32.「新しい神様」
核を食い千切られたデッドリー・ドラゴンの身体が、どろどろと溶けるように瓦解していく。
亡骸が街路に落ち、砂煙を上げた。
「キュールちゃん、助けに来てくれたんですね」
俺の隣でパペが言う。やけにしんみりとした声だった。
「ああ……でも様子がおかしい」
キュールは空中で身悶えするように暴れていた。口元が紫色に変わっていて、じわじわとその変色が広がっている。
翼の動きは段々と滅茶苦茶になり、やがてキュールは街の一角に落下した。
並び立つ家屋の先から濛々と砂煙が上がる。
「キュール!」
「キュールちゃん!」
気が付くと駆け出していた。
魔物の脅威は去った――と考えているのは俺とパペだけだろう。多くの人々にとって、キュールの存在はデッドリー・ドラゴンと違いはない。自分たちの生活を脅かす魔物でしかないと捉えるのが自然だ。
だからこそ早くキュールのそばにいってやらなきゃ駄目だ。
キュールの落ちたあたりから、悲鳴が流れてきた。
◇◇◇
キュールの落下地点にたどり着いた瞬間、愕然とした。
丸く縮こまったキュールの周囲を、武器を手にした冒険者たちが距離を置いて取り囲んでいる。
「こいつで最後だ……いいか、一気に討ち取るぞ!」
「おう! 合図をくれ! 一斉に叩くぞ!」
最前線で剣を構えた冒険者たちが声を張り上げる。
緊張はあるが、殺気を含んだ声色だった。
このままじゃまずい。
「待ってくれ!! その竜は敵じゃない!」
何人かが俺を振り向いた。
動揺した面持ちだ。何を言ってるんだこいつ、と言わんばかりの当惑が顔面に表れている。
俺は冒険者たちの間を抜け、キュールのそばへと寄った。そして庇うように両腕を広げる。
「攻撃しないでくれ! こいつは俺の仲間なんだ!」
頼む。伝わってくれ。
少し遅れて、パペもキュールの前で両腕を広げた。
「そうですよ! キュールちゃんはボクたちの大事な友達ですっ!」
冒険者たちは顔を見合わせて、怪訝そうに首を傾げる。
しかし誰ひとりとして武器を下ろそうとはしなかった。
魔法職らしきローブ姿の冒険者は、キュールに手のひらを向け、いつでも魔法を放てる体勢でいる。
「きゅる……」
背後からキュールのか細い鳴き声が聴こえた。
キュールの頭は、いまや大部分が紫色に染まっている。おそらくデッドリー・ドラゴンの背を噛み千切った際に毒を受けてしまったんだろう。
早くなんとかしてあげないと。
「魔物が仲間だと!? 馬鹿言うんじゃねえ!」
槍を構えた男が叫ぶ。
すると、周囲の冒険者たちも「そうだそうだ」と同調した。
遠巻きに事態を眺めていたのだろう、付近の住民も「早く倒してくれよ!」と叫んでいた。
「こいつは人に危害を加えない! さっきだってデッドリー・ドラゴンを倒してくれて、それで毒に――」
「魔物の味方をすんのかテメェ!!」
と、槍の男が血走った目で言い放った。
魔物は人間の敵で、だから早く倒さなきゃならない。当たり前の理屈だ。
分が悪いことは重々承知してる。だとしても俺は絶対にキュールを守り抜いてやろうと決めてるんだ。ずっと一緒にいると約束したんだから。
「もういい! 仕留めてやる! スキル『天空槍』!」
槍の冒険者が三メートルほど跳躍した。おそらく落下地点はキュールの背中だ。
「『防御付与』発動!」
キュールの身体を青白い光が包み込む。
「死ねコラアァァァァァ!」
槍の冒険者がキュールの背中へと迫る。
ギィィィン!
