達が折り重なり合い、伸縮あれどもかなりの硬度と靭性を誇っていた粘膜は、どろりと黒蛇の姿に戻り少女の身体に纏わりついていく。

 ────黒蛇達による凌辱が始まる。

 手始めに服の中へ滑り込み、少女の全身の肌を這いずり、鱗から分泌する特殊な粘液を塗りたくっていく。

 この粘液は、皮膚に付着し続けると、その奥に張り巡らされた神経へと浸透していき、抗魔力を大きく弱める作用のある魔術髄液だ。飛行魔術を行う際、長時間箒に触れる箇所に塗る『魔女の軟膏』と同じ性質を持つ。

 精神と意識を彼方へ飛ばし、魔力回路を賦活させ魔術式の精度と出力、成功率を上げる一種の触媒であるそれとは対称的に、この黒蛇の鱗液は塗ったものの魔力回路の働きを弱め、励起を阻害する鎮静剤のような効果を持つ。

 本来は蛇の使い魔として、大きく外れないためのある種のセーフティーであったが、敵の魔術師への妨害として使うことも出来た。

 身体中を這い回る蛇の活動によって、浅影瑠鋳子の白い着物が大きくはだける。

 暗闇の中で露になる、少女のうら若く瑞々しい柔肌。白絹のように肌理(きめ)の細やかなそれは、未だ蕾のような幼さは有れども、その小さな谷間には秘めたる妖艶さが浮き出ている。少女の持つ生来の可憐さと艶かしさが、美しい比率で共存し、ある種独特な淫靡さを醸し出していた。

 浅影瑠鋳子の白い肌を、黒蛇達は赤黒い舌をだらりと露にし、這いずり回りながらじっとりと舐め始める。まるで、自らの所有物であると刻み付けるかのように。

 少女の汗と黒蛇の唾液が混じり合い、大きな雫となって流れていく。事後に付いた跡は、少女の躯の曲線を強調し、より一層淫靡なものへと仕立て上げていく。

 黒蛇の唾液は、鱗の液と同じように少女の肌へ浸透していく神経毒だ。付着した箇所の感覚器を刺激し、痛みなどに敏感にする薬効を持っている。

  

『もうすぐ頃合いだな。』


 乱れた少女を見ながら、男はニンマリと嗤う。

 そもそも、今までこれらの行為は全て、少女を辱しめる為の拷問だけではない。それどころか、儀式の下準備でしかないのだ。

 男の真の狙いは、浅影瑠鋳子と黒蛇達を介して肉体的に交わることで同調し、浅影瑠鋳子の肉体に刻印されている『原典』を引き剥がし自身に移すことである。

 本来ならば、快楽中枢の刺激による性的興奮の共有の方が、より何倍も成功率が高い。しかし、復讐する相手に気持ちよくなられるのは癪なので、自身の肉体が蛇と化す痛みと、黒蛇に全身を犯される痛みを共有するという魂胆だ。

 

『さぁ、そろそろ始めようか。』


 後は手順通りに進めるだけ。

 少女は既に動かなくなっている。

 とうとう人生の彼岸に王手を掛けたと、勝ち誇った笑みを顔一杯に張り付けながら、男は満足げに嘯き、これから自身に犯される哀れな少女の泣き顔を拝もうと、内壁だった場所に顔を作り覗き込む。

 少女は仰向けに寝転がり、首から下腹部にかけて大量の黒蛇を這わせている。両腕は黒蛇に拘束され、脇が大きく露出する程頭上へ引っ張られている。脚も左右に引っ張られ開脚している状態であり、下着が露になっている。

 どう考えても、一つの魔術組織の長とは思えぬ冷汗三斗の姿であった。

 しかし────

 

 ────それでも尚、少女の不敵な笑みは崩れなかった。

 

(な、なんだ…コイツは…!)

 

 男は、心の中で狼狽する。

 全身を駆け巡る、嫌な予感。

 何か、重要なことを見落としているんじゃないかという、己に対する猜疑心。

 男の勝ち誇った笑みが、瞬く間に霧散する。


「残念。王手を掛けたのは私()よ。」


 少女が挑発的に言う。

 そうだ、ここにはもう一人いる。


「私が明るくしてやったんだから、ちゃんと見つけてるんでしょうね。」


 少女が、期待の籠った声を掛ける。

 誰に?

