45.「絶対防御」
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もし全部を守れなくても、ルークさんに責任はありません。
これだけは分かっていてください。
ルークさんが全部を背負う必要なんてないんです。
たとえ魔王のなかにルークさんの一部が使われていたとしても、責任はボクにしかありません。
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◇◇◇
細く狭い下り坂を歩いている。
一歩ずつ、確実に。
天井も床も左右の壁も、これまでの道と同様に堅牢な黒の材質だった。
大小様々な赤い半透明の球体があちこちに嵌め込まれていて、それらが不揃いに明滅している。
ケイトさん。
システィーナさん。
キュール。
アスラさん。
リリア。
全員の力を得て、俺は今進んでいる。
誰が欠けても成立しなかった道のりだ。
やがて坂が終わり、ドーム状の広間にたどり着いた。床はあちこちに亀裂が入っていて、その小さな隙間からときおり溶岩が跳ねている。
広間の中心に、こちらを見つめて佇む人影があった。
その全身はオレンジ色の炎に包まれていたが、外側にハネた深紅の長髪も、同系色の赤を基調として黒のレースをふんだんにあしらったドレスも、炎の影響を受けてはいない。
「久しぶり、ルーク」
広間の中心にいる長身の女性。その声は聞き馴染みのあるものだった。
別段驚くこともない。
「随分大きくなったな、マルス」
「魔王になったからね」
俺は足を止めず、ゆっくりと彼女のもとへと歩く。
顔立ちも、記憶にあるマルスそのものだ。パぺの体を乗っ取ってそのまま使っているわけではないらしい。
「よくここまで来られたね」
「色んな人の力を借りたんだ」
「ふぅん」
「お前が魔王の核――本体か?」
「そうだよ。これまでルークが進んできた道は、わたしの鎧みたいなもの」
なるほど。それならマルスをなんとかすれば全部終わるわけだ。
「じゃあ、すぐに始めよっか」
刹那、マルスの手から炎が伸びて俺の胴に巻き付いた。
「そーれ!」
ぐん、と体が引っ張られて天井に叩きつけられる。
ドカァン!
ぶつかると同時に天井が爆発し、その衝撃で地面に弾き飛ばされた。
炎の鞭は俺に巻き付いたまま。
ドォン!!
地面にぶつかると再び爆発が生じ、また天井に打ち上げられる。
吹き飛ぶ方向を鞭が操り、俺は何度も床と天井、あるいは壁を往復した。
ドカン! ドカン!! ドガァン!!!
「アハハハハハハハハハ!」
マルス、楽しそうだな。
まるで玩具で遊ぶ子供だ。
目まぐるしく攪拌されては閃光に焼かれる視界のなかで、そんなことを思った。
ドガァァァン!!
地面に叩きつけられた俺は、何度かバウンドして転がった。
炎の鞭はいつの間にか消えている。
「全然平気?」
「ああ。ダメージゼロだ」
膝を払って立ち上がる。
あれだけ大袈裟な攻撃を受けたのに体のどこにも痛みがない。
何度か溶岩に触れたはずだけれど熱も感じなかった。
ただ、マルスの攻撃が弱いわけではないのは分かる。
常人なら叩きつけられるだけで大怪我だろうし、爆発に耐えられはしない。今ごろ塵も残さずこの世から消えているはずだ。
「ふーん」
マルスは子供のように口を尖らせる。
ちょっとはダメージが通ると期待したんだろうか。
「じゃあ、コレならどうかな」
マルスが片手を掲げる。すると彼女の頭上の空間が渦巻くように歪んだ。
やがて渦の中心に小さな火球が現れる。
「街ひとつ吹き飛ぶくらいの魔力を凝縮した、とっておきのボールだよ」
「そうか」
「せーの、えい」
軽い掛け声とは裏腹に、火球は弾丸のごとく放たれた。
一直線に俺の腹に命中し――。
ドォォォォォォォン!!
閃光で視界が白く染まり、爆風で吹き飛ばされ壁に激突した。
土煙のなか、俺は広間の中心へと歩く。
「なあ、マルス」
「ふーん。これも平気なんだ。じゃあ貫通するやーつ」
彼女が両手を前に突き出すと、広間全体にいくつもの小さな渦が生まれた。
「ハチの巣になっちゃえ」
またも弾丸じみた速度の球体が、渦から一斉に放たれる。
キンキンキンキンキン!
