8.「嘘と真実」
侯爵は黙って俺を睨んでいる。ケルベロス討伐を含め、俺の発言を一切信じる気がないのは表情で分かった。
だとしても、一歩も引く気はない。
ケルベロスを倒したときの様子も付け加えた方がいいか。
うん、そうしよう。
決心した瞬間、別の声が耳に飛び込んできた。
「お父様。……あたくし、少し気分が悪いの。先に宿屋に戻ってもいいかしら……?」
リリアはいかにも弱った声で言った。
そんな彼女に、侯爵が頷いて答える。
「ああ。始末は私がつけよう」
確かにリリアの様子は、さっきから少しだけおかしかった。
俺がケルベロスの話を出したあたりから、周囲をきょろきょろ見回したり、額を押さえたり、落ち着きがない。今では心なしか顔色も優れないように見える。
「ありがとうございます、お父様。それでは……」
「お嬢、お待ちください」
去りかけたリリアを、侯爵の従者が呼び止める。
彼女は立ち止まり、ぎこちなく振り返った。
「な、何?」
「お持ちのポーチは冒険者用の『素材回収鞄』でしょう? それを預からせていただいてもよろしいですか?」
リリアはポーチを外し、ぎゅっと胸の前で抱きしめた。
「駄目に決まってるわ! あたくしも乙女なのよ!? 色々な私物が――」
「そこに入るのは冒険者用のアイテムや素材だけです」
「だとしても、プライバシーってものが――」
「お嬢。まさかとは思いますが、そこにケルベロスの素材が納められていないでしょうね?」
リリアの顔がサッと蒼褪める。
「カルロ! 貴様、私の娘を疑っているのか!!」
「侯爵。私はお嬢の潔白を証明したいと思っているのですよ。先ほど、そこの青年はお嬢がケルベロスの素材を回収したと主張しました。であれば、素材の有無で判断できるでしょう」
一拍置いて、侯爵が険しい顔で頷いた。
「む……確かにそうだ。リリア。こんな茶番はすぐに終わらせてしまおう。ポーチをカルロに渡しなさい」
にじり寄るカルロ。じりじりと後退するリリア。
「お嬢。どうしたのですか? 早くポーチを渡してください」
リリアの真っ赤な唇がぱっくりと開き、荒々しく息を吸う音が聞こえた。
「ま、前にっ! 前に、その、レアな素材を譲ってもらったことがあるんですの! だから、もしかしたら、ケルベロスの素材が混じってる……かも」
「ともかく、ポーチを」
「う、うぅ……」
茶革の洒落たポーチがカルロの手に渡る。彼は目礼し、素早くバックルを外した。
彼が、やや黄ばんだ鋭い牙を取り出すまでにそう時間はかからなかった。
「これは……ケルベロスの牙ですね。採取されたばかりの素材に違いありません。魔物の匂いが濃く残っていますから」
「だから! それは前にもらったやつなの! あ、あ、貴方に魔物の匂いなんて分かるわけないでしょ!? あたくしにだって匂いなんて分からないんだから、てきとうなこと言わないでくださる!? それに第一、貴方誰よ!? お父様が新しく雇った護衛か何かでしょ!? お父様を騙さないでくださるかしら!?」
リリアの奴、ヒステリーを起こしてるな。もう半分以上、素が出てる。
彼女が人前でこんなふうに叫んだのは初めて見た。多分、こんなに追い詰められたのも初めてなんだろう。
侯爵が一歩、娘に寄る。
てっきり彼女を庇うのかと思ったが違った。
「リリアよ。私はカルロを全面的に信頼しておる。……お前はあくまでも認めないのだな?」
「なんで、なんであたくしよりもそいつを信じるの!? おかしいわ……おかしいわよ、お父様」
顔を覆って地面に座り込む彼女を、可哀想だとは思わなかった。ただ、誰にも信じてもらえないつらさは何度か経験している。
息を吸い、リリアを見つめた。
「リリア。いい加減正直に白状したほうがいい」
顔を覆っていた手をどかすと、リリアは猛烈な勢いで俺を睨みつけた。
――全部アンタが悪い。アタシにこんな屈辱を味わわたアンタが悪い。
そんな声が聴こえるようだ。
不意に、視界をマルスが横切った。彼女は空中を滑り、俺が「あ」と声を漏らしたときにすでに、リリアの額にタッチしていた。
その直後。
「アタシはちっっっっとも悪くないんだから!! そこの馬鹿ルークがアタシに逆らうからこんな目にっ!! せっかくタダでSランク魔物の素材が手に入ったのに、最低! というか、なんでアタシより格下の雑魚を身代わりにしちゃいけないわけ!? 死んだって誰も困らないような人間じゃないの!!」
「え」とか「ひっ」とか、言葉未満の音がいくつも重なった。野次馬たちはもちろん、侯爵も目を丸くしている。でも、一番驚いているのはなぜかリリア本人のようだった。
彼女はぎょっと目を見開いて、それから口を覆い、ぶんぶんと首を横に振る。それでも言葉は止まらない。
「だいたい、なんで雑魚ルークがここにいんのよ! さっき迷宮に置き去りにしたばかりじゃないの!! ご丁寧に暗視魔法を解除したのになんで!? これまで一度だって逆らわない下僕だったくせに、なんで、なんで、なんで、今になってパーティ抜けるとか馬鹿なこと言うのよ!! 装備を買ってあげなかったのが不満だったの!? それとも今まで散々イジメたのが気に入らなかったって言うの!? もしかして時計のこと知ってたの!? それとも職業――」
ぷつん、と音がしそうな勢いで、唐突にリリアの声が途切れた。彼女は両手で強く口を塞いでいる。
……ここまで本音をぶちまけるなんて予想外だ。というかありえない。
俺の肩へと舞い戻ったマルスは『くすくす』と声に出して笑った。
多分、マルスが何かしたんだろう。
「ち、ちち、違うの!! 今のは口が勝手に――」
「リリア。もう喋らなくていい」
侯爵の声は酷く冷淡だった。あんな言葉を聞かされたら、そりゃそうなるだろう。
彼は俺へと向き直り、目をつむって首を横に振った。
「娘が随分と失礼をしたようだ……」
「いえ、別にかまいません。ただ、もう一緒に冒険することはありませんけど」
「当然だろうな。……どうやらリリアは、一から性根を叩き直す必要があるようだ」
リリアは父を見上げて「勝手に決めないで!」だの「私は悪くない!」だの喚いていた。
しかし侯爵は一向に取り合わない。彼女の手を引いて立たせると、厳格な口調でこう言った。
「私と共に領地へ戻るぞ。お前は冒険者の器ではない」
リリアは、ただ呆然と父親を見上げていた。
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