34.「君の願いを叶えてあげる」
「ふふふ。ふふふふふ。キュール様、甘えん坊ですね」
庭に寝そべりながら、変態聖女がドラゴンとたわむれる様子をただただ眺めていた。
システィーナがキュールに触れるたびにガリガリと音が鳴る。
彼女に『防御付与』をほどこしたのは単に反射的な理由だ。
キュールが気まぐれに動かした前脚がシスティーナにぶつかりそうだったので、慌てて『防御付与』を発動しただけのことである。
剣に似た鋭い鱗に触れてもダメージを受けなくなった彼女は、調子に乗ってキュールとスキンシップを図っているというわけだ。
「きゅるるる」
キュールも嫌そうな様子は見せていない。それどころか、かまってもらって嬉しそうな雰囲気さえあった。
だからこそ俺はかなり困っている。
正直システィーナのことは許しがたい。
今後は善行を尽くすと約束したとしても信用できるわけがない。
しかも改心したわけじゃなくて、崇める対象が魔王具から俺にすり替わっただけの話だ。彼女の本質は何ひとつ変わっていないだろう。
「ふふふふ。キュール様、雑草おいしい?」
「きゅるぅ」
「ふふふ。よく分からないわ」
「きゅるるる」
キュール……割と懐いてるな。
単純に人懐っこいだけなのかもしれないけど、俺は複雑な気持ちだぞ。
「ルークさんはどうして冒険者になろうと思ったんですか?」
「え?」
何を急に。
でも、そう言われてハッとしたのは事実だ。
なんで俺は冒険者にこだわってるんだろう。
竜と聖女から目を逸らして夜空を仰いだ。
月が雲の輪郭を浮かび上がらせている。
「楽しそうだし、自由だし、クエストをこなせば生活するだけのお金が手に入るからだよ」
もちろん嘘だ。
でも、本当にしたくてたまらない嘘だ。
「あら。月並みですね」
「悪かったな、月並みで」
「あらあら。ふふふ。悪いだなんて言ってませんわ」
システィーナの笑い声を聞きながら、俺は昔のことを思い出していた。
リリアのお母さんは冒険者だったらしい。彼女は母に憧れていて、いつか冒険者になるんだとしきりに言っていたっけ。
――じゃあ僕は、リリアがケガしないように守るよ!
誰か、俺の記憶を消してくれないかな。
それで、誰が聞いても納得してくれるような、平凡でつまらない動機に差し替えてほしい。
◇◇◇
せわしない足音がして俺は身を起こした。
見ると、ケイトさんがこちらへ走ってくる。それも全速力で。
彼女は庭までやってくると息も整えずに言った。
「ルークさん!! 今すぐそのドラゴンと一緒に逃げてください!!!」
仕事中の真面目な声色でも、俺をからかうときの緩んだ調子でもない。
聞いてるこっちがドキリとするほど切羽詰まった口調だった。
「ケイトさん? いったい何が――」
「ブレイド・ドラゴンと冒険者の行動は認められないと会議で決まったんです。それで、危険度を鑑みて今すぐ――」
頭が真っ白になった。
ケイトさんの声に涙が混じる。
「今すぐ処分することになったんです」
処分?
