29.「屍竜」
ドラゴンの出現。
耳に入ったその情報が結びつく先は、ひとつだ。
ベッドから飛び起きた俺は、サイドテーブルに置いていた木の盾と『素材回収鞄』を掴んだ。
「あ、ルークさん! 駄目ですよ、絶対安静なんですから!」
「ごめん、パペ! 絶対安静はまた今度!」
「また今度って、絶対安静はそういうものじゃないですっ!」
パペの制止を振り切って廊下に出る。
ほかの冒険者たちにぶつかるのもかまわず廊下を走り抜け、階段を駆け下り、外へと飛び出した。
通りでは当惑した様子の住民が、いくつかのかたまりになって話し込んでいる。
「ドラゴンが出たらしいぞ――」
「南の街区が今大変なことに――」
「次々と民家を襲ってるって――」
あちこちから聞こえる断片的な情報が耳に流れ込む。
「ルークさん! もう、しょうがない人ですね……!」
追いついたパペが息を切らしながら言った。
「パペ、聞いたか?」
「はい。王都の南にドラゴンが出たと……。もしかしたらキュールちゃん――いえ、そんなわけないですっ! きっときっと違います!」
「ああ。俺もそう信じてる。とにかく行こう!」
キュールが街なかで暴れるなんて考えられない。もしなにかのトラブルがあって廃村から出ていたとしても、誰かを無暗に傷付けるとは思えなかった。
それに、キュールのそばにはマルスがいるじゃないか。
◇◇◇
王都の南街区は様々な職人の工房が密集している。
もともと高名な鍛冶職人が工房を開き、彼に弟子入りを志願した者が自分の工房を南街区に持ったことがきっかけとなって、どの分野の職人も南街区を拠点にするようになり、いつしか職人のための街区と呼ばれるようになったエリアである。
どんな武器でも防具でも、あるいはちょっとした日用品の類や工具でも、手に入らない製品はないと言われている。
そんな街区が襲撃されたとなれば、冒険者にとっては大打撃だ。武器や防具、装備品の数々はもちろんのこと、ギルド御用達の腕時計職人だって南街区にいる。
当然、王都に残っていた冒険者たちはすでに動き出していて――。
「ありゃあ駄目だ、逃げろ!」
「命が惜しけりゃ退け!」
もうじき南街区に入るといったところで、何人かの冒険者とすれ違った。どうやら彼らは南街区から逃げ出してきたようで、俺たちとすれ違うようにして警告を発したのである。
「大変なことになってるみたいだな」
「ええ……」
俺とパペは決して足を止めることなく駆け続ける。
やがて民家の合間合間に新旧様々な装いの工房が見えた。入り口を解放して熱を逃げやすくしている武器工房もあれば、瀟洒なウインドウに製品のサンプルを飾っている防具工房もある。
そんな統一感のない大通りの先に、紫色の靄が見えた。
「あれは……?」
「なんの煙でしょうか。もしかして工房が火事とか」
「いや、火事だったら煙は黒いはずだ」
通りの先に立ち込める紫の煙は、どう考えても普通じゃない。
さらに速度を増して、俺は駆けた。
やがて靄の先に、ゆらり、と赤黒い影が揺れた。
「あれは――デッドリー・ドラゴン!?」
腐乱した身体を持つ竜で、毒のブレスを吐く厄介な魔物……辞典にはそう記されてあったはず。
確かAランクダンジョン『瘴気の沼地』のボスで、クエスト受注者にはギルド特製の防毒マスクが無償で貸し出されるほど、強烈な毒を操る魔物。
それがなんでこんな街なかにいるんだ。
「ルークさんの防御力でも、さすがに毒は無理です! 一旦ギルドに戻って防毒マスクをもらいましょう!」
パペの判断は正しい。見る限りデッドリー・ドラゴンの周囲二百メートルは毒霧が漂っている。ブレスを吐き散らしたばかりなんだろう。
毒霧に突っ込んでいくのはさすがに無謀だ。
あちこちから悲鳴が聴こえる。そのなかには、「まだ工房に旦那が!」や「家に妻が残ってるんだ!」という叫びもあった。
デッドリー・ドラゴンの足元で防毒マスクをつけた冒険者たちが剣や斧、あるいは魔法で戦っている様子だが、苦戦しているのは火を見るより明らかだ。
悠長に回れ右していたら被害は大きくなる一方。
この状況でも、やれることはある。
「パペ、『タマゴ爆弾』を作ってくれないか?」
「まさか爆弾を持って突っ込むんですか!? 無茶ですよ!」
「そうじゃないよ。デッドリー・ドラゴンにぶつけるんだ」
「投げて届く距離じゃないですよ!?」
とてもじゃないが投てきが届く距離ではないのは分かってる。
だから別の方法を使う。
「なんだか分かりませんが……スキル『タマゴ爆弾』!」
パペの手が輝き、つるりとした楕円形の爆弾が出現する。
彼女はお手製の爆弾を俺に手渡した。
「ありがとう、パペ。ちょっと離れてて」
「どういたしましてですけど、何するんですか?」
「まあ見てて」
パペが俺から離れるのを確認し、右手で盾を握った。そして左手だけで爆弾のピンを外す。
爆発まで三秒。
ふわり、と空中に爆弾を放る。そして右手を引いた。
俺にできる攻撃はたったひとつ。『シールドバッシュ』のみ。それも、全力で叩き込んだら身動きが取れないほどの疲労を感じるリスクがある。
そう思っていたのだが、『死霊砲台ヘカトンケイル』のときはほとんど疲労なんてなかった。つまり、使うたびに『シールドバッシュ』というスキルが身体に馴染んでいるんじゃないか。そんなふうに俺は解釈している。
そして馴染むということは、加減を知ることでもある。
『タマゴ爆弾』を破壊しないだけの一撃。それを意識して、右腕に力を込めた。
「出力1%……『シールドバッシュ』!」
パァン!
軽い破裂音が鳴り響き、『シールドバッシュ』を受けた『タマゴ爆弾』が一直線に飛ぶ。
そして楕円形の弾丸はデッドリー・ドラゴンの額に埋まった。
きっかり三秒だ。
ドカァン!!
薄靄の先で、デッドリー・ドラゴンの頭が吹き飛んだ。
お読みいただきありがとうございます!
もし本作を気に入っていただけたなら、ブクマや評価等、応援よろしくお願いいたします。
画面下の「☆☆☆☆☆」のところで評価を入れられるようです。