 決まっている。


「あぁ、バッチリだ。」


 新矢志輝が言った。

 と、次の瞬間。男の身体を、刺すような鋭く激しい痛みが襲う。最早、言葉で表すことさえ出来ない男の叫喚が、辺りの空気をピリピリと揺らしていく。

 それだけではない。

 黒蛇達の結合が一気にほどけていき、二人を閉じ込めていた大蛇の巨躯が、まるで水晶を床に落とした時の様に砕け散った。

 二人が解放される。

 夜の冷気が肌をさらい、鼠色の月が此方を見下ろす。

 嗚呼、ようやく戻ってこれた。と、新矢志輝が安堵する。


「なぜ…だ。何、を。一体何をォ!」


 男は狼狽しながら叫ぶ。

 新矢志輝は始めから、こうするつもりであった。

 恐らく黒蛇の効能であったのだろう。捕らえられていた鳥籠の中は、幾ら黒にまみれているからといって、あそこは些か暗すぎた。

 黒蛇の外皮自体に、極端に光を吸収する特性があったのもある。が、ただ暗いというだけならば、この『眼』には何の意味も成さない。幽霊を見るのに光など必要ない時点で、大体察しがつくだろうと思う。

 問題であったのは、俺たちを蛇の津波に飲み込むときに使った、行動封じの魔眼だった。いや、実際には魔眼に似て非なる特異点だろうか、恐らく内壁に張り付けて常に俺に向けて発動し続けていたのだろう。

 自己暗示によって、精神や思考、認識に影響を及ぼす類いのモノに滅法強い俺が、一瞬でも身動きを封じられる程の代物だ。視覚のみに効果を絞れば、俺の『眼』すら闇へと誘うことも容易いだろう。

 しかしそれでも本当に、俺の『眼』を封じられるとは思ってはいなかったが、浅影瑠鋳子へ力のリソースを割きすぎたこと、俺の『眼』が()()()ことで男の『蛇の眼』の影響が弱まった。

 それに乗じ、浅影瑠鋳子と男の雷鳴の衝突の最中、その木漏れ日を便りに、俺の『眼』で群体の統率個体を見つけ出し、隠し持っていたナイフで殺したのだった。


「おいおい、張り切りすぎだぜ。力みすぎて、破裂しちまってるじゃねぇか。」


 新矢志輝が挑発する。

 黒蛇達が、何十匹も散らばる異様な風景。

 再び、三人は対峙する。


「さっきは色々どうも。ペロペロペロペロしてくれたお陰で、すっかり肌の角質がとれたわ。それにしても、浅影の"垢"を喰わせられるって、アンタにとっちゃあ結構皮肉の効いた結末ね。」


 唾液まみれの少女が言う。

 ただただ汚い。


「何勝った気でいるんだぁ?」


 中空に現れた男の口が、呼吸もせずに言葉を紡ぐ。

 周囲に力なく散らばっていた蛇が、一斉に活気を取り戻し、依り集まって再び大蛇の姿を象っていく。

 そうだ。まだ勝った訳じゃない。


「俺はまだ余力を残している。だが、お前らはどうだ? ここまでの戦いで、大分消耗しているようだが。またこれを繰り返すってんなら、オススメはしないぜ。」


 現状、あの男はまだまだ余力を残している。貯蔵している魔力の三割も削れていたらいい方だ。

 いや、違う。

 奴は魔力を貯蔵しているんじゃない。

 どこからか引き出しているんだ。

 奴が言っていた言葉を思い出す。


『俺の雷はな、関する概念のこともあって、大地という記号とすこぶる相性が良い。そこで、古来より地や水と縁深い蛇を、魔術の媒介として選んだんだ。』


「大地────まさか、」

「よし、やるわよ志輝。アイツの減らず口を、完膚なきまでぶっ潰す!」

 

 浅影瑠鋳子が、張り切った様子で手のひらと拳を合わせる。


「いや、ダメだ。」

「は?」


 浅影瑠鋳子が、珍しく呆けた声を出す。


「お前は祠に戻って儀式を始めろ。」

「なんでよ。」

「元々、それが目的だっただろう。」

「いや、じゃあアイツはどうすんの?」


 そうだ。このまま戦っても、また同じことの繰り返しだ。負のサイクルから抜け出すには、今までとは別のアプローチが必要だ。それを今から実践する。

 まだこの体が、ちゃんと動いてくれるうちに。


「あいつは────あいつを殺すには、俺一人で十分だ。」


 それは、ナイフのように鋭い言葉。

 凍てつくような殺害予告が、乾いた夜に花開く。

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