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41.「『殲滅』の冒険者」

 殲滅令嬢リリア。


 雷の魔法を専門とする賢者であり、その超攻撃的かつハイスピードな戦闘模様はベテランの冒険者の思考を停止させるほどの圧巻ぶり。

 彼女が攻略した直後のダンジョンは一匹たりとも魔物がいない。なぜなら息の根のある魔物はすべて雷撃の前に崩れ落ちるのだから。

 いつしか人々は畏怖(いふ)を込めて、彼女に『殲滅』の称号を与えた。


 ――とまあ、こんな具合の話をアスラさんから事前に聞いていた。言葉の合間合間にたっぷりの罵倒が入っていたが、要約するとこんな感じになる。


 リリアが冒険者に復帰していたとは思っていなかったし、それがSランクにまで上り詰め、しかもアスラさんも一定の評価を与えるまでの実力をつけているというのだから驚きだ。

 俺の生存についても、彼女には何年か前に伝えたらしい。


「アンタたちは全力で町を警護なさい。ここが魔王にもっとも近い町だってことを(きも)(めい)じて、命尽きるまで戦うのよ」


 整列する冒険者たちにそう命じると、リリアはキュールの(あご)に触れた。


ブレイド・ドラゴン(剣山竜)……随分と珍しい乗り物を持ってるじゃないの。ルーク。この子はアンタのペット?」

「乗り物でもペットでもない。仲間だ」

「ふぅん。なんでもいいわ。しっかりやってくれさえ――きゃっ」


 ぱくん。


 得意気に顎を撫でまわしていたリリアが、突然キュールに上半身を食べられた。

 といってもキュールに人を傷つける力はない。口のなかでリリアを舐め回す程度だ。


「アーハッハッハッハ!! クソダセえ! ハッハッハ!! イッヒッヒッヒ!!」


 アスラさんが腹を抱えて爆笑している。

 悪い人だ……。


「キュール! それは食べ物じゃない。離すんだ」

「きゅる……ぺっ」


 キュールはぶんぶんとリリアを振り回した挙句、勢いよく地面に吐き出した。べちゃ、と。


 冒険者たちがざわざわしている。

「殲滅されるぞ……」なんて不穏な呟きが聞こえた。


 ゆっくりと立ち上がったリリアは、案の定キュールの(よだれ)でべとべとになっていた。


 タオルとか持ってたっけ、俺。さすがに申し訳ない。


『素材回収鞄』を探ろうとした矢先、リリアは(ふところ)から短い杖を取り出して自分自身に向けた。

 華美(かび)なドレスローブには似合わない、年季の入った木の杖である。


「治癒魔法『浄化』」


 べたべたのぐしょぐしょになっていたリリアの上半身が、元の通りに戻っていく。


「悪いリリア、キュールはなんでも口に入れたがるんだ」


 なんでも、というわけではない。変なものを見かけると口で確かめようとする癖はある。

 まあ、方便だ。


 リリアは鋭く俺を見据(みす)えてから、よく通る声で言った。


「たかだかブレイド・ドラゴン(剣山竜)のいたずらごときで怒らないわ。可愛いものよ」


 整列した冒険者たちがホッと吐息を漏らすのを、俺は確かに見た。


 彼女はキュールの鱗を足場にして器用に背中まで駆け上がると、高らかに言い放つ。


「さ、早くしなさいな。魔王は悠長に待ってくれないわ」



◇◇◇



―――――――――――

3620日目

―――――――――――

マルスちゃんはどうしても人間を許せないみたいです。

ボクのことは例外だって言ってくれますけど、それとこれとは別だとも言っています。

マルスちゃんが強がっているわけじゃないことはボクにも分かってきました。


多分本当に、マルスちゃんは復讐から逃げることができないんだと思います。


でもそれって、とても哀しい。

どこかに出口がないか探してしまいます。


最近、シスターに心配されることが多くなりました。

「ぼうっとしてますけど大丈夫ですか、悩みがあるなら相談に乗りますよ」

シスターに言える悩みならよかったのに、と心の底から思います。

―――――――――――



◇◇◇



「どういう教育をしてるのかしら!? おかげで恥をかいたじゃないの!! この竜が乗り物だろうとペットだろうと仲間だろうと恋人だろうとなんだっていいわ! とにかく全責任がアンタにあるってことをよぅく理解なさい!」


