3話 夜になる
前回の続きです
俺は気づいている。この静けさに。
この違和感に。
今までとは違うこの違和感。
篠原はどうだろうか?
言ったほうがいいのか、将又ここは心配をかけてしまわぬよう口を割らずにいるべきなのか……
「戸田くん……気付いてるんだよね」
まさか……
篠原も分かっていたのか……? それでも尚逃げ出さず、何も言わずに着いてきてくれるとは。
流石に考えられない。
「もしかして篠原も分かるか?」
振り向かずに言う。
篠原はうん。と答えると俺は足を止めた。
俺にはどうしたら良いか分からない。もう、どうすれば正解なのか分からない。
冷や汗が額を流れ落ちる。
しかし相手は待つことを知らないーー。
ガゥゥゥゥルゥ
「篠原、走るぞ!!」
俺は後ろにいる篠原に叫ぶと同時に、そこで俺たちを囲み、いつかいつかと待機してたであろう “ 何か ” が勢いよく動き出したーー。
つい数分前、俺達はやけに静かな森に違和感を感じていた。
その時点で何かがいる、ということだけは分かっていたのかも知れない。
俺は篠原の手を強く引く。
きっと俺と篠原とでは体力だって篠原の方がある。
けれど、俺が手を引かないといけないんだ。
謎の使命感によって動いている俺とは対照的な篠原は後ろの状況を確認した。
「戸田くん……! あれ、狼かな」
篠原は喋るのも苦しいだろうに、ゼェゼェと息を吐きながらそう言った。
「分からない。分からないけど、今はとりあえず逃げるんだ!!!」
俺は死にそうになりながらも必死に声を届ける。
今にも倒れ込みそうな足取りで走っていた。
絶対に、絶対に逃げてやるーー!
この時俺は思っていた。
篠原となら、彼女となら、何とかなるんだろうと。
そんな軽率な考えからあんな事になるとは今の俺に知る由はなかった。
「篠原! 後ろ、まだ着いてきてるか確認してくれ!」
「沢山……いるよ……。追い付かれるのも時間の問題だと思う」
篠原は悲しそうに言う。
なんだよ、何なんだよ!
日中は生き物の気配さえ無かったのに、何で今になってこんな……
まさか…森に居る生き物は殆どが夜に動くのか……?
もし本当に狼なら、俺たちに勝ち目はあるのか?
追い付かれたら、後ろにいる篠原が先にやられる。
俺は一体どうすれば…
どうする、どうする、どうする、どうする、
頭を働かせる。が、俺の体は既に酸欠状態。考えることさえもできない。
「篠原、あれ!」
木々の生えていない開けた場所に月明かりが灯す。
そこには誰の物か分からない荷物と、斧が刺さっていたーー。
丁度いい、
あれを使えば倒せるかもしれない!
「戸田くん、何をするつもりなの?」
心配そうな表情で俺の後を走る篠原。
大丈夫、俺が何とかして見せるーー。
俺なら篠原を守れる.…!
「篠原は下がってて!」
俺は力を振り絞って刺さっていた斧を取ると、直進してくる狼らしきモノに振りかざす。
重い……けど、やるしか無い……!
瞬間、相手は一瞬怯むかと思いきや、逆に完全に敵と見做したのか攻撃姿勢に移り変わった。
なっ
後ろにいたのか!
狼らしきモノは、俺に飛び移る。
そして斧を持つ手をグッと鋭い歯で噛みちぎったーー。
俺は必死で剥がそうとするが、手の痛みが尋常ではなく力を出そうにも出せない。
「戸田くん、手が……」
分かってる、分かってるよ!
痛いんだよ、痛い。
痛い。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い!!!
出血している。見れば見るほど痛みを感じる。
俺は狼らしきモノの顔を噛まれてない方の手で思いっきり掴む。
そして足で腹の方に蹴りを入れ、剥がれた隙に起き上がった。
「早く……いこう……」
怯んだ一匹のに仲間が群がってる間に逃げられる。
早く逃げるんだ……
あがっ
俺は入り組む木の根に足を取られ、その体を地面に叩きつける。
「戸田くん……! 戸田くん……!」
篠原の呼ぶ声が聞こえるーー。
俺を置いて……逃げてくれ……。
声に出しているつもりが相手には伝わっていないようで、篠原は俺の体を揺することを辞めない。
駄目だ……このままだと篠原が……。
分かっているのに、分かっているのに、体は言うことを聞かない。
だんだんと視界が暗くなっていく。
ああ、これから俺は狼に喰われて死ぬのか。本当に死ぬんだな。
篠原を巻き添えにして……。
ここがどこかも分からなかったな……。
結局この森を抜け出す方法さえも見つからなかった。
俺の誓いはこの程度のものだったのか。
最低だな
俺はーーーー。
目の前に置かれた手からは血がドバドバと溢れている。
呼吸音が静かになっていくのが分かる。
そして俺はそっと目を閉じた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これからも宜しくお願い致しますm(__)m