【リリア視点】4.「侯爵令嬢は報告する」
「一昨日は久しぶりにルークとクエストに行ったわ。しょうもない採取クエストよ。まあ、ピクニック気分を味わいたかったんでしょ、きっと。しょうがないから付き合ってやったわ」
故郷の町。
その外れにアタシはしゃがんでいる。
空は山吹色に染まっていて、空気に夜の気配が混じっていた。
「はーぁ。Sランク冒険者を二人も連れてお花摘みだなんて、ルークはいつまで経っても頭の中がお花畑ね。……しかも! しかもよ! 摘んだ『匂いリンドウ』を片っ端からキュールが食べちゃうのよ! だから最終的にクエスト失敗! Sランク冒険者が二人もいるパーティでCランクの採取クエスト失敗だなんて笑い話にもならないわ! ……あ、そっか。カルロはキュールのこと知らないわよね。ルークが手懐けたブレイド・ドラゴンの名前よ。まったく、甘えん坊なやつなのよコレが。隙あらばアタシを食べようとするんだから……」
風が吹いて、髪が乱れた。
「そろそろ髪を切ろうかしら。……カルロ。どんな髪型が似合うと思う? って、アンタに聞いてもしょうがないわよね」
お父様の召使いのカルロ。
アタシの冒険者生活を逐一コントロールした厄介者。
彼に教わったことの中で、アタシがモノにできた教えはごくごく一部だけだ。
まず体術。
盾役がいない以上、敵の攻撃に対しては自分で対処するしかない。生きるか死ぬかの問題だ。だからこそカルロは容赦なかった。
組手で地面に転がされた回数は百回以上だと思う。
こっちは侯爵令嬢で、しかも立場上は雇い主なのに遠慮しないんだから本当に最低。
次に魔力の集中方法。
カルロに言わせるとアタシの魔法には無駄が多かったらしく、必要最低限まで魔力を絞り込むための訓練をさせられた。座禅とか呼吸法とか効果があるのかないのか怪しい修行ばっかり。
でも結果的に魔法の出力と精度は飛躍的に上がったんだから馬鹿にはできない。
あとは杖の手入れの仕方だとか、火のおこし方だとか、魚のさばき方だとか……とてもじゃないけど令嬢のやるようなことじゃない範囲まで教わった、というかやらされた。
おかげで野宿のできる令嬢になりましたとさ。
美味しいおつまみの作り方も教えてくれたっけ。
結構重宝してる。だって、ひとりでギルドの食堂に行きたくないときもあるし。
ああ、それと、大事なことがもうひとつ。
嘘のつき方だ。
「この間の魔王討伐……アンタの真似したんだけど、生き残っちゃったわ」
カルロは一流の嘘つきだったと思う。
昔のアタシは意地っ張りで、身の丈に合わない強がりで、だから言うことを聞かせるためにカルロはよく嘘をついた。
『次のクエストを達成したら、お嬢のギルド出禁は解除します』って言ったくせに、アタシがしっかりこなしちゃうと『駄目ですね。まだ一人前と言えないので出禁です。砂糖菓子をあげますから我慢してください』とか最低のことを言ったりした。
でも、これは全然マシなほう。
もっと最低の嘘もある。
『これは雷撃の石というアイテムです。王都のギルドを強く思い浮かべながら、目をつむってください。そうすればお嬢の魔法は誰にも負けないほど強くなります』
Sランク魔物ケルベロス。そいつを相手にしている最中、カルロはそう言って石ころを渡してきた。
本来、ケルベロスが出現するようなダンジョンじゃなかったのに。おそらく魔王出現騒ぎで魔物の生成に乱れが生じていたとか、そんな理由だろう。
カルロとアタシは共闘したけれど、劣勢だった。
だからカルロの言葉を信じて縋った。
ケルベロスを倒すだけの力をアタシにください、って。
彼が命令した通り、王都のギルドを強く強くイメージして。
あのときは必死だった。
だから、カルロが渡したアイテムが『転送石』だと気付いたのは王都に転移してからのことだ。
それからのことは断片的にしか覚えていない。
情けないくらい自分は取り乱していて、ギルドの受付で「カルロを助けに行って」と喚き散らしたことはちゃんと覚えている。
たまたま手が空いていたアスラがダンジョンに向かったときには、もう手遅れだったらしい。
それからアタシは必死で強くなった。
カルロはあのとき確実に嘘をついたのだけど、アタシはそれを嘘にしたくなかったから。
あれは『転送石』なんかじゃなくて、誰にも負けないくらいの力を授けてくれる『雷撃の石』なんだって思いたかった。
もちろんそんなものは存在しないわけだけど、嘘を嘘にしたくなかっただけの話。
カルロの死に際がお母様と一緒だったことを知ったのも、後の話だ。カルロの葬儀のときにお父様が、涙を拭いもしないで話してくれた。
魔王の内側でルークを先に進めることができたのは、アタシにも嘘つきの才能が――ありがたいことに――あったからなんだと思いたい。
でもやっぱり未熟だから、スマートにはいかなかった。
◇◇◇
冷たい風が肩口を撫でて通り過ぎた。
「さて、と。今度はもっともっとすごい土産話をしてあげるわ。だからアタシの召使いとして、天国で正座して聞きなさいな。……じゃあね」
そう残して、アタシは墓地を出た。
一陣の風が吹いて、雑草がザアアと波立つ。
振り返ると、何もかもが太陽の最後の光に染まっていて、点々と並ぶ白の墓石が、金色の海で一層煌びやかに映えた。
本作はこれにて完結となります。
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