5.「妖精との出会い」
「まさか二度も見捨てられるなんてな」
Aランクのダンジョンで一日に二回も仲間から捨てられる経験をしたのは俺だけなんじゃないか?
でも、今さら悲しみなんて感じない。これでリリアと縁が切れたのならそれでいいんだ。むしろ、絶縁宣言をした上で一緒に帰路を辿るほうが憂鬱だったかもしれない。
うん、きっとそうだ。リリアが『転送石』を持っていたことを逆にラッキーだと思うことにしよう。
「それにしても、何も見えないな」
視界は真っ暗で、自分の手さえ見えない。
手探りで進んではいるものの、今いる場所がダンジョンのどのあたりなのかさっぱりだ。入り口に近付いているのか、それとも遠ざかっているのかも分からない。
ありがたいことにまだ魔物とは遭遇していないが、耳を澄ますと微かにイエティの唸り声や、氷漬けの岩肌を引っ掻く音がしている。
ケルベロスだって撃退できたんだからイエティも盾で殴れば倒せる……はず。いや、でも、さっきみたいに気絶したら困るな……。
「ん?」
なんだろう。遠くのほうに赤い光が灯ってる。
ダンジョン特有の罠かもしれないが……。
「行ってみるか」
決心して光のほうへ足を向ける。少しずつ、慎重に。
光は周囲を照らし出すことなく、それ自体が輝いていた。暗闇のなか、俺の視線の高さに浮かんでいる。
目の前まで来ると、ようやく光の正体が分かった。
「妖精……?」
光の中心に、手のひらサイズの女の子がふわふわと浮いている。花びらを逆さまにしたような真っ赤な服を着ていて、髪色は深紅でポニーテール。そして背中には薄い羽が生えていた。
彼女は膝を抱えて目をつむっていた。
寝てるみたいだ。
それにしても、妖精を見たのは初めてだ。大昔に絶滅したって本に書いてあったのを覚えている。
まじまじと眺めていると、やがて妖精は目を開けた。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
妖精に言葉が通じるのかは分からないけれど、ついついそんなことを言ってしまった。
小さな瞳は俺を覗き込んだまま、まばたきひとつしない。
やがて、赤い光のなかで妖精の唇が開いた。
『わたしは火の妖精マルス。お願い、ここから出して』
え。
妖精って喋るのか?
確か本では、言葉を理解しない生き物だって書いてあったような。
しかも、声の具合もなんだか変だ。なんだか耳元で囁かれてるような響き方してるし。
『お願い。もう独りぼっちは嫌なの』
「でも、どうすれば……」
『光の外に出してくれるだけでいいの。お願い。出してくれたら、なんでもしてあげる』
見返りは別にいいんだが、触っても大丈夫なのか?
火の妖精って言ってたし、触れた瞬間に全身火だるまにされたりとか……。
『火だるまになんてしないから。火傷だってしない。だから、お願い』
『そりゃ助かる。――って』
今、俺の心読まなかったか……?
『近くにいる生き物の心の声が聴こえるだけなの』
「マルス、って言ったっけ。……なんかすごいな、君」
『どういたしまして。助けてくれる……?』
「あー、うん。もちろん」
実を言うと、こっちだってかなり心細かったんだ。リリアがいなくなって晴れ晴れした気持ちなのは事実だけど、暗闇の迷宮を独りぼっちで歩くなんてゾッとする。
『そのまま手を伸ばして、わたしを掴んで』
「こう?」
妖精の身体を両手で包み込む。小さな手足が、手のひらにちょこちょこと触れた。
『そう。ゆっくり引き寄せて』
「分かった」
光の中心から、おそるおそる手を引いていく。
やがて、ふ、っと何も見えなくなった。
「光が消えた……」
『ありがとう。あなたの名前は?』
やんわりと塞いだ手の内側が、つんつん、と二度つつかれた。
「どういたしまして。俺はルーク。ただの冒険者だ」
『ルーク。あなたの望みを叶えてあげる』
「望み?」
『目を閉じて』
俺の望みって、何のことだ。いきなり言われても困る。
それでも素直に目を閉じていた俺は、火の妖精に何かを期待していたのかもしれない。俺の深層心理を読み取って、心の奥底に眠っている何らかの想いをかたちにしてくれるんじゃないか、と。
三秒か四秒。俺が目を閉じていたのはそれくらいの時間だった。
瞼にじんわりと光が滲んで、思わず目を開けると――。
「え……どうしてギルドの前に……」
馴染み深い、王都のギルド。年季の入った両開きの扉が、通りを挟んですぐそこにある。
ぽかんとしていると、耳元でマルスの声がした。
『帰ってこれたね』
「ダンジョンを抜けたかったのは間違いないけど、ギルドの前って……」
王都に帰るくらいなら、どこか辺境の町でいちから冒険者人生を始めたかったんだけどな。
それに、ギルドの前というのは大問題だ。
『問題なの?』
そりゃあもう、重大な問題がある。
『どんな問題?』
どんなって――。
ギルドの扉が開き、ハンカチで顔を覆った『賢者』と、彼女の肩を抱き寄せる長髪の男が現れた。
「リリアさん、そう落ち込まないでください。貴女は何も悪くない」
「嗚呼、でも、あたくしが悪いの……ルークは懸命に戦ったのに――ぃい!?」
幽霊でも見たような仰天の表情をするリリアに、俺は苦笑を浮かべることしかできなかった。
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