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7.「侯爵登場」

 ベリア・フォン・ルーデンス侯爵。

 リリアの父だ。

 普段は地方の領地経営に勤しんでいるはずなのだが、どうして王都にいるのだろう。しかも、こんな最悪のタイミングで出くわすなんて。


 いくら幼馴染とはいっても、侯爵と直接顔を合わせたことはほとんどない。記憶してる限り、たった一度だけだ。


 孤児院でも孤立しがちだった俺は、誰も使わなくなった納屋でよく遊んでいた。干し草をよじって人形を作ったり、尖った石で壁に絵を描いたり。いつしかそこにリリアが来るようになったのだ。


 彼女が貴族だと知ったのは、冒険者ギルドに入るために王都へ行く直前のことだ。見送りに来た侯爵がアレコレとリリアに心配の声をかけ、俺にも「リリアにもしものことが無いよう、気にかけてやってくれ」と言葉を掛けてくれた。侯爵が孤児に話しかけるなんて滅多にないことで、だから俺は、少し名誉に感じたのを覚えている。


「お父様……? どうして王都に?」


「愛娘の様子を見に来たのだ」とホクホクした表情で返す侯爵。

 その隣で、サーベルを提げた従者らしき男が黙りこくったまま、じっとリリアを見つめていた。


「で、だ。この騒ぎはどうしたことだ?」


 リリアの顔が、ゆっくりと俺の方を向く。両の瞳が怪しく輝いたのは、嘘の涙のせいだけではないだろう。


 ああ、まずいな。侯爵に告げ口するつもりだ。


「お父様。ルークがあたくしのパーティを抜けるって言うの。彼、少し混乱してるのよ。お父様からも説得してあげて……?」

「ううん? どうしてそんなことになっておるのだ。ルークとやらは確か、お前と一緒に旅立った者だろう? 経緯を話してごらん」


 それから彼女の語ったことは、聞くに堪えない嘘ばかりのストーリーだった。


 俺の頼みでAランクダンジョンに突入したこと。

 リリアの反対を押し切って、俺が独断で強敵へと立ち向かっていったこと。

 強化魔法(バフ)をかけても、手も足も出なかったこと。

 俺がリリアに逃げるよう指示を与え、彼女は一緒に残ると何度も主張したが、半ば無理矢理『転送石』で帰還させられたこと。

 こうして帰還した俺は魔物との戦いの後遺症か何かで冷静な判断ができず、リリアを拒絶していること。

 それでもリリアは、このまま一緒にパーティを組んでいたいと健気に(・・・)主張していること。


 視界の真ん中に火の妖精マルスがふわふわと浮かぶ。

 彼女は腕組みをして、俺とリリアを交互に見た。


『あの女の人、自分で自分に混乱の魔法をかけたの? 言ってることと事実が違うよ』


 そういう奴なんだ。


『わたしの火であいつのローブを燃やしてあげる?』


 手出ししないでくれ。なんだか余計に問題がややこしくなる気がする。


『そう』


 マルスはなんとなく不服そうだったが、俺の肩へと戻った。

 彼女の声と姿に反応する者はいない。

 侯爵も例外ではなくて、目の前で仁王立ちして俺だけを睨んでいた。


「話は聞いたぞ。ルークよ。お前には、私の娘を気にかけてくれと頼んだ覚えがある」

「俺も覚えてます。幼馴染だったので、これまで彼女と一緒に冒険をしてきましたし、怪我だってほとんどさせませんでした」

「それは、感謝する。が、此度の一件はどうなのだ? 結果的にお前もリリアも無事に帰還したようだが、すべてはお前の独断だったのだろう? リリアは、そんなお前を許すと言っているのだ。これからも冒険者として共に歩んでくれと言っておるのだ。麗しい友情(・・)だとは思わないか?」

「素晴らしい美談です。それが真実なら」


 ざわ、と周囲に緊張が走るのが嫌でも分かった。


「真実なら……? お前、私の娘が虚言を吐いていると言うのか?」

「残念ながら、ほとんど嘘です」


 ざわめきが大きくなる。


 今までみたいに、その場しのぎの言葉でへらへらとやり過ごせばいいのに、と我ながら思う。だけど、リリアに関してはもう、相手が誰であろうと取り繕う気はない。それが賢くないタイプの強情さだということは自覚してる。


「なるほど。先に言っておくが、お前の言葉が偽りなら、リリアを侮辱したことになるぞ。リリアの父たる私の顔にも泥を塗ることになる。それでいいか?」

「かまいません」

「であれば、お前の思う真実を述べるといい」


 どちらが真実かを判断する方法が、はたして侯爵にはあるんだろうか。いや、そもそも彼は判断する気があるのか疑問だ。一方的に娘が正しいと決めつけて俺を断罪するようにも思える。


 ……それがどうした。


 取り繕って、愛想笑いを浮かべて、言葉と心の暴力を耐えて、それで得たのは『見捨てられた』という事実だけ。

 俺はもう、これまでの自分(・・・・・・・)を続けるつもりなんてない。


「まず、Aランクダンジョンの踏破クエストを受注したのはリリアです。そもそも、クエスト受注は常に彼女の独断です。俺に選択権なんてなかった」


「なんで嘘つくの!?」とリリアが叫んだが、侯爵は特に反応しなかった。

 俺に向けてひと言「続けろ」と呟いただけだ。


「ダンジョンで俺たちは、ケルベロスに出くわしました。敵はまだ俺たちに気付いてはいなかったので、逃げることを提案しましたが……リリアは受け入れてくれなかった。先手を打って彼女が攻撃し、それでこちらの存在に気付かれてしまったので、戦わざるを得ませんでした。いつものように俺が盾役になって、リリアが攻撃する戦法です」


「それで?」


「自分の攻撃が通用しないことに絶望したのか、彼女は俺を置いて逃げました。その後でなんとか俺一人で討伐したんですが、彼女は素材回収のためだけに戻ってきましたよ」


 話している間、段々と周囲のざわめきが強くなっていった。今ではほとんど喧騒に近い状態になっている。

 そのなかにはリリアの「ひどいわ!」とか「なんでそんなこと言うの!」とか、お決まりの『被害者感たっぷり』な言葉が混じっていた。


「にわかには信じがたいな。ケルベロスは強い魔物なんだろう? 一人で倒せるものかね。……おいカルロ! どうなんだ! ケルベロスは一人で倒せるのか?」


 侯爵の斜め後ろでずっとリリアを見ていた従者が、こちらを振り返った。


「ケルベロスはSランクの魔物です。Sランクの冒険者であれば単独で討伐可能でしょう。Aランクの冒険者であれば、連携の取れたメンバーが最低五人は必要かと。Bランク以下は、何百人いようと絶対に(・・・)勝てませんね」


「ふむ。ルークよ。お前のランクは?」

「Cランクです」


「カルロ! Cランク冒険者がケルベロスに勝てるのか?」

「不可能です」


「……だそうだ。お前の主張は、誰が聞いても信じるには足らん。ケルベロスを倒したのは嘘だな?」


 誰も信じてくれないとしても、かまわない。

 侯爵の鋭い視線を真っ向から受け止め、俺はハッキリと言い切った。


「いえ、真実です。自分でもどうして勝てたのか不思議ですが、倒したのは事実です」

お読みいただきありがとうございます!

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