帰り道
「ごめんっ。部活のミーティングが長引いちゃって」
サヤカが両手を合わせ、俺を拝む。
日も随分落ちた昇降口。蛍光灯が点いてなければ、彼女の顔は見えなかったろう。
外からなだれ込む冷気は制服から浸透し、俺を小さく身震いさせた。
「いいよ。行こうぜ」
俺はサヤカの肩を軽くたたいた。
サヤカと俺はいつも一緒。付き合ってはない。家が隣の、そう、ただの幼馴染み。
小さい頃から何をするにもずっと一緒だったから、彼女の事は何でも知っている。
好きな食べ物、機嫌悪い時の癖。なんなら彼女の、黒子の位置も知っている。
「あのね。今日ね。バレンタインのチョコ、忘れちゃった」
「まじかー……お前それ、へこむわー」
俺は大げさに肩を落として見せた。
彼女のそそっかしい性格も勿論知っている。
忘れ物をして俺がそれを届けるなんて、ほぼ毎日。
出かける日を間違えたり、慌てて部屋着のまま外出しようとする位では、最早驚かない。
「別に学校で貰わなきゃいけないってルールはないし。気が向いたらでいいよ」
「あの……それが、準備できてなくて。本当ごめんっ」
「気にすんなよ」
俺はサヤカの手を取り、校門へと歩く。
彼女の手は俺よりも冷たく、柔らかかった。
「なに本気でへこんでんのさっ」
校門を出て暫く漂った沈黙は、サヤカの声で破られた。
「帰ったらあげるって」
「別に、へこんでねーし」
「ほら、寒いんだから! もうちょっと、くっついてよ」
彼女が俺の左腕に抱きついた。
うんまぁ、ショックなのは確かだ。
今年は手作りチョコ作るんだって、張り切ってたからさ。買い物にまで付き合ったんだよ。
ミーティングとか、チョコ忘れたって嘘も、バレてないって思ってんのかな。昇降口から見える中庭で、先輩にチョコ渡して抱き合ってたらさ、俺でもわかるって。
だからさ……そんなに腕、絡めてくんなよ。