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43.「ケルベロス」

―――――――――――

3653日目

―――――――――――

深夜、起きてこれを書いています。窓のすぐ外で虫が鳴いていて、そういうときって、なんだか余計に静かな感じがしますよね。


マルスちゃんは今、ベッドで寝たふりをしてくれています。

ボクが何を書いているのか聞きませんし、ボクも言い訳がましく説明したりはしません。


今日は朝から大忙しでした。

午前中は授業の一環で近くの草原まで行ったんですけど、途中で豚さんに似た魔物に出くわしました。

護衛で来ていた冒険者さんに助けてもらいましたけど、少しどきどきしてしまいましたし、こんなとき格好良く守って上げられたらなあ、とも思いました。

ボクは冒険者を辞めてからほとんどのスキルを失ってしまったので、もう戦ったりはできないんです。残念ながら。


お昼は草原でみんなとお弁当を食べたんですけど、年少の子が四葉のクローバーをプレゼントしてくれました。大事にすると約束したので、ガラスのケースに入れて引き出しの奥に仕舞ってあります。

大事なものはそうやって仕舞っておくしかないんです。


午後は学校に帰って授業をして、それから夜までシスターとお買い物。

といっても子供たちの筆記具だとか学校の備品だとか、あるいは孤児院で使うための品々です。


でも、びっくり。

宿舎に帰ったときにシスターから髪飾りをプレゼントされちゃいました。


贈り物って幸せな気持ちになりますよね。

どんな品であっても、まごころさえあれば一生の宝物になりますから。

髪飾りも、やっぱり引き出しに仕舞ってあります。


宿舎の食堂でごはんを食べて、洗い物をして、水回りのお掃除をして。

部屋に戻ると真っ先にマルスちゃんに叱られちゃいました。

最後の日なんだからお仕事なんてしなくていいのに、って。


ボクはむしろ、今日が忙しくてよかったと思ってます。

しみじみ物思いに(ふけ)るのもいいですけど、普段通りがやっぱり一番なんです。


夜明けと同時に、ボクはマルスちゃんの力で相応(ふさわ)しい場所にワープして、そこで魔王になります。

自分が自分じゃなくなるのを怖いとは思いません。それを選んだのはボクですから。

自分じゃなくなっても、ルークさんに会えるのは希望です。


ルークさん。

あなたはボクの希望なんですよ。


この日記は、今ははっきりと、あなたに向けて書いてます。

恥ずかしいですけど、読まれることを分かって書いてます。


ルークさん。

ちゃんとボクを倒してくださいね。

全力じゃないと駄目ですよ。


魔王パペは最強なのです!


なんて……。

―――――――――――



◇◇◇



「キモイし熱いし最悪……!」


 魔王の外殻(がいかく)を突破してから、俺たちは順調に進んでいた。


 様々な幅の一本道が何度も折れたり上下したりしながら延々と続いていて、さながら選択肢のない迷路のようだ。迷う心配はないけれど、今自分がどのあたりにいるのかはまったく分からない。


 壁も床も漆黒で、天井に埋め込まれた赤い鉱物が(あわ)い明滅を繰り返している。

 リリアが文句を言うのも分かるくらいには、おどろおどろしい道だ。


 そして温度も高い。

『防御付与』のおかげでいくらかカットできているだろうが、それでもリリアはだらだらと汗を垂らしている。


「ポーションポーション……」


 リリアはポーチ型の『素材回収鞄』から熱耐性のポーションを取り出して、一気に飲み干す。

 さっきからそうやって五分おきにガブ飲みしていて、もう十本以上になるんじゃなかろうか。

 お腹タプタプだろうに。


「なんでアンタは平気なのよ……」

「そういう体質なんだよ」


 俺が割と平気なのは、スキル『絶対防御』のおかげだろう。

 何年も修行しているうちに温度の高低はまったく問題にならなくなった。マグマを泳げるかは分からないが、超高温くらいなら特に何も感じない。


「ねえ」


 手でパタパタと顔を(あお)ぎながらリリアが言う。

 先ほどまでのダルそうな口調ではなくて、気を張った声だった。


「なんだ」

「この魔王って、悪い妖精と、アンタの友達と、アンタの一部が合体したものなんでしょ?」

「それ、誰から聞いたんだ?」


 パペが魔王になったことは、今のところケイトさんにしか伝えていない。報告の場に居合わせたアスラさんとシスティーナさんも知ってはいるけれど。


「ギルマスからメッセが来たのよ」

「……?」


 ギルマス?

 メッセ?


「はぁ……。ギルドマスターからスキルボードを通じてメッセージが来たってこと」

「へえ。今はそういう機能があるのか」


 スキルボード――腕時計は、十年で随分と進化したらしい。


「個人的なやり取りはできないけどね。あくまでギルマスからアタシたち冒険者に指示が来るか、アタシたちからギルマスに報告を飛ばすかだけ」

「それ、ケイトさんの負担が大きくないか?」

「ケイトさんって……。あのね、普通の冒険者はギルマスと直接やり取りできるわけないでしょ。受付まで報告を飛ばす程度よ。ギルマスに直接報告できるのはアタシのようなSランク冒険者だけ」


 だからケイトさんに魔王出現の報告ができたということか。


「ん……広い場所に出たわね」

「ああ。でも相変わらず一本道みたいだ」


 グルルルルル……。


「リリア、敵だ」

「いちいち言わなくても分かって――」


 彼女が絶句したのも無理はない。

 道の先から二体のケルベロスが現れたからだ。


「リリア、下がれ!」

「下がるのはアンタよ、ルーク」


 リリアの声は随分と冷たく響いた。

 そして彼女は俺が止める間もなく敵へと駆けていき――。


「雷撃魔法『ボルト・ブレード』」


 リリアの杖から溢れた雷が大剣のかたちへと安定する。

 彼女は駆け抜けるように、ケルベロスへと斬撃を浴びせた。


 動きを止めたケルベロスの先で、リリアがゆっくりと振り返る。

 すると、敵の体がぼろぼろと崩壊した。


 彼女は何も言わず、ただただ俺を見ている。

 俺もまた、なんの言葉も口にしない。


 やがて、どちらともなく歩みを再開した。



◇◇◇



―――――――――――

ルークさんとパーティを組んで冒険したら、きっとすごく楽しかったんじゃないかなって、今でも時々考えてしまいます。


協力して魔物を倒したり。

手に入ったスキルで新しい作戦を立てたり。

珍しい素材で装備を整えたり。

たまに野宿なんかもしたり。

おいしいごはんを二人で食べたり。


素敵な景色に見惚(みと)れてるとき、隣にルークさんがいる。

そんな、あったかもしれない毎日のことを想像すると、決まって胸が痛くなります。


でもこの胸の痛みはきっと、悪いものじゃありません。

幸せな痛みです。


こんな湿っぽいことを書いて、本当に駄目ですねボクは。


ルークさんの力は「守る力」です。

だから、全力で世界を守ってください。

魔王になったボクとマルスちゃんは、きっと全力で世界を壊そうとしますから。


ボクは、あったかもしれない幸せだけで満足です。

過去には戻れませんし、どうすればよかったかも分かりません。

だから、空想のなかで満足するしかないんです。

―――――――――――

お読みいただきありがとうございます!

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