球体はいずれも俺に触れると跳ね返り、壁や地面に小さな穴を空けた。
「えい、えい」
渦からは間断なく弾丸が射出される。
すべてが俺の体を撃ち抜く軌道で、しかしなんの痛みもない。
足を止めず、致命的な雨の中を進む。
彼女の前まで来ると攻撃がやんだ。
「マルス」
「じゃあ、パンチとキックする」
マルスの姿が一瞬にして消え、気が付くと俺の体はくの字に折れて吹き飛ばされていた。
一直線に壁に激突する軌道だったのだが、途中で背中に強い衝撃を受けて逆方向に吹き飛ぶ。
蹴りか殴打か分からないが、俺は広間の中を滅茶苦茶に飛び回らせられていた。
地面にめり込まされて、ようやく視界が安定する。
が、攻撃はそれで終わりじゃないらしい。
天井を蹴って猛スピードでこちらへと迫るマルスが見えた。
「スペシャルパーンチ」
バゴォン!!
と轟音がして岩盤が――というより床を形成していた魔王の一部が砕け散った。
もっとマシな名前を考えたほうがいいんじゃないか、と言おうとしたのだが、すでに体は溶岩の海に呑まれていて声が出なかった。
前後左右、どこもかしこもオレンジ色に染まっている。手足を動かすと粘っこい抵抗を感じた。
地上に上がろうと溶岩を掻いた瞬間、目の前にマルスの顔が現れる。
『溶岩でも死なないんだ。でも空気がなきゃ死んじゃうでしょ?』
耳の奥でマルスの声が響く。
懐かしい。
そういえば彼女は、こうやって直接語りかけることができたんだっけ。
じゃあ昔みたいに俺の思考も読んでくれるかな。
マルス。聞こえてるか?
『聞こえてるよ。死んじゃうまでちゃんと見ててあげる』
そのことなんだが、残念なお知らせだ。
俺は窒息しない。
『なにそれ』
理屈は俺も分からないんだが、多分、酸素の代わりに魔力で維持してるとかじゃないか。
十年間の修行のなかで、自分が死ぬ方法を割と徹底的に検証してみた。
なかでも溺死は分かりやすい死因だ。呼吸ができなければ死ぬのは人間として当たり前のことで、だからこそそれを超克するために何年か費やした。
極寒の湖に潜水して、酸素がない状況に体を慣れさせていった結果、俺の防御スキルはその環境にも順応してくれた。
最終的には湖の底で一週間過ごしたっけ。
肉体側で現状を極限状態と判断すれば食事も必要としなくなるようで、水中生活の間は何も口にしなくとも問題なかった。
『それ、もう人間じゃないよ』
人間なんだけどね……ちょっと自信がなくなるよ。
俺は苦笑してから、地上に向けて泳いだ。
マルスもきっと呆れたんだろう、邪魔は入らなかった。
「ぷは」
溶岩から上がって周囲を見渡すと、すっかり床が砕けていた。残骸が飛び飛びの足場となっている。
しばらく待っていると、マルスが別の足場によじ登るのが見えた。
次の攻撃が来る前にトントンとそちらへ移動し――。
「スキル『遠隔防御』」
足場ごと、俺とマルスを球状の防御壁が包み込む。
半透明のブルーのバリア越しに、濃淡様々な赤の光が見えた。
「なにこれ、出して」
マルスは俺に背を向けてバリアをガンガンと叩いている。
「壊せないよ。体力の無駄だからやめたほうがいい。……ふぅ」
足場に胡坐を組む。
するとマルスは、露骨にムスッとした表情で見下ろした。
まあ、不愉快にもなるだろう。
閉じ込められるのは誰だって気分がいいものじゃないから。
「マルス」
「なに」
言っておかなきゃならないことがある。
本来は再会してすぐに宣言しなきゃいけなかったことだ。
ある程度彼女に好き放題暴れさせてやりたかったから、ついついここまで延びてしまった。
「君を攻撃するつもりはない」
マルスの目が訝しげに歪んだ。
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