【リリア視点】2.「性悪令嬢の長いピクニック」
※リリア視点です。
アタシは天才。
アタシは天才。
アタシは天才。
魔物と戦うときはいつだって頭のなかで唱える。そうすればどんなときだってアタシは負けない。
だって天才だもの。
「アハハハハ! 黒こげになりなさいな豚ァ! サンダーアロー!」
ピギィ!
と醜い鳴き声を上げて地面に転がったのは、Cランク魔物のボアピッグ。豚なのかイノシシなのかハッキリしない、中途半端に毛むくじゃらな魔物。
突進することしか能がない上に、攻撃のときには「ブギィィィィィ!」とかいう耳障りな鳴き声を上げるものだから、よそ見をしてても簡単に居場所が分かる。
つまり、ド低脳。
「アッハァ! アンタの名前は今から『ルーク』よ! といっても、黒こげになったからまた別の『ルーク』を探さなきゃいけないわねぇ!!」
アタシは今、故郷の町を出て王都へと一直線に進んでいる。
どうせなら馬車で颯爽と帰還したいところだったけど、あいにく駄目だった。
この町から王都までの馬車は一日一便。しかも何時間か前に出発していた。
生意気な召使いカルロをサンダー・アローで撃ち抜いた手前、すごすごと邸に戻って明日の便を待つわけにもいかない。
だからアタシは、令嬢にあるまじき徒歩での移動をしている。
「ふぅ」
足を止めて汗を拭く。
もちろんハンカチで。
なだらかな平原に、黄土色の街道がゆるいカーブを描いて延々と続いていた。
もうかれこれ二時間は歩いてるかも。腕時計がないから正確な時間は分からない。
「早く腕時計を手に入れなきゃいけないのに、なんでこんな悠長に歩かなきゃいけないの!? これも全部、馬鹿ルークのせいよ。次会ったらグチャグチャのメチャメチャにしてやるんだから!」
腕時計は、アタシがせっせと会得した天才的魔法の数々を記憶するための大事な道具だ。許しがたいことに、それをつけていないとドンドン魔法を忘れてしまう。
でもアタシはやっぱり天才だから、杖もローブも腕時計もナシでちゃんと魔物を蹴散らせてる。
ふふん。Sランクの冒険者になって、全人類がアタシを英雄視する未来がくっきりと思い描けるわ。あまりに鮮明で眩く、そして華やかなビクトリーロード。
アタシにお似合いね。
「魔術令嬢サンダー・リリア……うん、これね。やっぱりコレ。迅雷女王ボルテックス・リリアも捨てがたいけど……。あ、でも、天才賢者ジーニアス・リリアもいい……」
アタシはセンスも抜群だ。最高の二つ名がいくつも浮かんでくる。
そのなかで一番を決める悩ましさは天才だからこその苦悩よ。脳味噌の体積がハエ以下のルークには真似できない芸当。
「噂をすればルークじゃないの。しかも今度は三匹。せいぜい汚い声で命乞いするといいわ! サンダー・レイン!」
降り注ぐ雷がボアピッグを黒こげにした。
「アッハハハハ! 気持ちい――ぃ?」
ドスン、と天上から何者かが降り立った。
その正体は、ボアピッグの何倍ものサイズの巨大なイノブタだった。
見上げるほどの巨大なイノシシの背には茶色い翼が生えている。
ペガサス・ボアピッグ。
魔物辞典で図解を見たことがあるけど、詳しいことは知らない。そもそもアタシは辞典なんて真面目に読んだことがない。ちまちました文字なんて読む気になれないもの。
「確かBランクの魔物よね。ふん! 雑魚じゃないの! いいわ、すぐに葬ってあげる! サンダー・アロー!」
アタシの魔法は一直線にブタ魔物に向かっていった。
バサッ。
ペガサス・ボアピッグは空中に躍り上がり、生意気にもアタシの攻撃をかわした。
「サンダー・レイン!!」
降り注ぐ雷。その隙間を、茶色の巨体がシュンシュンと機敏に移動する。
「な、なんで当たらないのっ! こうなったら奥の手――ヴッッッ!!!」
背後からひとまとまりの衝撃を受けて、アタシは一メートルくらいポーンと前方に投げ出された。そして最低なことに、頭から街道の砂に突っ込んだのである。
後ろの方で「ピギィ♪」という嬉しそうな鳴き声が聴こえる。
背後にボアピッグがいたなんて。このアタシを突き飛ばしたことをたっぷり後悔させてやる。
立ち上がったアタシは、すぐそばに迫る羽ばたきを聴いた。
「あっ――」
猛烈なスピードでこちらへ迫るペガサス・ボアピッグ。
あ、まずい。
これ死ぬんじゃないかしら?
走馬燈ってヤツは流れなかった。
アタシの目はペガサス・ボアピッグの牙がみるみる近付いてくるのをそのままのスピードで捉えていた。
敵の牙がアタシに触れる寸前、いきなり人影が現れてペガサス・ボアピッグを真横に蹴り飛ばしたのも、やっぱりちゃんと認識していた。
意味分かんない。
アタシはペガサス・ボアピッグを吹き飛ばした男の背を眺めて、なんだか呆然としてしまった。
なんでカルロがここにいるのよ。
「お嬢。お怪我はありませんか?」
さっきボアピッグに弾き飛ばされたせいで、ほっぺと手のひらを擦りむいている。
だからアタシは「見たら分かるでしょ」とだけ返した。
鈍い男は嫌いだ。
カルロはさっきアタシを突き飛ばしたボアピッグを、腰のサーベルでひと突きにする。
ブギィ、と負け組感たっぷりの声を上げて魔物は絶命した。
吹き飛んだペガサス・ボアピッグも身動きひとつしない。多分、死んだんだろう。
「な、なんで貴方がここに――」
「お嬢のお守りですよ。まさか、こんなに早く姿を見せなきゃならないとは思いませんでしたが」
カルロは苦い顔をした。
それを見るアタシは多分、もっと苦々しい表情を浮かべていたことだろう。
☆ミ☆ミ☆
お父様はアタシが家出することが分かっていたらしい。
それで事前に、カルロにアタシの護衛を頼んだとのこと。
草原に三角座りをして、アタシはイライラしながらカルロの言葉を聴いていた。
「分かっててあたくしを泳がせたんですのね……」
カルロは、アタシのサンダー・アローにわざと当たったらしい。
本当かどうかは知らないけど。
「で、あたくしを連れ戻すのね……。ピクニックはここでおしまいだ、って」
気が付くとドレスの裾を握りしめ、奥歯を噛みしめていた。ボアピッグにやられた擦り傷の痛みなんて気にならない。
冒険者失格。
あの日のお父様の言葉は今でも耳に残ってる。
カルロはアタシを泳がせて、調子に乗らせて、それで何もかも奪うつもりなんだ。
けれどカルロは、アタシの思ってもいなかった言葉を返した。
「連れ戻す? 馬鹿言っちゃいけませんよ、お嬢。侯爵は私にお守りを命じたんです。――もしアイツが本気で冒険者になりたいと思ってるなら、お前が教育してやってくれ、と」
なんなの、それ。
「もちろん、冒険者が嫌になったのなら邸に戻りましょうか。さっきのでご自分の実力も分かったでしょうし」
ブッ飛ばしたいランキング第一位は断トツでルークだけれど、二位は間違いなくカルロね。
だって、こんなに人を馬鹿にしたような態度ってないじゃない?
「ピクニックを続けますわ。付いてきなさいな下僕!」
アタシはSランク冒険者になる。だから立ち止まってはいられない。
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