なんでだよ。
キュールは誰も傷付けてないのに。
「デッドリー・ドラゴンの襲来騒動を受けて、先ほど王都にSランク冒険者がひとり帰還したんです。その人が処分を担当するとおっしゃってて……とにかく急いで王都から離れてください!」
「もう……どうにもならないんですか?」
「上の人間はデッドリー・ドラゴンの件とブレイド・ドラゴンの件が繋がってるとばかり思ってて……決定を覆すのは不可能です。もしルークさんが抵抗したら……反逆罪に問うことまで決まっています。その場合、最悪処刑だって……。上層部の何人かはパペさんも同罪だと……」
「なんだよ、それ」
キュールが不安そうに「きゅるぅ」と鳴いた。
我慢ならなかったのだろう、システィーナが割って入る。
「受付さん。ギルドのお偉いさんには『ヒュブリス教団』の信者がいたはずですが」
「ええ。信者さんは最後まで処分に反対してくれました。ですけど……ほかのメンバーが誰一人承知しなかったんです」
システィーナとケイトさんのやり取りを呆然と聞きながら、俺はキュールの頭を撫でた。
「俺が逃げたらパペはどうなるんですか?」
「逃亡だけであれば反逆罪にはなりません。パペさんに火の粉がかかる可能性は……低いはずです。もしそうなりそうな場合には、あらゆる手段を尽くして全力で擁護します」
抵抗したらパペが危ない。かといってこのままキュールの処分を呑むなんてありえない。
なら――。
「俺の防御でキュールを守れば――」
「ルークさん! いいですか。ギルド側の人材を甘く見ないでください。毒使いもいれば、スキルや魔法の解除を行える冒険者もいるんです。防御ではどうにもならないスキルや魔法の使い手はいくらでも……。だから馬鹿なことは考えずに今すぐ逃げてください!」
こんなの理不尽だと思う。
でも、俺がどれだけ叫んだってキュールが安全であることを認めてくれる手合いではないのだろう、ギルドの上層部とやらは。
「きゅるる?」
キュールが俺に頬ずりしかけて、首を傾げた。
ごめんな、不安な思いさせて。
「神様。わたくしの神様! どうか……行かないでください。もう二度と悪いことなんてしませんから……」
システィーナは急に俺の手を取って、自分の頬にぺしぺしと当てた。
「どうしても行くというなら最後に思いきりぶってください! お願いです!! 焦らさないで!」
こいつ……相変わらずだな。自分のことしか考えてない。
でもまあ、いいか。
「あんたがちゃんと人のためになる良いことをしたら、そのときはビンタする。今はしない。諦めろ」
「そんな……。約束ですよ? 約束ですからね? ちゃんとまた会いに来なきゃ承知しませんよ?」
「あ、ああ」
圧力がすごい。どれだけビンタしてほしいんだ、システィーナは……。
俺は聖女の手を振り払い、ケイトさんに向き直った。
「ケイトさん……パペのこと、お願いします。無茶しがちな子だから気にかけてやってください」
「はい……もちろんです。あの……腕時計はギルド側で位置情報を確認できてしまうので、どこかで捨ててください……」
ケイトさんの声の震えには、責任感と悔しさが籠っていた。
受付嬢にどれだけのことができたのかは分からないけど、彼女なりに最大限の力を尽くした結果がコレなんだろう。
納得なんてできないけど、仕方ないとは思う。
「それじゃ二人とも……元気で」
キュールの背に乗りかけて、ふと思う。
何か間違ってないか?
俺はなんでこんな素直に全部を受け入れなくちゃならないんだ?
もっと別の解決策はないのか?
いや、そもそも解決する必要はないのかもしれない。
なんで俺はこんな理不尽を我慢しなきゃいけないんだ。
せっかくリリアから解放されたのに、今度は王都から追放されるだなんて冗談じゃない。
俺の居場所はここじゃないのか?
俺を信じてくれる人よりも、俺に刃を向ける人が多すぎるじゃないか。
きっとそれらは、悪意じゃないからこそタチが悪い。
『君の願い、叶えてあげるよ』
マルス……。
俺の願いってどういうことだ?
『全部、壊しちゃおうね』
何言ってるんだ、お前。
『ここにはルークの味方なんて一人もいないよ。だから壊しちゃおうね』
「マルス、お前何を――」
言葉の途中で、俺の身体は否応なくのけぞった。
左の胸のあたりから真っ赤な閃光が迸り、王都の中心へと放物線を描いて飛び去った。
そして。
ドォォォーン!
巨大な音が空に轟き、王都の中心――俺の胸から飛び出た光の落下したあたりで、異様に大きな影が立ち上がった。
真っ赤な雫をだらだらと垂らす、黒い鎧姿の巨人。
『おめでとう、ルーク。あなたの願いは叶うよ。生まれたての魔王の力で』
お読みいただきありがとうございます!
もし本作を気に入っていただけたなら、ブクマや評価等、応援よろしくお願いいたします。
画面下の「☆☆☆☆☆」のところで評価を入れられるようです。




