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9.「本当の実力」

 ギルドに併設された食堂で、俺はなんともいたたまれない想いをしている。

 ひそひそ声に、同情たっぷりの視線。


 食堂の人々はほぼ全員、さっきの事件を知っているんだろう。

 なにせ、ギルドの目と鼻の先で巻き起こったんだから。


 侯爵令嬢で、『Sランク冒険者』まで秒読みとまで噂されていた実力者が、実はパーティメンバーをダンジョン内に置き去りにした挙句、素材だけを奪い去るというハイエナじみた真似をしたと認めたのだ。それも、かなり口汚い言葉を添えて。

 彼女が侯爵に引っ張られて去ってからも、しばらくギルド前の人だかりは消えなかった。今自分たちの見た光景、耳にした言葉が現実だったのかを確かめ合ったり、あるいはあまりのショックに身動きひとつ取れなくなっている人までいたっけ。


 俺はギルド前からそそくさと抜け出して、こうして食堂にいるわけだ。ひと休みするには場所が悪いのは自覚している。

 わざわざギルドに併設された食堂にいるのには、少しばかり事情があった。



『大変だったね』


 マルスの声は相も変わらず耳元で奇妙な具合に響く。

 テーブルに広げた俺の手のひらを、彼女は踊るようにぴょんぴょんと飛び跳ねていた。


 大変か。正直、さっきはどうなることかと思った。

 それにしても、マルスは一体何者なんだ。


『火の妖精だよ』


 それは知ってる。でも、妖精ってのは人の口を自由に動かすこともできるのか?


『お口?』


 さっきリリアにアレコレ喋らせてたじゃないか。

 まさか、あいつが自分の意志で一切合切ぶちまけるわけがないし。


『ふふふ。少しだけ正直者にしてあげただけ。妖精は人の心を読むのも、心を解放するのも自由なの』


 助かったよ。おかげでリリアは侯爵に引っ張られていったし。

 多分、もう会うこともないだろう。


 不意にマルスが俺の手で遊ぶのをやめて、逃げるように肩へと移った。


 顔を上げると、両の腰にサーベルを提げた男がこちらへと歩いてくるのが見えた。

 侯爵の従者。確か、カルロという名前だ。


 俺が食堂で待機しているのは、彼が理由だった。今回の件の謝罪を含めて色々と話をしたいらしい。


「待たせたね」

「いえ、別に。でもカルロさん、時間は大丈夫なんですか? 侯爵のお付きなんじゃ」

「それは気にしなくていい。用事を済ませたらすぐに戻る」


 座るや否や、カルロさんは深々と頭を下げた。


「リリア様が随分とご迷惑をかけたようで、申し訳ない」

「気にしてませんよ。平気です」


 まったく気にしてないと言えば嘘になる。

 ただ、いつまでも引きずる気はないだけのことだ。俺はこれまでの理不尽な生活からようやく解放されて、これからは冒険者として一人で生きていく。


「それにしても、君は本当にケルベロスを倒したんだな」

 カルロさんはほんの少し口の端を持ち上げ、人懐っこく目を細めた。


「ええ、まあ」

「なのにCランク?」

「そうですね。ランクはCで、スキルも『防御の構え』しかないです」


 腕時計に触れると、半透明のウィンドウが空中に表れた。


~~~~~~~~~~~

【職業】盾使い

【冒険者ランク】C

【貢献度】0

【習得スキル】

防御の構え

~~~~~~~~~~~


 内容はこれまでと変わらない。見慣れた画面だ。


 カルロさんは反転したウィンドウの文字を見つめ、何やら怪訝そうな表情を浮かべた。


「やっぱりな……。君、いつから壊れた腕時計を付けてるんだ?」

「え? 壊れてる?」


 どういうことだ。


「こっちに付け替えるといい。さっきギルドの受付から『盾使い』用の腕時計を貰ってきた。ちょうど在庫があって良かったよ」

 そう言って、カルロさんは真新しい腕時計をテーブルに置いた。


 冒険者はギルドに加入する際、必ず腕時計を貰う。自分のスキルや貢献度を確認するのが主な目的だ。

 そういえば俺は、リリアから腕時計を貰ったっけ。ギルドへの加入手続きのほとんどは彼女が代行して、俺は宿屋で待機していたのを覚えている。『アンタはグズなんだから宿屋で待ってなさい。いい? 勝手に外出したら承知しないから』といった具合に。


 慎重にバックルを外し、新しい腕時計をつける。


「よし。もう一度スキルボードを見てごらん」


 カルロさんの言葉に頷き、時計の盤面をタップした。


~~~~~~~~~~~

【職業】盾使い

【冒険者ランク】C

【貢献度】0

【習得スキル】

オートガード

魔法防御

魔物引き寄せ

雷耐性

麻痺耐性

熱耐性

冷気耐性

シールドバッシュ

暗視

