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4.「絶縁宣言」

「やっと起きたわね」


 瞼を開けると、俺を見下ろすリリアがいた。すっかり見慣れた、不機嫌そうな顔をしている。

 俺の胸を片足で踏みつけていることにも、何の疑問も感じない。いつだって彼女は乱暴な起こし方をしてきたから。ベッドから床へと転がされて踏みつけにされた事だって一度や二度ではなかった。


「ここは……」

「はぁ!? 寝ぼけてんじゃないわよ! 『氷の迷宮』よ!」

「い、痛っ……分かった分かった。とりあえず足をどけてくれ」


 リリアは足をどけると、最後に一発、俺の脇腹に軽く蹴りを入れた。

 痛い――けど、いつもよりはマシだ。普段はもっと容赦なく蹴ってくるのに。


 身を起こすと、全身に気怠さを感じた。

 そういえば、俺は何で眠ってたんだっけ。


「まさか、アンタみたいな雑魚がケルベロスを仕留めるなんてね。どうせアタシの攻撃で瀕死の状態だったんでしょ」


 ああ、そうそう。ケルベロスを倒した後、疲れて動けなくなったんだ。


 段々と記憶が蘇ってくる。

 リリアと一緒にAランクダンジョン『氷の迷宮』に足を踏み入れたこと。

 道中は何の問題もなく進んでいたこと。

 ボス部屋でケルベロスを発見したこと。

 リリアが無謀にも、雷の魔法を放ったこと。


 そして――。


「……どうして戻って来たんだ?」

「はぁ? 素材回収に決まってるでしょ。ダンジョンを出る前に地図を確認してよかったわ。マーキングしたボスが消えてるんだもの。おかげでレアな素材がたくさん手に入ったわ。これを売ったお金で、もっと上級の装備を買えるわね。フフフ! ああ、言っとくけどアンタの装備は買わないから。ケルベロス相手に無傷なんだから必要ないでしょ」


 あたりを見回すと、すでにケルベロスの姿はない。どうやら彼女が素材回収したというのは本当らしい。

 倒した魔物を素材レベルに分割して回収するために、特殊な技術や時間は必要ない。俺たち冒険者はギルドに支給された『素材回収鞄』を持っていて、それを開けば近くにいる魔物は一発で回収可能だ。素材への分解は鞄が自動的に行ってくれる。アイテムも一緒に収納でき、素材やアイテムの具体的なイメージを頭に浮かべて手を突っ込むだけで取り出し可能の優れものだが……もちろん俺は、ほとんど使ったことがない。


「リリア、ひとついいか?」


 リリアが怪訝そうに眉間に皺を寄せる。


「何よ。自分が倒したんだから、素材は自分の物だって言いたいわけ!? そんな図々しい――」

「素材は全部君にやるよ。聞きたいのはそんなことじゃない」

「じゃあ何よ。早く言いなさいよ鬱陶しい」


 立ち上がり、真っ直ぐリリアを見つめる。


「次、同じように強敵と遭遇したらどうするんだ」

「アンタを囮にしてアタシは逃げるわ。当たり前でしょ。アンタの命よりアタシの命のほうが重いのよ! むしろ、犠牲になれることに感謝なさい!」


 感謝か。

 もう、うんざりだ。


「リリア。今までありがとう」

「そうそう、それでいいのよ。常にアタシを敬いなさい! これからも感謝を忘れずにアタシの盾に――」

「勘違いしないでくれ。俺は今日限りでパーティを抜ける。もう二度とリリアと一緒に冒険することはない」


 ケルベロスの熱で氷が溶かされたのだろう、ボス部屋のあちこちで水たまりができている。天井から落ちる水滴が、ぴちょん、ぴちょん、と響いていた。


 リリアは自分の耳にした言葉が信じられなかったのか、顔を引きつらせている。


「は、はぁ? 馬鹿な冗談は早めに撤回しなさいよ。じゃないと本気で怒るわよ」

「冗談じゃなくて本気で言ってるんだ。もう君と冒険なんてできない。これからは街で会っても他人だ」


 リリアは目をいっぱいに見開いて、顔を真っ赤にしてる。

 俺からこんなことを言われるとは思ってなかったんだろう。多分リリアは、俺のことを自分専用の奴隷としか思ってないから。


「そうやってアタシの気を引こうとしてるんでしょ? あー、やだやだ気持ち悪い。ルークのくせに生意気――って、ちょっと!! どこ行くのよ!」

「街へ帰るだけだ。早く行くぞ。道中はこれまで通り守るけど、それで最後だ」


 ぐい、っと肩を引かれた。

 リリアの拳が迫るのが見える。

 ……自分の思い通りにならなければ暴力か。リリアはきっと、何があっても変わらないんだろう。


「ちょ、なんで避けんのよ!!」

他人(・・)に殴られそうになったら避けるだろ、普通」


 続けて二発、三発と彼女は殴りかかってきたが、俺は全部避けた。これまでだって避けようと思えば避けることはできたけれど、彼女の機嫌を考えてされるがままになってきたんだ。もう、わざわざ当たってやる義理もない。


 諦めたのか、リリアは肩を上下させて俺を睨んでいる。


 不意に彼女は「あ!」と声を上げて、自分のポーチ――『素材回収鞄』から無骨な石を取り出した。


「なんだそれ」

「『転送石』よ」


 存在は俺も知っている。一度訪れた場所にワープできるアイテムだ。一回きりで壊れてしまう上に、滅多に市場に出回らない高級品。

 まさかリリアが持ってるとは。

 多分、ピンチのときに自分だけ街に帰るつもりで所持していたんだろう。


 ケルベロスから逃げるときに使わなかったのは、俺を囮にすれば充分だと思ったに違いない。

 つまり俺は、リリアにとって『転送石』以下の価値なんだろう。まあ、いまさらガッカリなんてしないが。


「で、『転送石』がどうしたんだ」

「ふん! アンタが前言撤回しないなら、これでアタシだけ街に帰る! その前に、アンタにかけた暗視魔法は解除するわ! 地図も光源もなしに、この迷宮から出られるわけないんだから!! つまり、アンタが地面に頭を擦りつけて『ごめんなさいリリア様。さっきの言葉は冗談です。撤回します。靴を舐めさせてください』って言わなきゃ、置いてけぼりにしてやる!!」


 暗視魔法が消えるのは困るが、さっきの宣言を冗談にするつもりなんてない。

 答えは決まってる。


「撤回はしない」


「あっそ!! じゃあダンジョンで野垂れ死ねばいいわ!!!」


 リリアの捨て台詞を最後に、俺の視界は黒に染まった。

お読みいただきありがとうございます!

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