31.「二体の竜」
『ヒュブリス教団』教祖、システィーナ。
魔王具『死霊砲台ヘカトンケイル』で人の命を奪い、それによって得た魔力で奇跡の治癒魔法を実現していた最低の悪党だ。
先ほどデッドリー・ドラゴンの核の位置を指示した声は、間違いなく彼女のものだった。
「パペ、隠れてろ」
「……」
パペは俯いたまま返事をしない。
まだ彼女の身体には生々しい痣がついている。きっと数日は消えないだろうし、もしかすると一生残る傷だってあるかもしれない。
半日前に教会で味わった暴力は、まだ彼女の心と身体に色濃く残っている。
「無理しないでいい」
「……」
これにも返事はない。
彼女は彼女なりに、自分のなかの何かと戦ってるんだろう。
俺はシスティーナを見据えて一歩踏み出した。
「なんで助力したんだ」
「あら、おかしなことおっしゃるのね。わたくしは王都の冒険者ギルドの一員ですよ? 自分の住む街の危機には動くのが普通じゃないかしら」
余裕たっぷりなクスクス笑いが、喧騒の残る街頭に流れた。
「それに、苦戦しているようでしたので。『魔力看破』を使える冒険者がいない状態でのデッドリー・ドラゴン討伐は面倒でしょう?」
『魔力看破』とかいうのは、おそらく魔力を見通す魔法なんだろう。
そういえばこいつには、そんな力が使えるんだっけか。
なんにせよ危機は去った。
「あら……まだ終わっていないようね」
システィーナの視線をたどり、空を振り仰いだ。
その瞬間――。
グゲェェェェェェェェェェェオ!!
赤黒い竜が、空の一角から王都へと滑空してくるのが見えた。
「デッドリー・ドラゴンが……もう一体!?」
デッドリー・ドラゴンはダンジョンのボス級の魔物で、当然複数体が同時に確認されることはないはず。
明らかに異常事態だ。
敵はデッドリー・ドラゴンの亡骸を見下ろせる位置まで来ると、そのまま空中に留まった。『タマゴ爆弾』が届く距離ではない。
せめて、地上に降り立ってくれればいいんだが……。
「核は……背中です。翼の付け根あたり。地面に引きずり降ろさなければどうにもなりませんね」
システィーナの口調には、いくらか真剣みがあった。
どうやら、王都の危機に対処するという意志は本物らしい。
「『ヒュブリス教団』の皆さん、住民の避難を促してください! 負傷している方がいらっしゃれば、手を差し伸べて共に逃げるのです!」
システィーナが声を張り上げる。すると街頭のあちこちから声が返った。
「教祖様のおおせのままに!」
「これも神のお導き!」
「神のご加護がありますように!」
どうやらそこかしこに信者がいたらしい。たまたまなのか、それとも王都中に信者がいるのか……。
なんにせよ彼女の指示は今のところ間違っていない。
さて、問題は空中のデッドリー・ドラゴンをどうするかだ。
「るるるルークさん、ボク、思いつきました」
パペが明らかに動転した様子で言う。まさか二体目がやってくるとは思ってなかったんだろう。
俺だってそれなりに動揺してる。
「思いついたって、あいつの倒し方か?」
「そそそそうです! ボクに『防御付与』をかけて『シールドバッシュ』で敵のところまで吹き飛ばしてください! ちょうどいいタイミングで『自爆』しますからっ! なな、名付けて『パペ爆弾』ですっ!」
とんでもない発想だな、この子。
目があちこちに泳いでるし、手をばたつかせてる。
混乱してる状態で思いつきをそのまま口に出してるんだろうけど……悪くないかも。
しかし、俺たちがそのクレイジーな作戦を実行することはなかった。
別の異常事態が起きたからだ。
空の深みから一直線に降下する銀色の竜。その全身に剣状の鱗が生えていることに気付いた瞬間、俺は無意識に叫んでいた。
「キュール!?」
なんでキュールがここにいるんだ。
廃村で待機してたはず。
『あの子、ルークが危ないって言って、わたしの言葉なんて聞かずに飛んでっちゃったの』
耳元で囁きが響く。
この声……マルスか!?
『そうだよ。ここにいるよ』
視界を赤いドレス姿の妖精が横切り、俺の胸ポケットにすっぽり収まった。
『ルークのポケットが一番落ち着く。世界で一番安全』
そりゃよかった――って場合じゃない。
「あの竜は何かしら? 新手の敵?」
「いや、俺の仲間だ」
反射的に答えてから、ハッとした。
時すでに遅し。システィーナは「あらあら」と底意地の悪そうな声で言う。
弱みを握った、とでも思ってるんだろう。
そうこうしているうちに、キュールに気付いたデッドリー・ドラゴンが慌てて翼を上下させ、逃げようとしているのが見えた。
「キュールちゃん、すごい……」
ぽつり、とパペが呟く。
俺も同感だ。
キュールはあっという間に敵に追いつき、背中の肉を噛み千切った。
ちょうど先ほどシスティーナの告げた核の場所――翼の付け根を。
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