3.「起死回生」
Sランク魔物、ケルベロス。
本来はCランクの冒険者が対峙すべきじゃない魔物を相手に、盾を構え続けていた。
俺にできるのは防御だけだ。それ以外の戦い方なんて知らない。
いつだって攻撃役のリリアが敵を始末していたのだから。
「戻ってくるよな……?」
ケルベロスの爪が頭に振り下ろされる。
ガキィン。
耳障りな高音が鳴り響き、足元に亀裂が走った。
どうやら『防御の構え』はケルベロスの物理攻撃にも有効らしい。何発耐えられるのかは分からないが。
「戻ってくるわけないか……」
結局頑張ったところで、このまま防御を破られて終わりだろう。
それに、なんだかすごく虚しい。
リリアには酷い目に遭わされてきたけれど、見捨てられるなんて考えていなかった。俺と彼女のパーティは上手くやってきたのだから。
受注したクエストは全部成功。どんな強敵だって同じ戦法で攻略してきた。まあ、どこかで限界がくるようなやり方だったってことは理解してる。
けれど、もし今の実力で倒せないような敵が現れたときには、さすがのリリアだって撤退を選ぶだろうと思ってたんだ。退却した後には二人でアレコレと作戦を立てたり……そんな悪くない時間を過ごせるかもしれない、なんて甘い空想が俺の頭にあった。
でも現実は――。
「グルルルルル……ガァ!!」
ケルベロスの頭――そのうちのひとつが大口を開けた。
鋭い牙と、ぬめぬめした赤い舌がみるみる迫ってくる。
「グア!?」
牙は俺の首で止まっている。寸止めしたわけじゃなくて、『防御の構え』を突破できないだけだ。
ケルベロスの口の中を眺めるのは、気分のいいものじゃない。でも平気だ。俺の気分は落ちるところまで落ちているんだから。
ケルベロスが息を吸うのが分かった。そして次の瞬間には、真っ赤な火炎が顔面に雪崩れ込んでくる。
……平気だ。もう熱さも大して気にならない。
「もういいか」
突然の呟きに驚いたのだろう、ケルベロスは口を離し、火炎も引っ込めた。
俺はため息をついて盾を下げる。
「『防御の構え』……解除」
永遠に防御することなんてできない。いつかは破られる。
この薄暗いダンジョンの中で死ぬのが、今この瞬間か、数分後か、一時間後か……その程度の違いでしかない。頑張って防御して、それで得られるのが不安と諦めと虚しさだけなら、俺はもう終わりにしたい。
多分、もうじき彼女もダンジョンを脱出できるだろう。道中の魔物に手こずったとしても、ケルベロスに追いつかれたりはしないはずだ。
「グルルルルル」
唸り声の直後、敵が跳びかかってくるのが見えた。
目を閉じる。
どうか、一撃で終わってくれますように。下手に命が残ったら悲惨だ。
もし生まれ変わりがあるのなら、そうだな……自由に生きたい。それで今度は、本当に守りたい誰かをちゃんと守ってやりたい。仲間を見捨てるような奴じゃなくて。
――ガキィン。
金属音に驚いて目を開けると、近付いてくる天井が見えた。
……いや、違う。
ケルベロスの爪で地面に叩きつけられて、大きくバウンドしただけだ。
「グルルルアアァァァァァァァ!!」
空中の俺を、ケルベロスが前脚で殴りつける。
俺は再び地面に叩きつけられた。視界はぐるぐると目まぐるしかったけれど、そんなことはどうでもいい。
「なんで」
『防御の構え』は解除している。俺の装備は初期の物で、探索用の素っ気ないズボンとシャツと、それから上着だ。とてもじゃないがケルベロスの攻撃から身を守ってくれる代物ではない。
なのに――。
「なんでダメージがないんだ……?」
起き上がり、手足をまじまじと見つめる。なんの怪我もない。
驚いているうちに視界がケルベロスの火炎で染まったが、やっぱり痛みはなかった。
スキルボードを開いてみたが、スキルは『防御の構え』だけ。昨晩となにも変わっていなかった。
ダメージがない理由なんて、分かるわけがない。
ただ、意味はあるはずだ。俺が死ななかったことに。
深呼吸をすると、胸のあたりが熱を帯びたように感じた。
右手に持った丸い盾を見つめて、頷く。
どうやら俺は『防御の構え』を使わなくても敵の攻撃を防げるらしい。なら、やれるだけやってみよう。それも、今までできなかった事を。
火炎が収まり、俺を見下ろす三つ首の怪物が見えた。警戒しているのか、唸り声を上げてこっちを睨んでいる。
「来い、Sランク魔物」
「グガアアアアァァァァァ!!」
ケルベロスは咆哮を上げると、大口を開けて突進してきた。
盾を引き、右腕に力を込める。
俺はこれまで、魔物を攻撃した事は一度もない。常に俺が盾になり、リリアが討ち取る戦法だった。それに、『防御の構え』を使っている間は行動制限のせいで反撃なんてできない。
『防御の構え』を使っていないこの状態なら、俺は自由に動ける。盾を駆使した反撃だって自由だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
バチイイイィン!
ケルベロスの顔面を盾で殴りつけた瞬間、轟音が響き渡り、閃光が弾けた。
黒毛の巨体が見事に吹き飛び、壁に激突する。
「グ、ギャォ……」
ケルベロスは苦しげな鳴き声を上げたきり、ぴくりとも動かなくなった。
「倒したのか……?」
俺は力いっぱい盾で殴っただけだ。
必死だったし、限界まで振り絞った一撃だが……俺の攻撃が通用した理由なんてさっぱり分からない。
考えるのは後だ。せっかく強敵を倒したのだから、素材を回収しないと。
そう思って足を踏み出した瞬間、身体から力が抜けて地面に倒れ込んでしまった。
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