【第二読目】補習室の怪
その日は偶々補習があった日だった。
昨日夜遅くまでバイトしていて小テストの予習を怠ってしまったため、今日のテストがギリギリアウトだった。
「…はぁ」
ため息をつく。
呼び出しをくらって、補習室に来いと言われてから約二時間。
待てど暮らせど先生が来ない。
呼び出しといてそれは無いだろうとか思うけど、そもそも小テストで赤点を取った俺が悪いんだから仕方ないといえば仕方ない。
だから真っ白いノートに真新しく絵を描いていたのだが。
「…暇だ」
そう呟く。
絵は進むが他は何も進まない。
別の事を考えるとしても何もない。
もちろん、先生が来る気配もない。
「…あー…今日みたいテレビがあったのに…」
残念ながらこの時間じゃ間に合わないだろう。
そういえば、補習の先生はいつも数十分遅刻が当たり前の先生だったと思い出す。
ふとクラスメイトのヤツがここについて話してた事を思い出した。
“なぁ、知ってるか”
“この学校の補習室、出るんだってよ”
出る。
なにが出るのかは判らない。
どうせ幽霊とかそういう類のモノだろう。
「…どうせ噂だろうし。にしても遅ぇなぁ…」
あんまり気にしていない。
視えないからでもある。
でも一番の理由は関係が無いからだ。
こんな広い世の中だからそういうのはいるのかもしれない。
ていうか実際に霊感のある友達が視たと騒いでいたからいるのだろう。
でも、居ても居なくても俺には関係ない。
関わりが無いから。
人間、関わりが無いモノには居ても居なくても無関心なのである。
と、先生に声をかけられた。
「おや、もう来ていましたか」
「先生が遅かったんですよ…今五時ですよ?」
「はは、これはこれは…すみませんねぇ」
「別に良いですけど…で、今日はプリントですか?」
いつも補習はプリントでしている。
でも珍しく今日の先生の荷物にはプリント類がない。
「おや?持ってきたと思ったんですけどねぇ…」
ガサゴソとカバンを漁る先生。
…この先生、大丈夫か?
半分呆れて先生を見守る。
「…すみません、プリントが無いので…」
「また明日の放課後ですか?」
荷物をまとめる。
明日なら何も予定は無かったはずだから大丈夫だ。
早くテレビを見たいので、そそくさと席を立つ。
するとニコニコしながら先生は言った。
「いや、今日は特別に違う方法でします」
違う方法?補習を?
と、その時。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。
突然、教室中の机と椅子が揺れ出した。
「!?」
慌ててしゃがみ込む。
何だ?何が起こったんだ?
先生はニコニコしたまま続けた。
「君、幽霊などは居ないと思ってるんですって?」
唐突に何の話をするんだ。
関係無いだろう、今は。
眉を寄せて先生を見る。
「それは残念ですねぇ…」
なにが残念なんだ。
訳も分からずに呆然と先生を見つめる。
今起こっている事がわからない。
ニコニコとして先生が俺を見つめる。
ニコニコと。
ニコニコニコニコニコニコニコニコと。
ぞっとした。
クラスメイトの話の続きを思い出す。
“補習室になってる教室あるじゃん?”
“そこ、昔自殺した人がいたらしいぜ”
“え、何年の生徒か?”
“何言ってんだ?生徒じゃないぞ?”
“そこで自殺したのはな”
“生徒じゃなくて、先生なんだよ”
ひっ、と変な悲鳴が口に出る。
目の前の教室がいつもと違う雰囲気になる。
薄昏い、鬱々とした雰囲気。
外もさっきまで明るかった。
なのに今は星一つない真っ暗闇だ。
震える身体を抑えて考える。
そもそもこいつ、いつ廊下を歩いてきた?
廊下を歩く音なんかしてない。
そして扉を開ける音もしてない。
気付いたらそこにいた。
気付いたら目の前にいて、声をかけられた。
つまりこいつは廊下を歩いてきたんじゃない。
最初から扉の内側、教室にいたんだ。
でも俺は気付かなかった。
視えてなかった。
誰がそんな芸当出来るのか。
簡単だ。
そんなの、幽霊にしか出来ないじゃないか。
「そうです、正解です」
ニコニコと笑いながら先生は言う。
「私はもうこの世にいないモノですよ」
拍手までして。
「ところで君、私とゲームをしませんか?」
なあに簡単なゲームです、と気持ち悪い声が言う。
「私から逃げるだけですから。
時間は夜が明けるまで。君が勝ったら家に帰してあげ
ましょう。ただし私が勝ったら、」
にたりと嗤う。
響く声に絶望する。
「君に私と一緒にこちら側にきて貰います」
先生はとても愉しそうに嬉しそうに嗤った。
△▲▽▼
翌日。
学校の補習室から一人の男子生徒の遺体が発見された。