~~~~~~~~~~~


「え。なんだこれ……。『防御の構え』がなくて、何か色々ある」

「上位のスキルを会得すれば下位のスキルが消えるのは常識だ。君の場合、『防御の構え』は『オートガード』に進化してる」


 スキルの進化なんて初めて聞いた。


「『オートガード』?」

「勝手に発動する防御だよ。まあ、知らないのも無理ないか。君にとっては、一気にスキルが増えたも同然だものな」

「この、『暗視』ってのは暗闇でも視界が効くとか……ですか?」

「ああ。読んで字のごとくだ」


 思わず首を傾げる。

『氷の迷宮』で俺の視界は真っ暗なままだった。


「でも、ダンジョンで視界が効かなかったんですが……」

「なら、習得したばかりなんだろう。『暗視』スキルが身に付いて、発動する前にダンジョンを抜けたとか」


 なるほど。それなら理屈は通る。

『暗視』の上に書かれている『シールドバッシュ』は、ケルベロスを撃破した盾殴りのことだろう。


 そこでふと、疑問に思った。

 カルロさんは侯爵の侍従だ。どうして冒険者に関する様々な物事に詳しいのだろう。さっきだって、ケルベロスの牙から魔物の匂いの鮮度を嗅ぎ取ってたし……。


「そういえばカルロさん、冒険者に詳しいですね」

「昔、冒険者だったんだ」

「そうだったんですね。きっとすごく優秀だったんじゃないですか?」

「そんなんじゃないよ」


 カルロさんは苦笑を浮かべてから、スキルボードに視線を戻した。

「それにしても、おかしいな」

「何がおかしいんですか?」

「貢献度だ」


 確かに。貢献度は以前と同じくゼロで、冒険者ランクもCのままだ。


「スキルがこれだけ充実してるのに貢献度がないのはおかしいな。もしかすると、この腕時計も壊れてるのかもしれない。ちょっと来てくれ」

「あ、はい」


 立ち上がったカルロさんに続く。

 食堂を抜け、併設されているギルドの受付へと歩いていった。


 カルロさんに気付くと、受付のお姉さんがパッと笑顔を咲かせた。

「あ、カルロさん。さっきの腕時計はいかがでした?」

「壊れてるかもしれない。彼につけてもらったんだが、貢献度がゼロだ。これまで何度もクエストを達成しているはずなんだろう、彼は?」


 すると受付のお姉さんは自分の腕時計に触れ、ウィンドウを展開すると、するすると指で操った。俺のように半透明じゃなく、裏側――つまりカウンターのこちら側からは何を確認しているのか分からない。おそらく、過去のクエスト受注履歴とかだろう。


「ちょっと失礼」とお姉さんは断って、俺の腕時計をいじくり、再び自分のウィンドウをすいすい操っていく。


 やがて彼女は、ほんのり眉間に皺を寄せて首を横に振った。

 そして、とんでもないことを口走る。


「ルークさんのクエスト達成記録はありません。全部途中でリタイアしています。パーティ脱退で」

「……リタイア? 脱退?」


 なんだそれ。身に覚えがない。


 困惑する俺をよそに、カルロさんは納得したのか「ああ、なるほど」と頭を掻いた。


「つまりだな、君は毎回パーティからキック――脱退させられてたんだ。パーティリーダーにはその権限がある。で、キックされた奴に貢献度は入らないし、当然冒険者ランクも上がらない。貢献度はメンバーで分割するから、残ったメンバーはその分余計に貢献度が入る。普通はそんな不正には気付くし、露見すればギルドからペナルティを受けるんだが……」


 ああ、そういうことか。

 どうやらリリアは俺の冒険者ランクが上がらないよう、毎度毎度小細工をしてたらしい。彼女がスムーズにAランク冒険者に到達したのは、貢献度を独り占めしてたからだろう。


 おそらく腕時計も、どこかから壊れた品を手に入れてきたに違いない。いつまでも初期状態から成長しないグズ、って擦り込みを確固たるものにするために。

 彼女の目論見通り、俺はまんまと気付かなかった。


「すべてはリリア様が意図的にやったらしい。ルーク君。本当にすまなかった」

「頭を下げないでください。カルロさんは何も悪くないんですから。それに、ようやくリリアから解放されて気分がいいんです。俺の冒険者生活はこれから始まると思えば、全然平気ですよ」


 カルロさんは困ったような笑顔を浮かべた。


「君は心が強いな」

「強くなるしかなかったんです」



◇◇◇



 カルロさんは別れ際、ずっしりと金貨の詰まった袋を俺にくれた。

『これで君の失われた時間がチャラになるとは思っていない。侯爵からの、せめてもの慰藉だ』と言って。


 断ったけど相手も退かず、何度か押し問答した結果、受け取ることになった。

 考えてみれば俺は一文無しだったので、素直にありがたい。これでしばらく宿と食事には困らないだろう。



 拳を握って、開く。いくつものクエストが張り出された掲示板を見上げながら。

 肩には火の妖精マルス。彼女はどうやら、俺にくっついて自由を謳歌するつもりらしい。『これからどうする』と訊いたら、『飽きるまで一緒にいる』と気ままな宣言を返したのだ。


「さて、と。どれにしようかな」


 ここからだ。


 ここから、俺の本当の冒険者人生が始まる。

お読みいただきありがとうございます!

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