 キュールが飛び立つや(いな)や、リリアは(まく)し立てた。

 キュールが彼女を口に入れてしまったのは、まあ、俺に責任がある。

 それは別にして、なんだか嫌な昔懐かしさをひしひしと感じていた。

 どうやら先ほどの大人な応対はほかの冒険者に向けたポーズだったらしい。


「悪かった。水に流してくれ」

「十年経って随分と図々しくなったわね、アンタ。まったく――」


 俺が思わず苦笑すると、アスラさんが口を挟んだ。


「そのへんにしとけよババア。相変わらず器の小せえ奴だ」

「ババアですって!? まだ三十にもなってないんですけど!? 五十のジジイに言われたくないわ!」

「あと半年で三十だろ? 祝ってやるよ。おめでとう三十歳! そのまま独身街道を突っ走ってけ」

「はあぁぁぁぁ!? アンタだって独身でしょーが!」

「独身の何が悪いんだクソ女。小せえ脳味噌いっぱいに詰め込んだコンプレックスがダダ漏れになってんぞ」

「ちっっっっともコンプレックスじゃないんですけど!? アンタの方こそコンプレックスの塊なんじゃなくって!? チビガキジジイじゃない!」

「テメェは相変わらず年上への敬意ってモンを知らないみてぇだな。もうじき三十だってのに哀れなモンだ」


 酷い言い合いだな……。

 しかもなんだか慣れた雰囲気さえある。

 もしかして二人とも顔を合わせるたびにこんな感じなんじゃ……。


 二人は、ちょうど俺を挟んでバチバチと言い争いをしている。

 なんとも肩身の狭い位置関係だ。


 しかも二人とも吹き飛ばされないように足を踏ん張ってまで、立ち上がっての言い合いをしている。



「二人とも、そろそろ……」


 言いかけて、言葉を飲み込んでしまった。

 リリアが杖を構え、アスラさんは自分の胸に手を当てたのだ。


 え。

 さすがに今この状況で決闘なんて始めないよな……?


 と思った瞬間。


「雷撃魔法『ボルト・アロー』」

「鉄鋼魔法『黒砲(コクホウ)』」


 リリアの杖から雷の矢が飛び出し、同時にアスラさんの背中から筒状の帯が伸びて弾丸を放った。

 互いの攻撃は互いの頬すれすれをすり抜けていき――。


「「ギェェェェ!」」


 二重の悲鳴が響き渡った。


 レイスという魔物が存在する。ランクはA。ボロボロのローブをまとって空中を漂う魔物だ。攻撃の瞬間だけ姿を見せ、それ以外のときは透明になっているという厄介極まりない特徴がある。


 二人を襲ったのはレイスだった。片や黒焦げになり、片や体の中心を撃ち抜かれたレイスが、後方へと流れていく。


 どうやら二人とも同時に不可視の魔物を(とら)えたらしい。


「普通この高度にレイスはいねぇな。ありゃ低地の魔物だ」

「ええ。魔王の統率下にある魔物と考えるのが妥当(だとう)ね」

斥候(せっこう)と見るべきだろうな」

「同感。これから面倒な魔物がうじゃうじゃ出てくるでしょうね」


 急に真面目になったな。

 さすがSランク冒険者というかなんというか……いつもこんな感じなのか?


「で、だ。テメェが確認した魔王の情報を全部寄越せ」

「……魔王はこれまで通り、前例にない異形の存在として現れたわ。引き継いでるのは『鎧の魔王』の外皮だけで、姿はまるで別」

「ほぉ」

「今回は火山のひとつと一体化してるわ。しかも厄介なことに、頂点には『砲台のような』筒がある。可動式と思ったほうがいいわね」

「へー。そんじゃ俺たちに向かってぶっぱなしてくるかも、ってことか」


 二人の会話を聞きつつ、立ち上がる。


 多分二人も気付いているだろう。

 前方から異常な速度で何かが真っ直ぐ接近していることに。


 意識を集中し、接近速度を計算する。


 五秒もしないうちに、キュールの頭ほどもある真っ赤な球体が猛烈な速度で迫ってくるのが見えた。

 あれが魔王の砲弾なんだろう。


 右手に握った木の盾を突き出す。


「キュール。そのまま速度を落とさず進行――スキル『遠隔防壁』!!」


 淡いブルーの半球状のバリアが、キュールの頭を中心に展開され――。


 ドガァァァン!!


 バリアに激突した砲弾が轟音とともに弾けた。


 俺たちは無傷で、『遠隔防壁』にも傷ひとつない。


「アンタも十年間、遊んでたわけじゃないのね」

「まあ、それなりにね」


 振り返り、リリアに笑いかけた。

 我ながらすごく不器用でへたくそな微笑みだったと思う。

お読みいただきありがとうございます!

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