槍の穂先が鱗に触れた瞬間、耳をつんざく金属音が鳴り響いた。そして、槍の冒険者が空中に弾き飛ばされる。
彼は空中で体勢を整え、器用に屋根へと着地した。
その直後のことだ。
冒険者たちと俺との間に、ぞろぞろと人が雪崩れ込んできた。
服装も性別も年齢も統一感がない。
彼ら彼女らはあっという間に周囲を埋め尽くすと、俺やパペと同じように両腕を広げた。
まるでキュールを守るように。
……何が起こってるんだ?
「な、なんなんでしょうコレ」と、パペが不安そうに言う。
俺だって分からない。
ただひとつ言えるのは、この人たちはキュールを庇ってくれているんじゃないかということだけだ。
でも、なんで?
答えはすぐに分かった。
凛とした声によって。
「その竜に手出ししてはなりません。天罰が下りますよ」
人波が割れる。その中心を悠々と歩く人物は紛れもなくシスティーナだった。
銀の長髪が、ひと足ごとに優雅に揺れた。
「『ヒュブリス教団』の教祖がなんでここに」
「まさか教団も魔物の味方なのか……?」
冒険者たちの間に、そんなざわめきが広がった。
彼女は俺の前まで来ると、「ふふふ」と悦に浸った笑いを向けてから、キュールに手をかざした。
「キュアポイズン」
キュールの頭部が柔らかな白の光に包まれた。
先ほどまで紫色に染まっていた鱗が、みるみるうちにもとの銀色に戻っていく。
説明されずとも、それが解毒の魔法であることは理解できた。
「ふぅ。これで毒は消えましたね」
システィーナは、わざとらしく額の汗を拭う素振りを見せた。
俺は彼女を見つめて、ただただ唖然としていた。
デッドリー・ドラゴン討伐の手助けをするのは理解できる。彼女も王都の人間であって、脅威を見過ごすことはできないだろうから。
ただ、こうして信者にキュールを守らせている理由も、システィーナが自らの魔法で毒を取り除く理由も分からない。
「……なんで助けてくれるんだ」
するとシスティーナは、ニタニタと粘度の高い笑顔を見せた。
「なぜって、神様ですもの」
「は? 神様?」
「その竜は『ヒュブリス教団』の神なのです。ついに地上に姿をお見せしてくださった神です!」
周囲の全員に聴こえるほどの声量でシスティーナは言った。
キュールを囲む人々は目を輝かせて、「ありがたやありがたや」なんて呟いている。
「なんでキュールがあんたたちの神様になるんだよ……」
思ったままを口にすると、システィーナが俺の耳元に顔を寄せた。
「言ったじゃありませんか。新しい神を作れ、と。そういうことにしておいた方が、そちらも都合がいいでしょう?」
サッと彼女は顔を離した。口の端には相変わらず性格の悪そうな笑みが貼り付いている。
確かに、魔王具を壊した後にそんな感じのことを言ったけど……まさかキュールを神様にするなんて。
というか、そうする必要性がどこにあるのか分からない。
「……何が目的だ」
「あらあら、まるで裏があるような物言いですね」
「裏があるんじゃないのか?」
「どうかしら……そんなことよりも、気にすべきことがあるんじゃないでしょうか」
システィーナの指先が通りの先を示す。
見ると、こっちへ向かってくる一団が見えた。十か二十……いや、もっといるかもしれない。
その先頭を走っているのは見知った顔だ。
「ケイトさん!?」
ギルドの受付嬢のケイトさんは、人だかりの前まで来ると足をゆるめた。
「ルークさん、いったい何がどうなってるんですか? って、ブレイド・ドラゴン!? え、嘘、ほんと!?」
彼女はキュールを凝視して「ほぇぇ」と独特な嘆息をした。
「ケイトさん。こいつが俺の仲間のキュールです。王都を守るために駆けつけてくれたんですよ」
ケイトさんはじっと俺を見つめた。
やがてその顔は驚きから笑顔に変わり、最後は真剣な表情へと移った。
「この一件はギルドで処理します! ひとまずブレイド・ドラゴンへの手出しは禁止! 全員、戦闘態勢を解除してください!」
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